第109話 降り立つモノ
ソレは追って来る竜型の機体を鬱陶しく思いながら巨大なミミズク型ビショップ種の陰を飛び、鋼色の翼を無音のまま力強く羽ばたいた。
その弾みにソレの翼から抜け落ちた幾枚かの羽根が風に乗って夜空を飛び、ソレの目指す地へと一足先に舞い降りて行く。
周りを飛ぶその総数すら定かでない小さな眷属達は、ソレを置き去りに嘴を地に向け我先にと飛翔速を上げ、急降下を開始した。
地上に見える森の奥、無理矢理に円形に押し拓かれた場所に立つ二つの人型の機影の周囲に、降下中の眷属達の嘴から放たれた液化爆薬の塊が炸裂し、多重の爆発が炎を巻いて地上に華のように咲く。
同時にその炎華に紛れ、ソレから抜け落ちた巨大な羽根達もまた地に降り立ち、その場で溶け崩れ行く最中の黒い鎧のフォモールの亡骸に狙ったように突き刺さった。
羽根が突き刺さった瞬間、フォモールの溶解が止まり、鋼色の羽根はその質量を忘れたように半身を欠いた骸の内にその先までするすると沈み込み、びくん、という鼓動と共にSFの装甲だった名残の表面の黒色が、常のフォモールのそれと同じ鋼色に染まる。変化はそれだけに止まらず、その場所を汚く濡らす黒の泥濘にまで波及していった。
“女神よ、これなる不浄なる塵共を、御身が下僕へと奉還せん”
フクロウの姿をしていたソレは目の前の巨大なミミズクの頭に降り立つと、より巨大な猛禽の後頭部に何時の間にか人型のそれと変じた片手を突き、悠然と自身の身体を起き上がらせる。
そうして姿を現したソレは、騎士然とした鎧を纏う巨人の姿をしていた。
フクロウを模した意匠の騎士甲冑に身を包んだその身は優美な曲線的なラインに包まれており、特に胸部は柔らかく膨らみを描いて、女性的な印象を受ける。だが、その下半身は装甲に覆われた猛禽のもので、騎士甲冑の腰部からフクロウの翼が生えていた。
†
ジョンは無数のビショップ種が雨霰と地を目指し降ってくる中を、簡易神王機構に量子機械粒子防御膜“銀腕光輝”を展開させ、背後に壊れかけの“対立者”を庇いながら、もはや見る影もなくなった“祭祀の篝”の森の中を駆け回っていた。
何時の間にか少年と機体との完全同期も解け、ジョンはその身を金属質の銀色に染めたまま“銀腕の救世者”を繰る。背後の“対立者”は自機の周囲に降りてくるビショップ種に対処しているものの、既に余裕も無いのか、“救世者”の通信回線は開かれていても07の声は返ってこない。
『御主人様、粒子防御膜“銀腕光輝”防御性能が急速に低下中。至近での爆発はなるべく回避を推奨します』
「簡易神王機構、今は黙れ」
ジョンは制御システムを一喝、直後“救世者”目掛け、一直線に吶喊してきたビショップ種を右に一歩分機体を摺らして回避、同時に左手の折り畳み式高周波振動騎剣を振り抜いた。二つに身を裂かれたビショップ種は“救世者”の背後に抜けた所で爆発、爆風と焦熱が“救世者”の身を包む粒子防御膜を揺るがせる。
だが、背後に庇う、“対立者”にまではその嘴を届かせなかった。
「──もちろん、直撃は避ける。でも、あの機体が、彼女が喪われれば、それは僕達の敗北なんだ」
『ですが、御主人様。その為にこの機体までこの地に倒れては……』
「──それでも、だよ、簡易神王機構」
ジョンが告げるのを待っていたかのように、フォモール・ビショップ群が続々と降りて来る夜空から、六対十二枚の翼を備えた機械の竜が、巨鋼鳥を追い越してその姿を人型へと変形させながら地上に向かい、場違いな口調の少女の声が“救世者”のコクピットに響きわたる。
『そうですわよ、“銀色の左腕”? 彼女はわたくしより、あなたや“銀色の左腕”の操り手さんにこそ必要な方なのですわ』
言いながら少女公王は、空中で騎士へと変形した“善き神”が備える十二翼から二枚を両手にもぎ取らせ、曲刀へと変化させ、傍らを飛ぶビショップ種を数羽纏めて切り裂いて“救世者”の隣へと降り立った。
『ほら、ご覧なさい! このフォモールの中枢個体の登場のようですわよ!』
ファルアリスは“善き神”に右腕を挙げさせて、翼の変化した曲刀を握ったままの四指の一本を伸ばし、空に蠢くフォモールの群れの奥の一点をジョン達に指し示す。
其処には周りの個体より一際大きな体躯を持つミミズク型のビショップ種がこの場に居る者達を目指し、悠然と降下を始めていた。
『──対象個体の反応を確認、当機体に蓄積されたデータ上に類似した反応を持つフォモール、全一件がヒットしました』
「……一件て、それは!? まさか!?」
それを瞬時に精査した簡易神王機構の機械音声にパイロットの少年は目を見開いて、ミミズク型のフォモールを睨み付ける。
『あのフォモールの反応に類似しているのは、種別ルーク種、個体名“ベン・ブルベン”です』
「なっ、くっ! 往くぞ!」
その予想通りの答えに、ジョンは簡易神王機構の声を終わりまで聞かずに“救世者”を、ミミズク型のフォモールへ向けて空中を走らせ始めた。気が急いている少年に水を差すように機械音声が制止する。
『御主人様、アナタは対象を誤認している可能性が有ります』
「あのミミズク型だろう!? 何が違うっていうんだ!?」
手にする高周波振動騎剣に量子機械粒子膜を纏わせて斬り込み、咄嗟に怒鳴り返したジョンに、簡易神王機構は冷静に返した。
『御主人様、そちらではありません。そのミミズク型のフォモール・ビショップではなく、その頭部に立っている存在です』
「ちぃっ! くそう!」
ジョンの振り抜いた刃が何かに阻まれて空中にせめぎ合う。数瞬の力比べの後、自機よりも遥かに大きな力によって、“救世者”は地面に向かって弾き飛ばされた。
“救世者”の刃がミミズク型を斬り裂きかけた刹那、ミミズク型の頭部に立っていたソレはミミズク型に突いていた手をそのままぞぶりと脳の奥深くまで突き入れ、巨大なミミズク型のフォモールは質量を無視したように一瞬でその存在の手の中に凝縮、収斂し、その姿を巨大な猛禽から刃を持つ武器へと変化させる。
そうして産まれたミミズクの意匠を持つ両刃の戦斧と“救世者”の騎剣はせめぎ合ったのだ。
ソレは自前の翼で風に乗り、撃ち落としたジョンに放出孔の穿たれた戦斧の柄頭を向け、地上へと何かを解き放った。




