第9話 “キャンプ”襲撃 2
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キャンプ市街中央区、SF用装備品の大手企業エイブラハム商会のキャンプ支部統括ビル、上層第1応接室。
フォモール・ビショップの襲撃が始まったその時、ガードナー私設狩猟団所属のSFパイロットにして、団長アーヴィングの令孫、エリステラ・ミランダ=ガードナーは、フォーマルなスーツ姿でSF搭乗時には纏めている腰まである長い金髪を下ろし、過剰に装飾された、その窓の無い部屋に据えられている値段の張りそうな割りに、妙に座り心地の悪いソファに腰掛けていた。
傍らには同僚で親友、公的には主人と使用人であるレナ=カヤハワがメイドのお仕着せを纏い、ヘッドドレスを着け澄まし顔で楚々と立っている。
「本日は、わたしの為、お時間を割いて戴きまして、有り難うございました、エイブラハム様」
エリステラはローテーブル越しの対面に座る小太りの中年男、キャンプ支部付特別監査相談役という役職のタリガン=エイブラハムに丁寧に挨拶する。
「エリスくん、くひひ、私とキミの仲じゃないか。他人行儀過ぎないかい?」
タリガンの言葉にエリステラは首を傾げ、不思議そうに答える。
「わたし、エイブラハム様から愛称で呼ばれるような間柄ではないですよ? どなたかとお間違えではないかしら?」
「そんな連れないことを言わずに、エリスくんがほんの一時、私と二人きりでお話し合いしてくれれば、スポンサー料を倍額出しても良いのだよ?」
助平顔で自分の胸元を見ながら戯言を宣うタリガンに、エリステラは困り顔で眉根を寄せた。
「わたしは本日、こちらへご挨拶に伺っただけですもの。そういった事はお断りさせていただきますわ。お爺さまからも、交渉事は任されてはおりませんし」
おっとりと返答したエリステラへ、隠そうともしない不満顔でタリガンは脅すように言う。
「私の胸三寸で、君の所へのスポンサー料を停止することも出来るのだがな」
「御自由にどうぞ。お爺さまからは、エイブラハム様のような物言いをされる方からは、金銭をいただく必要は無いと言われておりますので。
それでは、失礼いたします。行きますよ、レナ。えっ! あわっ!」
にこやかな笑顔でタリガンへ返すと、エリステラはソファから立ち上がり、レナを促そうとした所へ、それが起きた。
地震を思わせる突然の横揺れに、室内を調度品が飛ぶ。
いきなりの大きな揺れに、エリステラは倒れかけるが、レナの手が横から伸びて彼女は事なきを得た。
目の前では彼女を受け止めようとしたのか、タリガンも中腰の姿勢で、助平顔をしてエリステラへと手を伸ばしていた。
「あわ、あわわ、ひ、嫌ぁ!」
至近で脂ぎったタリガンの顔を見てしまい、動転したエリステラは両手でタリガンを突き飛ばしていた。
タリガンはソファの後ろへ、勢い良く頭から落ちて倒れ、床に伸びた。
「よしよし、エリス。エリスは悪くないからねぇ。あたしだったら、顔が判別出来ないくらいぶん殴ってるもの」
ひんひん泣きながら、自分に抱きついているエリステラをレナはなだめている。
そこへ応接室の扉が開かれた。
「タリガン様、失礼いたします!」
蹴破る様な勢いでドアを開き、エイブラハムの秘書ホフマンが駆け込んで来た。
室内の惨状を見回して、ホフマンはエリステラが抱きついているレナに話しかけた。
「そこのボンクラが、何か粗相でもしましたか、お嬢様? ま、馬鹿は放っておいて本題です。フォモールの襲撃が始まりました。幸いにして、このビルへの直撃は未だありませんが、お嬢様方はとり急ぎ、脱出を。私はそこの粗大ゴミを始末しないといけないので」
タリガンを指差してホフマンは言い、慣れた様子で応接室に隠されていたストレッチャーを取り出すと、蹴り転がしてタリガンを乗せた。
「ああ、そうですね。この馬鹿者が何を言ったかは知りませんが、言ったようにはなりませんから。創業者一族というだけで、名目だけの、在りもしない御飾りの役職に付けられてる事にも気づいていない、愚か者です。
以前にもお教えしましたか。兎も角、こちらは気にせず脱出を、この部屋を出て左手側に地下駐車場へ直通の緊急脱出用シューターが準備出来ています。この階にはもうここにいるだけですから、構わず使ってください」
ホフマンは淡々と言い、二人の少女へ脱出を促す。
「解ったわ、ありがとホフマン。エリス、ホフマンの声は聞こえてたわね? あたし達の搬送車に急ぐわよ!」
「……はい! 行きましょう、レナ!」
エリステラは打って変わった毅然とした態度でレナへ返し、二人並んで廊下へ駆け出した。
ホフマンの示した通りに待機状態のシューターが用意されており、二人一緒に乗り込むと作動させた。
シューターが地下駐車場へ到着し、二人が脱出口を出ると、その目の前にガードナー私設狩猟団所有のSF搬送車が待機していた。
『お嬢、レナ、待ってたぜ! ホフマンの旦那ぁ、何時もながら手回しが良いよな! ぼさぼさしてねえで早く機体に搭乗しな! 何時も通り、キャビンに操縦服あんだろ?』
SF搬送車の外部スピーカーから、技師長ダスティンの声によく似た声が響いた。
ガードナー私設狩猟団の副技師長であり、ダスティンの息子のベルティンだ。
「ベル兄ぃがそう言うって事は、整備は万全ね? じゃ、ぱぱっと着替えてさっさと乗り込むわ、エリス!」
「ベルティンさん、ありがとう。はい、レナ!」
二人がSF搬送車のキャビンに乗り込むと、レナは運転席への音声回線を開いた。
「ベル兄ぃ、発車させて!」
『おうよ! SF搬送車、出すぜ!』
ベルティンの返事を待たずにレナは一方的に通信を切り、エリステラと共にパイロットスーツへ着替え始めた。
少女達が着替え始めるのと同時に、SF搬送車は急加速で発車した。
ホフマンから東側から襲撃されている事を聞いていたベルティンは、東側に開いている瓦礫の散乱する地下駐車場出入り口を出ると、最大加速でSF搬送車を横転させ掛けながら道路を迂回し、進路を西に取った。
西を向いたSF搬送車の後方で幾つもの爆炎が上がっている。
二人の少女はパイロットスーツに着替え終え、エリステラは運転席のベルティンへ通信回線を開いた。
「ベルティンさん、機体に搭乗します。速度を緩められますか?」
『お嬢か、解った。少し緩めるから、その間に搭乗してくれ! でも、走行中になるが出来るか、二人とも?』
「やってやるわよ! あたしの機体の方が、エリスの機体より高いけどやってみせる!」
レナはベルティンへ吠える様に宣言する。
「わたしもなんとかやってみます! ベルティンさん、お願いします」
『……二人とも、合図したら制動かけるぞ! カウント、5、4、3、2、1、0っ! 早く搭乗しな二人とも!』
ベルティンは合図と共にブレーキを踏み込み、SF搬送車が減速を始める。
エリステラとレナはそれぞれ別のリフトの上で減速の慣性に耐え、リフトのアームを慎重に操作しコクピットハッチへと近付けた。
二機重ねられた機体の内、先に下側のエリステラが自機のコクピットへと滑り込み、機体の操縦システムを起動させ、レナを待った。
不意に車体が跳ねた。
『スマン、何かに乗り上げた! 無事か!?』
ベルティンの焦った声が通信機から放たれ、はっとしたエリステラが外部映像を取得し、レナを載せていたリフトを確認すると、そこにはレナの姿がなくなっていた。




