第107話 夜闇を裂く閃光
遅れて申し訳ありません。
タイトル変更しました。
よろしければ今後ともお付き合いください。
「さあ、わたくしたちはあの群れの足止めですわ!」
上空で“救世者”の機体を投下した後、“善き神”は背の六対一二枚の竜翼を羽ばたいて尾を振り回しその場に急旋回、竜の頭を元来た方向からやってくる黒い雲のようなフォモール・ビショップ種の群れへと向け直す。
そのまま、光学迷彩を発生させる為に“善き神”の機体の周囲に散布展開している分子機械に強磁界を発生させ、竜翼に纏う電界との反発に重量の重い“善き神”の竜体は瞬間的に超加速され、未だ彼方に存在するビショップ種の大集団、その中心で巨大な翼を広げるミミズク型の個体を目掛け突っ込んだ。
「“善き神”、あなたの分子機械反応炉、今日は反応がとても良好ですわね。そうですわ、出会い頭にあの大きなフクロウにあなたの竜吐息を吹き付けておあげなさい!」
『…………、…………?』
自らの体内でパイロットシートに身を預ける主の少女へと“善き神”は声無き声で問い掛けた。ファルアリスは一つ頷きを返し、自らの半身とも云うべき竜へと答える。
「ええ、まだこちらも体力は温存します。その代わり、始めの竜吐息は遠慮なしでよいですわよ?」
『…………!!』
主の返答に喜色を浮かべた機竜は、自らの身の裡で激しく反応し、全身に駆け巡るエネルギーの奔流を薄く開いた竜の顎に収束させ始めた。“善き神”は口腔に破壊的な光を溜め続けながら少女の合図を待ち、フォモールの群れとの最接近を試みる。そして、ビショップ種の群れの先頭を飛ぶ夜鷹型のビショップ種が、接近してくる“善き神”の機影に気付き速度を上げ始めた時、機竜が待ちに待った少女の声が発せられた。
「今です! 穿ちなさい!」
『…………!!』
主たるファルアリスの要請に従い、機械の竜はその顎を大きく開く。“善き神”の様子に危機を悟ったか、群れの先頭を飛ぶ夜鷹型を含めた数羽のビショップ種が“善き神”の前方に殺到し、竜吐息の射線を立ち塞がんとした。だが、フォモールに構わずに解き放たれた閃光が横光の稲妻となって迸る。
“善き神”の大顎から放たれた閃光は夜の闇を引き裂いて周囲を真昼の太陽のように照らし、射線を塞いだフォモールの数羽を諸共に撃ち抜いてビショップ種の群れに突き刺さった。しかし、流石に撃ち出されて早々に射線を塞がれたが為に、竜吐息の威力減衰は如何ともし難く、群れの中心を悠然として飛ぶ巨大なミミズク型ビショップ種までは届く事なく閃光は消えていく。
液化爆薬を吹き付けてくるフォモールの攻撃をやり過ごし、“善き神”はビショップ種の群れと掠めるようにすれ違い、敵集団の後方に抜け出て行った。再度、空中を旋回し、フォモール・ビショップ種の集団を追って竜型の機体が飛ぶ。群れの後方を飛んでいた飛翔速度の遅い蛾の姿をしたビショップ種が旋回し、“善き神”を目掛けて襲い掛かって来る。
「あら、失敗でしたわね。タイミングがズレてしまったかしら? ですが今度は続けて迎撃しかる後、追撃です。ゆきますわよ、“善き神”!!」
『…………!』
少女公王ファルアリスは激を発し、それを受けて“善き神”は咆哮を返す。一人と一機は完全同期を果たし、一体の竜と化して、襲い来るビショップ種達に躍り掛かった。
最後尾を飛んでいた毒蛾型のビショップ種の頭に、“善き神”と一体となったファルアリスは前肢から鋭く伸びる鉤爪にエネルギーを纏わせて振り下ろす。耳障りな翅音を立て接近する昆虫型に進路を閉ざされる前に加速した機竜は、その大顎から再度竜吐息を迸らせた。
†
上空に走る閃光に気を取られながらも、ジョンは背後のフィル・ボルグ製SFからパイロットが脱出し、森の奥へと走って行くことに気付いていた。
完全同期を果たした少年は“救世者”という金属の殻を纏った巨人と呼ぶべき存在であり、現在のジョンの五感は“SF”の各種センサー類となっている。
“救世者”の機体各部に配された幾つものセンサーやカメラは機械的に周囲の情報を収拾し、機体と一体化しているジョンに拾い上げた全ての情報を取捨選択する事なく余さず伝えて来るのだ。
明らかに人の処理限界を超えた量のその情報の中に黒騎士の機体から抜け出して行く人影が写った映像を幾つか捕らえている。それは“救世者”の機体背部、バックパックに二筒ある推進器付近に備えられた背面カメラと右脚部、脛側装甲の隙間に配された地表精査用カメラが捉えていたのだった。少年は思わず傍らのボロボロのSFへと話し掛ける。
「……ねえ、気付いてる?」
『なんの事ですの?』
ジョンは無言で黒いSFを指差してみせる。それで気付いたか、07はコクピット内で頷くとジョンに返して来た。
『ヒューゴー卿ですか。たとえ逃げ出したとしても、私にはなんとも言えません。あの方よりも、むしろ今は……』
「……うん、今はあのビショップ種の群れか、でもまあ、それより先ずはこの場の黒いナイト種のほうか。でも、ナイト種って割に弱い気がするよ。この黒いの」
少年は北西の空を見上げ、この場に感じていた違和感を吐露する。それを耳にした07は言葉を濁しながらジョンの疑問に答えた。
『……それは、彼等が成り立ての出来損ないだからです。詳しい事は、出来るならば後ほどに』
「しょうがない。──じゃ、こっち側の三体は僕が貰うよ」
『はい、では、残る一体は私が』
地上に存在していた変異フォモールのナイト種は既に粗方滅ぼし終えている。残るは片手に余る程だ。
ジョンの意思を読み取って、“救世者”は手にした折り畳み式高周波振動騎剣の切っ先を目指す数体の黒鎧のナイト種に向ける。
少年が疾走を意識した瞬間、脚部機動装輪が回転を始め、人型の機体を鋼獣達に向かって走らせ始めた。その隣りでは、大鎌を振り翳した“対立者”が併走し目標目掛けて走って行く。
黒鎧のナイト種に駆け寄りながら、“救世者”は両手の騎剣をそれぞれに振り抜いて、二体のナイト種を一刀の下に切り捨てた。
それでもフォモール・ナイト種の生命力故か、二体は上下に身体を断たれながらも絶命せず、地面を掻いて“救世者”へと躙り寄らんとする。
ジョンは機体に地面を蹴らせて跳躍、着地と同時に健在な残るナイト種の一体へと左右の騎剣を十字に走らせた。
声さえ上げず最後のナイト種を屠ると“救世者”は切り返し、地に蠢くナイト種二体に留めを刺す。
ふと、少年は07の“対立者”へと視線を向けると、そちらも対峙していたナイト種を手にした対SF用高周波振動大鎌で両断し、留めを刺した所だった。
“救世者”の足元に転がった三体のナイト種は、煙を上げながら汚泥へと変わっていく。
「あとは、あれか……」
“救世者”が仰ぎ見た北西の空から、“善き神”と空中戦を繰り広げながらも、遂にビショップ種の大集団が飛来して来ていた。
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