第106話 “祭祀の篝”の戦闘
遅れましてすみません
「……簡易神王機構、完全同期を」
ジョンは大鎌を手にしたSFの存在に心の中にもやもやしたものを抱えたまま、北西の空へと指差したSFの腕を下ろさせると、自機の制御システムたる簡易神王機構へと命じた。救世者のセンサーが伝える全ての情報が、少年の感覚器の捉える情報へと換わっていく。
「まだ、フォモールはいる。先ずはこの場の敵の殲滅を」
完全同期を遂げた少年が、自身そのものである機体を鋼獣へ走らせようとしたその時、隻腕の黒騎士の機体中で叫ぶ男性の声を、今はジョンの自身の耳と化した救世者の高性能集音センサーが捉えた。
『な、汝は何者か!?』
「……それは後で、さっきも言ったけど。あちらの空からフォモールの新手が迫ってるんだ」
『……ッ!?』
知られていない筈の通信回線越しに返って来た少年の声にヒューゴーは息を呑み。壊れかけの黒騎士に背を向けると救世者は未だ地上に蠢く黒騎士の成れの果ての群へ向かい、展開させた脚部機動装輪で低い姿勢で駆け出していく。黒いの鎧のナイト種へと接近しながら、地上に散らばっていた刃こぼれの目立つ壊れかけの騎剣を銀色に輝く左腕で拾い上げた。
「銀色の左腕、量子機械解放。過去の構築情報を元に再構成」
救世者の左腕に拾い上げられたSF用の騎剣が、一呼吸の間に銀色の左腕から伸びだした金属の帯に覆われていく。騎剣全体を覆った銀色の金属帯が次の一呼吸の間にSFの左腕へと縮み戻ると、壊れかけだった騎剣は、過去に神王機構が生み出した折り畳み式高周波振動騎剣へと生まれ変わった。
ジョンは姿を変えた騎剣を銀色の左腕の掌から右掌に持ち替え、脚部機動装輪の回転が齎す速度のままに黒い鎧のナイト種達に斬り掛かる。
救世者という銀色の刃風が吹き荒び、変異フォモール達の群れの一つは瞬く間に汚液の水溜まりへとその姿を変えていった。
数体の変異フォモールを斬り倒した救世者の左の掌には、いつの間にかもう一振り、真新しい折り畳み式高周波振動騎剣が握られている。
両手に騎剣を握った銀腕の救世者は地面を蹴って跳躍し、次の群れへ向け機体ごと刃を翻した。
†
「SFに、あれほどまでに自然な動かせ方をさせるとは……。あれは……何者なのだ……」
ヒューゴーは片腕のみ銀色をしたそのSFに、そしてその美しさを憶えるほどの戦い方に自身のSF、森を背にした“AVENGER”を動かす事も忘れ、ただただ目を奪われていた。
『SFは、真っ当な操縦の仕方では、あの様には動かせません。今、この世界に数名いるかどうか』
大鎌を手にした破損の目立つSFが、再度動きを止めたヒューゴーの隻腕の黒騎士に機体を列べる。通信回線から届いた少女の声に特務騎士は操縦桿から離した自身の掌を見詰めた。
「どのような方法であろうとも、あれはSFの操縦の理想。究極解の一つではあろう?」
『いえ……いいえ、本来、人とSFはああなってはいけないのです。人が人である為にも。彼がああなった原因の一端を、この私が握っていたとしても。──ヒューゴー卿、貴方のSFはもう動けませんのでしょう? こちらで待機を私は08……いえ、彼、ジョン=ドゥの戦闘に加勢して参ります』
ご無事で、と言い残して少女の駆る破損の目立つSFが機動装輪を展開して走り出す。大鎌を振り翳し走って行くSFの背を見詰め、通信回線を閉じたヒューゴーは誰にも聞こえぬ声を絞り出した。
「……儂にはそれでも、あの機動は理想に見えるのだ」
ヒューゴーは暗闇の中、襟章に指を這わせる。特務騎士以外の者の声が骨伝導を介して騎士のみに届いた。
『よく命を全うした。苦労を掛けたなレイノルズ。後は場の流れに任せよ。帰参を許す。疾く国許に戻るとよい』
特務騎士はコンソールのタッチパネルにキーボードを表示させ操作、彼の頭にのみ響く声に返答を送る。
『は、有り難き御言葉を。では、こちらの顛末を見届けた後、実験報告の為、御前に帰参致します』
『我が配下全騎、発動時のログは記録しているが、直に観測した者の意見も貴重か。吉報を待っている』
『御下命、如何しても』
ヒューゴーの頭に響いていた声が消え、黒騎士のコクピットに静寂が戻った。
「さて、どうなる。……ふむ、地上戦はそろそろ終わるか。済まんな、我が配下達よ」
ヒューゴーは酷く冷めた表情で救世者と対立者がフォモールと戦う外の様子を眺め始めた。既に外の戦闘は終盤に移り、元はヒューゴーの配下であった黒い装甲を纏った変異フォモール・ナイト種は残り数体、特務騎士はさして感じいる物もなく冷静な視線を向けていたが、一体の変異フォモールが倒れるのを見届けると北西の空に視線を移した。
「次はあちらか。……あの者達には精々、働いて貰おう」
北西の空から、黒い雲のような無数のフォモールからなる群れが近付いて来ていた。
「“祭祀の篝”か。我が王の命だ。その名の如く盛大に燃えて貰うぞ」
ヒューゴーは無表情に呟くとコクピットを開放、空からやってくるフォモールの大群に意識を奪われているジョンや07の目を盗み、戦場に降り立つと事前に知らされているSFの予備機の元へと急ぎ、森の奥へとその姿を消す。
森に入る特務騎士が最後に目にした上空ではフォモールの飛行種とフォモールでは無い何かが、此方へと近付きながらも、空中戦を繰り広げていた。
雷光のような光が雲のない夜空に横光に走り、ヒューゴーは夜闇の森を照らす正体不明の閃光にこれ幸いと足を早める。
「……目印からするとこの辺りの筈だが。うむ、流石は我が配下の騎士達よ、よく出来た擬装だ」
自分の背を追い掛けて来る様な閃光に救われるも、特務騎士は予備騎の下に辿り着く。完全な状態のAVENGERが森の木々の陰に擬装され、ヒューゴーを迎えた。
特務騎士は黒騎士の機体に近付くと、脚部の隠蔽式操作盤を引き出してコードを入力し、コクピットを開放、自身の身を開いた隔壁の奥へと滑り込ませていく。“祭祀の篝”の森の中、人知れず一騎の黒騎士の騎体がゆっくりと覚醒した。
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