第103話 騎士の騎士たるが故に
簡易神王機構は機体の近傍に自身の操り手たる少年、ジョン=ドゥを感知、急速に機体の制御系を起動させる。
少年を感知した方向へ機体の頭部を回しカメラアイを向けると、ジョンは見知らぬ男性にパイロットスーツの襟を引かれ、見るからに無理矢理連れて来られた様子だ。
外部スピーカーを作動させた簡易神王機構はこちらへ近寄ってくる二人へと声を掛けた。
『どうされました、ジョン? あなたはダスティン=オコナー技師長から機体への搭乗を止められているのでは?』
「コホッ……エホッ、ん、そうなんだけど、この人がいきなり」
ジョンはやっとセドリックから解放された首筋を右手でさすりながら、左手で公国の侍従を指差す。一人と一機のやり取りに平静な視線を送っていたセドリックが“救世者”を見上げて口を開いた。
「ふむ、自意識には目覚めているようだが、随分と幼いな。まあいい、“救世者”、08いや、ジョン=ドゥを懐に納めろ。そして、これから姫様の示す場所に向かって貰うぞ。……いいな、ジョン=ドゥ?」
『失礼ですが、貴方は?』
“救世者”の機体から傍らに立つ少年へと視線を移し、強圧的に言い放つセドリックへと簡易神王機構は誰何の声をかけた。
「私はセドリック。人類領域大陸北東のパーソラン公国にて、公王ファルアリス・セラフィム=パーソラン様の侍従を任ぜられている」
『貴方の立場は理解しました。ですが、彼、ジョン=ドゥの搭乗をワタシは承認できません』
「えっ、イーズィ! 君も止めるのか!?」
簡易神王機構のセドリックへの返答に静観していた少年が思わず声を漏らす。
『はい、ジョン。ダスティン=オコナー技師長から止められておりますので』
「無視しろ。たかだか技師一人と、我が主人とでは優先度が違う」
「いくら何でも……そんな言い方は!」
侍従は冷厳な口調で慇懃にそう言い切り、ジョンはセドリックのその様に反感を抱き、言葉を返そうとするが、それよりも早く“簡易神王機構が侍従へと返答を返していた。
『当機は未だ万全の修復状態とは言えず、機体の即時完全修復には専属オペレータ、ジョン=ドゥの搭乗と承認を要します。しかしながら、機体修復時には専属オペレータへと過度の負担を強いる可能性が大であり、その為にダスティン=オコナー技師長より、現在、ワタシは彼の搭乗を禁止されています。当機としてもパイロットに負担を強いるべきではないと判断し、今は彼を搭乗させるべきではないと結論しています。ですので、貴方の言うままになることはないとお伝えします』
それを聞いたセドリックは芝居がかった仕草で溜め息を吐き、彼は視線をやってきた方向へ向ける。視線の先では何時の間にか、格納庫の一隅に置かれていた公王家の大型車両の後部コンテナがその隔壁をゆっくりと外側へ開き始めていた。
「……誰に似たのか、人工知性のわりに頑固だな。……だが、すまないが遅かったぞ? 微かにでも動けるならば、そこのジョンを護ってやるのだな。私の用はここまでだ」
言い終えたセドリックがジョンと“救世者”に背を向けるのと同時に、竜の姿をとった“善き神”が、その巨体から見ればとても狭い格納庫内の空間を高速で飛翔して整備台に載せられたままの“救世者”の下に突っ込んで来る。竜型の機体が巻き起こした強風に煽られよろけた少年へと右腕を伸ばし“救世者”は掌を開いて少年を庇う。金属の指の間から宙を見上げる少年の目前で空中に留まる“善き神”の竜の口から少女公王の声が放たれた。
『セドリック、“銀色の左腕の操り手”さんとのお話は着きまして?』
「申し訳ありません姫様。08をそちらまでお連れする事が出来ませんでした」
少年と共に強風に煽られた筈の侍従は、平然とした様子で竜の機体の前に姿を晒し、その裡の少女へと深々と頭を下げている。
『謝罪を受け入れますわ、セドリック。貴方を赦します。それでは、“銀色の左腕の操り手さん”? そのまま“銀色の左腕”の器にしっかりとしがみついておいでなさい』
悠然と頭を下げる侍従に赦しを与え、竜の瞳でジョンを見詰め言い放つと、急降下した竜の四肢で“救世者”をしっかりと掴みガードナー私設狩猟団のSF格納庫の屋根を突き破り空へと舞い上がって行った。
†
どうっと大きな音を立て、重いものが地面に転がる。
ヒューゴーの一閃を受け“対立者”の背にに伸ばされた蛸頭の触腕が数本纏めて地に落ちたのだ。突然の事態に呆然と黒騎士へと振り返ったナイト種の顔面に騎剣を叩き込み、切っ先を捻り抜くと、崩れ落ちるフォモールを無視して特務騎士は“対立者”へと外部スピーカーを通して話し掛ける。
「……一体全体、どういう事態なのか、儂には判らん! ──だが、民を護る騎士として、嘗ての同朋の成れの果てといえども人類の天敵と、先刻まで敵対していたとはいえ人類の剣とでは、此方に味方せざるをえんわ!!」
07はイソギンチャク頭のフォモール・ナイト種の顔面から伸ばされた無数の触手を、その先端に隠され撃ち出さた毒針と共にひび割れた鉤爪の装甲を連結させた盾で受け止める。
右手の折り畳み式小鎌で掴み掛かるナイト種のSFだった名残を残した腕を切り払うと高周波振動大鎌を極短時間のみ起動させ、機体毎に旋回した鎌刃がイソギンチャク頭の胴体を真二つに両断して飛び退くと、黒騎士の隣に着地した。
07は“対立者”が地を踏むのと同時に振り返り、ヒューゴーへと礼を告げる。
『……助かりました。私に対して思う所はお有りでしょうが。それは、この場を切り抜けた後で、……それで、よろしいかしら?』
「ああ、構わん! だが、儂の愛騎はこの有り様よ。この先、稼働時間にはそれ程の余裕は無いだろうがな!」
壊れかけた片腕の“AVENGER”に騎剣を構えさせるヒューゴーへと、自身の代わりに“対立者”に頷かせ、特務騎士へと肯定を返した少女は、ついでにと提案した。
『私たちの足元にはフォモールへと変異を起こしていない機体も転がっています。この場を切り抜けた後であれば、その機体の応急修理ぐらいは出来るでしょう。せめてもの御礼に私、その時はお手伝い致しますわ』
「仕方有るまい。気は進まぬが、形見代わりに汝らの機体の一部を貰い受けるとしよう。……済まぬな、力及ばぬ儂を恨め」
ヒューゴーは傍らの少女ではなく、足元に転がる同胞へと呟きを落とし、大鎌を手にしたSFと共に、彼らの周囲に取り巻くフォモール・ナイト種の集団へと斬り掛かって行った。
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