第102話 鎌刃、閃く
動きを止めた黒騎士の機体を置き去りに、07は総身に破損の目立つ“対立者”を次々と起き上がり、フォモールへと変異を始めた元黒騎士の群れ目掛け走らせる。
「……ここまでの機体損傷を負っていては、高周波振動の連続稼働には機体が耐えられません。……ですが、私の“対立者”には、まだこちらもあります。“抱擁の腕”挟み砕きなさい!」
07は黒色の装甲を纏ったフォモール・ナイト種の先頭に変態を終えたばかりで呆けたように立つ、兜を被ったナメクジ頭のナイト種の首を目掛け、振動子を作動させぬまま、高周波振動大鎌の刃を走らせた。鎌刃の描く弧にナイト種の首筋を引っ掛け自機の手前に引き倒すと、“対立者”の腰部左右から伸びた先端の爪の砕け落ちた格闘用鉤爪がつんのめり、目の前に投げ出された敵の頭部を勢い良く挟み込む。
外装に幾筋も亀裂の走った鉤爪に装着する三枚の折り畳み式小鎌の刃が牙獣の顎門のように黒い兜毎、ナメクジの頭を噛み砕き、頭部を喪ったナイト種は全身を弛緩させ地面に崩れ落ちていく。
あとに残った亡骸は元がSFであった事さえ忘れたように装甲毎地面に溶け崩れ、汚水の溜まりとなった。じっくりとその様を見る間も無く、次々と襲いかかる新たなナイト種を大鎌の刃の外側の弧で突いて自機の周囲から突き放すと、鎌の柄から放した右手に大腿部に装着していた折り畳み式小鎌を抜き打ち、脚部機動装輪を起動させて押しやったフォモールの内、手近な個体を追い掛け、鎧われながら唯一、装甲の隙間から露出する鋼獣騎士の首筋を、走行の勢いを利用し小振りな刃で切り裂いた。
07はフォモールの群の前に円を描くように小刻みに“対立者”の挙動を操作、動かない帝政国製SFを背に、“対立者”は左右の手にした大小の鎌刃と、腰部から伸びる破損の目立つ一対の機腕を振るう。
「……私、今まで随分と特殊装置に頼りきりでしたのね。こんな下位戦闘体に、ここまで追い込まれるなんて……」
しかし、過度に損傷を負った機体故に、フォモールの群を相手取るにも一体毎に時間を掛けざるを無く、その上で壊れかけの黒騎士を庇いながらの戦闘に、07の操る“対立者”は次第にナイト種の群れに追い込まれ始めていた。
イソギンチャクの頭部の個体の対処に手間取る内に07の背後を取った蛸頭のナイト種が、SFからの変異前に喪った片腕の替わりに同じ肩から生やした六本の触腕をしならせ、“対立者”の機体を絡め捕らんと伸ばされる。ほぼ同時に、半ば周囲の全てから無視される形で放置されていた特務騎士の“AVENGER”が、ナイト種と争う内に自騎に背を見せた“対立者”に向かって再度突進、手にした折り畳み式騎剣の刃を振り抜いた。
†
「……あら?」
ファルアリスは夜着からドレスへと着替え、備え付けのソファーに身を預けている。少女公王は突然、客室の何も無い宙空を見上げそのまま立ち上がった。傍に控えていた侍従セドリックは主人のその様子に声を掛ける。
「どうかされましたか、姫様?」
「コルドロンの“御告げ”です。わたくしは今から“善き神”と共に往かねばならなくなりましたわ。後の事、おねがいしますね、セドリック?」
「は、委細承りました。しかし、姫様のみで赴かれるのですか? 08、彼の者には関わり無いのでしょうか?」
セドリックの問い掛けにファルアリスは左右に首を振る。
「もちろん連れて行きますわ。“銀色の左腕”は必要ですもの。それに“銀色の左腕”の操り手さんだけでは無く、貴方にも関わりのある事ですわよ、セドリック」
少女公王は笑みを浮かべ侍従を指差し、セドリックは静かに納得したように頷いた。
「こちらの格納庫に置かれた彼のSFの“救世者”は昼間の損傷が回復していないように見受けましたが」
「そんなこと、気にする必要も有りませんわね。ジョン=ドゥと名乗るあの方は、見知った者を見捨てる事など出来ないでしょうから。それがたとえ、自らにとって因縁の有る者だとしても、ね」
少女公王は侍従に背を向け客室の扉を潜り抜ける。侍従は小柄な主人に付き従い、その背を追って二人は団本拠の廊下を進み出した。
「“救世者”と呼ばれるあのSFは、操り手の意志次第でどうとでもなります。今のあの機体ならば、ですけれど……。セドリック、とりあえず格納庫に参りますわ。どうせ、“銀色の左腕の操り手さんもそちらにおいででしょうからね」
フォモール群の襲来に時分に因らない慌ただしさを見せる団本拠内を押し掛け客の少女公王とその侍従は平然として歩いて行く。ガードナー私設狩猟団SF格納庫内には、出撃可能なSFが出払った後にも忙しなく整備班の人々が行き交っていた。
ファルアリスは手の甲で口元を隠し驚いた様子を見せる。
「まあ、慌ただしいこと! “善き神”、機嫌を損なっていないとよいのですけれど」
足を止めたファルアリスをセドリックの声が促した。
「こちらです、姫様」
侍従は早足で格納庫の一隅に置かれた少女の持ち物である公王家の紋章の目立つ大型車両に近寄ると、背部コンテナの通用扉を開き、昇降用のステップを展開させる。
ゆっくり歩み、ファルアリスがステップに足をかけるとセドリックが声を掛けた。
「姫様、中でお支度をお願いします。私はジョン=ドゥを連れて参りますので」
「そちらは任せます、セドリック」
振り返りそう返すと、ファルアリスの姿はコンテナ内に消えて行った。
†
「なんでさ、親方! “救世者”を即時修復させれば、僕も出撃可能なのに!」
ガードナー私設狩猟団SF格納庫六番整備台に少年の声が響きわたった。
狩猟団整備班の技師長ダスティンが少年に怒鳴り返す。
「うるせえな。坊主、お前“救世者”に乗った後にどうなりやがった? 乗る度に原因不明で意識無くすような機体になんざ。技師として安心して乗せられるかってんだよ!」
機械油で汚れた軍手の指先で鼻の下を擦り、顔に黒い筋を伸ばしながら、ダスティンは取り繕うように咳払いした。
「あの機体は時間がかかっても自己修復されるんだろう? なら、せめてそれが完了するまで待て。正直、あの機体はオレの手に余る。機能にしてもまるで解らんしな。あれに乗る以上、坊主が意識不明になる事が避けられん事だとしても、今はまだ乗せられん、お前の身を案じての事だ。理解しろとは言えん、だが、今は黙ってオレの言う通りにしてくれ」
「でも、レナやジェスタは戦っているんだよ! 出られないなんて!」
胸倉に掴み掛かり少年が訴えるが、ダスティンは落ち着いた声で返す。
「お前だけじゃない、お嬢の奴も機体がなくて出られん。……まあ、お嬢の機体に関しちゃ、オレら整備班にも責任はあるんだが……」
ダスティンが言いづらそうに言葉尻を濁したそこへ、公国の侍従が歩み寄って来た。
「……失礼する。08、姫様がお呼びだ。機体と共に来て貰うぞ」
「……な!? 駄目だ! まだ乗せられん!」
ダスティンが突然、現れたセドリックを制しようとするも、侍従は技師長を無視し、有無を言わせずジョンが身に着けるパイロットスーツの襟首を掴んで少年を強引に引き連れて行こうとする。
「いきなり! なんなんだあんたは!? せめて放せよ。自分で歩ける」
「ああそうだな、歩け。ほら、機体に搭乗しろ」
セドリックは襟首から手を放し、少年を解放するとジョンに自分で歩かせた。六番整備台のブースから四番整備台に載せられた“救世者”の前にジョンは連れて来られた。
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