第101話 鋼獣の目指す場所
暗く深い場所でとても大きな存在が煩わしげに身動いだ。
世界の至る所に存在する瞳であり触覚であるとても小さな物が、地上の或る場所に存在してはならないモノを感知したのだ。
いつかと同じように瞬時に膨大なエネルギーを発生させ、自らを構成する一欠片を押し込める。
エネルギーを吸収した欠片は環境保全分子機械群へと生まれ変わり、急速に増殖と分裂を繰り返し始めた。そして、今も見守り続ける大きな存在の、その目的に添った姿へと自らを変貌させ始める。
通常のビショップ種よりも遥かに大きな翼を持つ姿となったそのフォモールは、挨拶するように鳴き声をあげ、身を翻すと遥かな高みにある揺らめく明るみを目指し、泡を立てて上昇を始めた。
星空に翼を広げたその巨鳥は身の裡に有り余るエネルギーを放出し、空中に漂う環境保全分子機械群を活性化させ、自らの眷属を数え切れないほど大量に創造する。
目標を見据えた巨鳥を中央に、夜を飛ぶ翼を持つ者達の大群はゆっくりと飛翔を始めた。
†
「ちょっとこれ、どうなってんのよ!?」
レナは左腕の方盾を機体前方に構え、脚部機動装輪で疾走しながら、続々と増え始めた夜行性肉食獣型のフォモール群の内、自らの進路を塞ぐ大きな群へと右腕の複合型銃砲発射装置を狙いもつけずに乱射する。そして弾丸を嫌がったフォモールがその場から退き出来た空間に自機を進ませた。
「レビン! あんたはあたしの前に出て、こちらの機体に回り込んで来るポーン種を牽制して!」
右腰部側面装甲が変形し伸びた可変式保持腕に支えられた複合型銃砲発射装置の三連箱型銃身が高速で回転し轟音を立てる中、レナは通信回線を通じ、傍らを併走しながら折り畳み式騎剣を振り回している撩機へと叫ぶ。
『了解した! ……だが、この数では! ジェスタ=ハロウィン先任は無事か? 彼の撩機との合流を急がねば! 現状、上空のビショップ種まで相手は出来んぞ! 奴らは無視する、いいなっ! レナ=カヤハワ!』
飛びかかってきたポーン種一体の顔面を右腕の騎剣で叩き斬り、左腕の突撃銃から放った銃弾で自機とレナ機の周囲に躙りよろうとする敵数体をその場から追い散らすとレビンは同僚の少女に返した。
一度、銃弾に散らされたポーン種達は、周囲に銃口を向ける二機の“TESTAMENT”の隙を窺いながら、いつでも飛びかかれるよう鋼色の筋肉に力を溜め、流動的に形を変えながら疾走し続けるレナ達のSFを森の木々と共に囲んでいる。
レナは機動装輪を停止させ疾走を一旦停止、方盾を装備する左腕にも腰部接続端子にとめていた突撃銃を抜き取り、右腕の複合型銃砲発射装置と共に前方に突き出した。
「……流石にこのままじゃ殲滅は無理。しょうがない、……うん、今はこのポーン種の囲みを突っ切るのを優先! とりあえずあたしがしこたま撃ち込むから、レビン! あんたは囲みに出来た隙間に突っ込んで進路の確保!」
『了解だ。では、暫定作戦を開始する。周囲のポーン種の牽制はこちらに任せよ!』
レビンのSFが自機を追い越して前に停止、その場から周囲に突撃銃をフルオートで乱射するのを横目に、レナは複合型銃砲発射装置を擲弾発射砲形態へ変形、レビン機の直ぐ脇を、空気を切り裂いて高速で撃ち出された擲弾は囲みを作るフォモールの数体を纏めて貫通、やがて一体のポーン種の体内に留まるとその内側で炸裂した。
思っていたより小規模に止まった爆発を目掛け、二機のSFは停止させていた脚部機動装輪を再び起動、速度を揃え共に走り出す。
前を走るレビン機を追い越しながら、レナは複合型銃砲発射装置を回転式機関砲形態に変形、自機の両腕の先に揃えた突撃銃と回転式機関砲の銃口から大量の弾丸を撒き散らすと、無数のポーン種からなる囲みに楔を撃ち込んだ。
騎剣を手にしたレビンの“TESTAMENT”は傍らのレナの機体が突撃銃の弾倉が空になり、一旦射撃を停止するのを見計らってさらに前に飛び出すと、擲弾の爆発と大量の銃弾を浴びて敵群の大半が倒れ行く中、彼等の進路上に尚も立ちはだかろうとするポーン種達に風を巻いた刃を振り抜いて止めを刺していく。
『囲みを抜けるぞ! 敵影は!?』
「進路上には無いよ! 突破できたみたい!」
何度か似たような行為を繰り返した末に、レナとレビンはフォモールの作る囲みからの脱け出る事に成功した。
森の木々以外に前方には障害物が消え、ポーン種の群れを置き去りに二機の“TESTAMENT”は街道に繋がる間道を走る。
いつの間にか彼女たちの上空からはビショップ種の群れも飛び去って消え、ポーン種達の後を追跡もなくなっていた。
ある程度、北へ抜ける街道を進んだ彼女達は道の脇に生える街道沿いの森の木々を掻き分け森に入り込んで行った。レナの機体が先行し、その後をレビン機がついて行く。彼等はビショップ種との戦闘中に分断されたジェスタの機体と最後に別れた地点を目指していた。
『……レナ=カヤハワ。方角はこちらで合っているか? 先程から、こちらのレーダーが真面に働かんのだが』
「とりあえず、ジェス姉のいた方には向かってるよ。……このまま進めば合流できると思うけど、今は近距離通信の回線以外は通じてないみたい。丁度、あたし達の周りにポーン種の群れが沸いて出て来た時からね。こっちのSFだけの異常かもしれないから。レビン、あんたの機体からもジェス姉に呼び掛けてみて」
『ふむ、しばし待て…………む? ……駄目だな。こちらからの通信も通じんようだ』
二機のSFはその場に停止、片方の機体は通信機を作動させる。通信を止めたレビンから芳しくない返事が返るとレナはコクピット内で小さく頷いた。
「そか、じゃ、戦闘開始前に決めた合流地点を目指そう。レビン、あんたもそれで良い?」
『この状況では仕方あるまい。だが、そうなると脱け出したばかりのフォモールの群れに逆戻りとなる可能性は高い。レナ=カヤハワ、今の内に弾倉交換をしておくべきだ』
言いながら、レビンは折り畳み式騎剣を短剣状に折り畳み、腰背部に装着した散弾銃弾倉の下部に戻し、左手の突撃銃から弾倉を排出、右腰から外した新しい弾倉に交換する。
「あちゃ、回転式機関砲の弾倉、残り四割だ。突撃銃で出来るだけやらないと」
そうレナがコクピットで自機の弾薬の消費量にぼやく間にも、右腰から回された保持腕は弾薬庫を兼ねている方盾の中からスライドして飛び出した突撃銃用の弾倉を、レナ機の突撃銃から排出された空の弾倉と半自動で交換していた。
来た道を戻り、森の中の道無き道を走り出した後、フォモールに囲まれた地点まで近付くと、レナのSFの通信機に唐突に回線が開く。
『……ナ……、……ン! ……応……な……い!! こちら……ジェス……!』
「今のって、ジェス姉!?」
『……そのようだな。……だが、こちらの機体からではまだ回線が繋がらんな。レナ=カヤハワ、そちらの機体で試してくれ』
「わかった。じゃ、レビン。あんたは周囲の警戒をお願いね。──こちらレナ、ジェス姉!!」
隣りに立つ機体からレビンに促され、少女はコンソールに指を這わせ、受信感度の調整を始める。やがて聞き慣れた青年の声がコクピットの中に響き始めた。
『はぁ、やっと繋がったわ! レナ、レビン! あなたたち二人とも無事かしら?』
「あ、あははは、はぁ。あたしのSFの方は弾薬厳しいけど、二人とも無事だよ。怪我もないわ!」
『そう、こちらも特に大きな損傷は無いわね。今は戦闘開始前に決めた合流地点に向かってるの。そうそう、あのビショップ種の群れだけど、あの後直ぐ、ワタシの機体なんて無視して飛び去って行ったわ。だけど“樹林都市”はその時に去った方角からすると経路上から離れすぎているようなの。まあ、一度、合流しましょ。詳しくはその時にね、とにかく二人とも無事で良かったわ!』
「うん! ジェス姉も。──ふぅ、聞こえてた? レビン」
『ああ。まずは撩機との合流だな?』
通信を終えたレナは身体を弛緩させシートに身を預け、軽く伸びをすると、徐に両手を操縦桿に伸ばす。
「いくよっ、レビン!」
『ああ、樹林都市が危険な事には変わりないからな。合流を急ごう』
疾走する二機のSFは大樹林の木々の合間を塗って森の中へと消えて行った。




