第99話 黒衣の機影
ヒューゴー・セピア=レイノルズはフィル・ボルグ帝立騎士団に名を連ねる騎士である。中でも精鋭とされる帝室近衛に所属し、そして畏れ多くも帝王より直々に指名される十二名の特務騎士、“円卓”と呼ばれる役職を任ぜられていた。特務騎士の任命と同時にフィル・ボルグ帝王より賜った帝政国製の最新鋭SF、“AVENGER”へも独自に改造を施す許可を与えられていた。
“AVENGER”はフィル・ボルグ帝政国製SFであり、帝政国の現制式採用騎だ。騎体造型は代々継承されている為、前々世代の“REVENGER”と同様に刺々しい全身甲冑を纏う黒騎士を思わせる。
機体の基本構成として、左肩装甲には可動腕式が備えられ、その先に機体下方に向けられた先端と側縁部中程までが高周波振動刃となっている楕円形の攻性防盾を装備する。反面、機体本体の装甲は二世代前の“REVENGER”よりも薄く軽量化されており機動性に富んでいる。攻性防盾の裏側には折り畳み式騎剣を内臓する。更に帝室近衛仕様騎は儀礼的な装飾をされた長柄の高周波振動薙刀を装備しているのが特徴だった。
“円卓”に属する特務騎士ヒューゴーの騎体には特に目立った改造らしい改造は無く、目に付くのは右肩にも可動腕式攻性防盾を装備している点くらいか、加えていうならば、騎体の各関節部に補助装甲が足されている。
ヒューゴーは接近戦を好むが、任務に向かう今は、騎体の背に穂先の付け根と柄の半ばで折り畳んだ高周波振動薙刀の他に、無反動砲も括り付けていた。
『彼の地より出でてくる者が在らば、これを即座に滅せよ』
数日前、帝城に呼び出された彼は帝よりそう命を受け、直属の部下である帝室近衛所属の騎士を中核とするSFの一個大隊を引き連れ、その部隊規模からは信じられないほど密やかに帝都を後にする。
部隊の機体には帝王の命により秘密裏に、彼らには何も知らされず、ヒューゴー騎以外の全てにある特殊装置が取り付けられていた。
帝より示された地はフィル・ボルグ帝政国と、彼等にとっては忌々しき北のネミディア連邦と名乗る賊領との境。人類領域大陸中央山脈の南端に広がる大平原の中に取り残されたようにぽつんと存在する帝政国領の森の奥に彼等の目的地は在る。大陸西部に広がる大樹林“ケルヌンノス・ヘルシニア”とは流石に比べ物にはならないが、それでも広く大きな森に覆われた古の祭祀場跡とされる切り立った崖面のある丘陵、“祭祀の篝”と古くから呼ばれる地をヒューゴーとその部下達は目指した。
数日後、道中は特に何事も起こらず、特務騎士と彼の指揮する大部隊は速やかに“祭祀の篝”へと到着、その地に簡易キャンプを張り、警戒行動を開始した。そして、おそらくは一日程が経った頃、唐突に丘陵内部から何度も爆発音が響き始め、やがて彼等の監視の前で切り立った丘の崖面が内から伸びた刃に割り裂かれ始めた。
『レイノルズ卿、アレを! あのような得物を振るう以上、SFの類かと推察いたします!』
「儂にも見えておるわ! ──フィル・ボルグ帝立騎士団に名を連ねる勇士達よ! 此より為すは主命である! 各員、火砲斉射用意、アレが何であれ地上に姿を現した時点を以て攻撃を開始せよ!」
割り開かれた隙間に嘴のような金属の爪が突き出され、ゆっくりと僅かな隙間が押し開けられんとするのを視認した部下が叫び。ヒューゴーの号令の下、黒衣の騎士達はそれぞれに装備していた銃砲を構え、今まさにこの場に姿を現そうとする刃の持ち主へと手にした砲口を向けた。
金属の爪が崖面に擬装されていたゆっくりと隔壁扉を押し開き、隠されていたSF発進口と思しき暗がりから姿を見せる女性的な姿をした四つ腕のSFを確認、ヒューゴーは自騎を操作しながら部隊へと命じた。
「総員、砲撃開始! 欠片も残すな、放てっ!!」
特務騎士は号令と共に自らの愛騎が装備する無反動砲を撃ち放つ。それに遅れてはならじと、さほどの間を空けず特務騎士麾下の黒騎士達もまた対象へと火線を集中、そして姿を現した刹那に謎のSFはフィル・ボルグ騎士達の砲撃により猛火を纏う事となった。だがヒューゴーは決して油断せず爆発の中心を見据え、土煙を撒き散らし広がる爆炎に気を緩め、銃口を下ろそうとし始めた部下達に一喝を入れる。
「総員そのまま自騎の砲撃体勢を維持せよ! 対象が破壊出来たか確認せぬままに気を緩めてはならん!! ぬ!?」
特務騎士が部下達を叱咤する最中、爆炎を切り裂いて幾つかの小鎌が飛来し、ヒューゴー騎の周囲に列ぶフィル・ボルグ製砲戦仕様SF“RETALIATER”の数体に突き刺さり小さな爆発と共に味方が崩れ落ちる。間髪を入れず大鎌を手にした機体が小鎌を追うように炎の尾を引いて疾走、こちらの中枢と見抜いたか、ヒューゴーの搭乗する“AVENGER”を目掛け真っ直ぐに突っ込んで来た。四つ腕に見えた大型の格闘用鉤爪は何時の間にか姿勢制御翼状装甲と変形して腰背部に移っている。ヒューゴーは咄嗟に手にしたままの無反動砲を敵機へと投げ付けながら自騎を後方へと飛び退かせた。そして流れるように、背部に折り畳まれていた高周波振動薙刀を解き放ち、襲い来る大鎌の柄を自らの薙刀の柄で打ち払った。敵機は打ち払われる力に逆らわず、機体そのものを回転させ、大鎌を振り回して姿勢を制御、特務騎士の騎体と切り結ぶ。
「まだまだぁ! この儂を甘く見るなよ!」
互いの武器を引き戻して二機のSFは互いに距離を取ると改めて対峙した。今の遣り取りの間にも、ヒューゴーの直ぐ傍に存在していた撩機は、更に数体が斬り倒されている。
「我が名はヒューゴー! フィル・ボルグ帝立騎士団帝室近衛、ヒューゴー・セピア=レイノルズ子爵である! 面妖な騎体を駆る者よ! 貴様も名乗られよ!」
『…………』
謎のSFによる突然の攻撃をどうにかやり過ごしたヒューゴーは突然名乗りを上げ、敵機は黙ったまま、ただ静かに大鎌を構え直す。落ち着いて相手の騎体に目を配れば、先の味方騎の砲撃によるものか、その装甲には幾筋もの亀裂が走り、如何にも満身創痍といった状態だった。手にした大鎌の他、機体のそこかしこに折り畳み式の武装、恐らくは撩機に投擲された小鎌と同じものを装備している事も見て取れる。
「……あれだけの飽和攻撃を撃ち込まれた末ですら、その程度の損傷とはな。……尋常ならざる戦場故、正々堂々に、とはゆかぬ。……が、御主は好いな。実に好い。主命故に従ってはいたが、これでつまらぬ任務とならんで済んだようだ! ──者共、聞けっ! これより儂はあれなる敵手に一騎討ちを申し込む! 決着が付くまで一切の手出し無用、特務騎士“円卓”の名に誓い宣言する」
特務騎士は大音量で周囲の撩機を制止すると愛騎の手にした高周波振動薙刀を頭上で一回転させ構え直し、脚部機動装輪を展開、対峙する敵機へと突進した。
『──勝手に盛り上がられましても、ね。はじめに襲って来たのはそちらです。……残念ですがお断り致します』
それに水を差すように少女の冷めた声で大鎌の機体から返答され、ヒューゴーは僅かに眉を顰めるも、構わずに自騎の手の薙刀を真っ直ぐに突き出した。




