第98話 星降る森の戦い
数えるのも馬鹿らしい大群のフォモール・ビショップ種が巨木の森を眼下に望み、樹林都市の存在する方角へと向かい極めてゆったりと飛翔して行く。
その群れを形成するのは、フクロウやコウモリなどの夜行性にして翼を持つ鳥獣だ。その中央には一際大きなオオミミズク型の個体の姿がある。
不意に眼下に広がる巨木の森から無数の砲弾が撃ち出され、フォモール群へと襲いかかった。数羽の鳥型のビショップ種が翼を撃ち抜かれて大樹林へと落下、墜落の衝撃に体内の液化爆薬が引火、森の木々を巻き込んで爆発し高く炎を上げる。
オオミミズクを中心としたビショップ種達は翼を一打ちして高度を上げ、液化爆薬を一斉発射、砲弾の撃ち出された場所を中心に森を焼却した。
炎に照らされ一体のSFが木々の合間に写り込む。フォモール群を中心として散開したガードナー私設狩猟団SF部隊所属SFの一機、レビン=レスターが操る“TESTAMENT”だ。液化爆薬の延焼範囲を避け、レビン機は隠れていた巨木の陰から飛び出し反転、機動装輪を駆使して疾走を開始。後方のより離れた巨木の陰へと向かう。
「こちらレビン=レスター! 当機は敵フォモール群と接敵! 先制攻撃を加えるも応射を受け、現在後退中。至急、応援されたし!」
撩機へと救援を要請し、レーダーのみを頼りに樹の陰から突撃銃の銃口を向け牽制射撃、直後に駆け出して次の樹木へと逃れその陰に身を隠す、それを数分の間、繰り返した。
遠方からレナ機の放った弾丸がレビン機の上空に集りだしたビショップ種を散らし、レビン機はこれ幸いとフォモールの追跡を撒く事に成功、そのまま森を疾走する。
『レビン、敵を撃つ事より、まずは自分の身の安全を優先なさい! ……レナっ、あのデカい奴のいる群れを牽制して! ワタシが前に出るわ!』
木々を幾つも挟んだ南側から通信と共にジェスタ機の銃撃が開始され、レビン機を狙うフォモール群の横合いから弾丸が突き刺さり夜空に炎の華が咲いた。上空へと攻撃を加えつつジェスタ機は樹々の合間、僅かに開けた空間に機体を移動させ、わざとその身を敵群の視界に晒して見せる。
銃口から硝煙を上げる突撃銃を手にした緑の妖精騎士の姿を認め、フォモール・ビショップ種が数羽、群れから離れ女言葉の青年の駆るSFへと殺到。襲い掛かる巨鳥の群れの鼻先へ、ジェスタ機の遥か後方から放たれた擲弾が避けようの無いタイミングで着弾し巨鳥を穿ち砕いた。
『あぶないよ、ジェス姉!』
『サンキュ、レナっ! 牽制、頼むわね』
『……しようがないなあ、わかったよ』
爆炎の広がる空へとジェスタは視線を固定、撩機を駆る少女へと通信を返すと、新たに飛来したビショップ種数羽からの液化爆薬の噴射を確認、晒していた機体をそのまま真っ直ぐに樹々の陰へと高速で直進させ、上空から見えない場所まで進ませると左手で脇の巨木の幹に触れて機体をターン、方向転換して進んできたものと違う方角の樹の陰へとその身を隠す。
レナ機はジェスタ機の援護に続けて、フォモール群を中心に大きく左右に機体を旋回させ、一際大きな個体の居る群れへと複合型銃砲発射装置を回転式機関砲形態にして移動しながらの牽制砲撃を加えていた。
不意に横合いの何も無かった闇の奥からジャコウネコ型のポーン種が湧き出すように出現、静かに樹々を足場に飛び回り、上空へと砲撃中のレナ機へと音もなく襲い掛かる。
黒鉄の爪牙が少女の機体に触れようとする寸前、コクピット内に鳴り響いた接近警報に反応したレナは回転式機関砲の砲撃を続けたままに周囲の樹々をなぎ倒して急旋回した。回転式機関砲が停止すると同時に、辛くも左腕の方盾の表面でフォモール・ポーン種の攻撃を受け止める。次の瞬間、森の樹々の奥、敵の死角から振り抜かれた折り畳み式騎剣の一閃が鋼色の肉食獣を弾き飛ばし、近くの巨木へと叩き付けた。幹と地面の間でバウンドし、倒れた鋼獣はふらつきながら起き上がろうとするも、急接近した機体からの銃撃を至近距離で頭部に受け、地面に汚水となって溶け崩れていく。
「無事か、レナ=カヤハワ! 不肖レビン=レスター、先ほど受けた恩は返したぞ! ……ぬぅっ!」
青年が護った少女へ向け通信を送る最中、森の巨木の合間に数え切れない数の瞳が皓々と光を放つ。それまで存在していなかったポーン種の群れが、いつの間にか狩猟団のSF部隊の周囲を取り囲んでいた。
†
07は暗闇の中、進路を塞ぐ幾つもの隔壁扉を対立者の大鎌で切り裂いて進む。やがて。最後の隔壁扉に辿り着いた。
「これが最後の隔壁扉、この先に何があるとも限りませんね。予め備えておきましょうか。──“対立者”、“戦女神輝石”起動!」
少女は自身の機体の全力稼働の為、隠蔽化装置を起動させる。大鎌を手にしたSFの胸部、その内側で泪滴型の装置が唸りを上げ始めた。しかし、リソースたる環境保全分子機械の存在が不足しているのか、搭乗者の少女の思っていたようには出力が上昇しない。
「!? ……こんな低増幅率のはずは……。っ、仕方有りません。起動はしました。素のままよりはマシ、とでも思いましょう。姿勢制御翼状装甲展開、“抱擁する腕”起動」
“対立者”の腰背部に装備される大型の姿勢制御翼状装甲の基部から伸びた蛇腹状の自在可動肢に分割され、機体後方に向いていた装甲が腰部の左右から前方に向けられ、先端部が三本の爪状に開き格闘用鉤爪を形成した。鉤爪の内側には可動の邪魔にならない位置に折り畳み式小鎌が刃の畳まれた状態で左右それぞれに三本装着されている。
掬い上げるように振り上げられた高周波振動大鎌が隔壁扉を切り裂き、斬撃によって刻みつけられた隙間に鉤爪が差し込まれ隔壁扉を無理矢理にこじ開いた。
「妙に簡単に逃がされた、とは思っていましたが……。01、……貴方という方は! 存在の秘匿という私達、“Nameless numbers”の大前提まで覆すというのですか!!」
暗闇を抜け、久方ぶりの外へと飛び出したそこには、フィル・ボルグ帝政国軍の最新制式採用SF“AVENGER”、その帝室近衛仕様騎を中核とする一個大隊が少女のSFへと銃口を向けていた。
無数に並んだ銃口から、SF“対立者”へと大量の砲弾が発射され、硝煙が辺り一面を靄のように覆い隠す。
「戦女神薄絹っ!」
機体両側の格闘用鉤爪でSF自身を抱き締めるように覆い粒子防御幕を展開する。帝室近衛部隊の攻撃により、少女の機体を中心に連続して爆炎が噴き上がった。
爆炎を切り裂いて粒子防御膜に包まれた“対立者が疾走する。常になく弱々しく薄い“戦女神薄絹”に格闘用鉤爪の外装は傷にまみれ、ただの一度の攻撃に機体は満身創痍といった状態になっている。
「……“対立者”……往けますね?」
操縦者に応えるように機械の瞳に輝きが灯った。




