第0話 戦火に目覚める
気に入っていただけたら幸いですね
「……っく、……なんだっ……!? 僕は……」
ほの暗い棺桶のような狭隘な空間の中、少年は身体を突き抜けた激しい衝撃により意識を取り戻した。
はっきりしない頭を巡らせ、彼は自分の状態を確認する。
頭には頸椎保護用の首輪状パーツのついたヘッドギアを被せられ、パイロットスーツを纏い、ハーネスによりパイロットシートに固定されていた。
彼本人も気づかぬまま、馴れた動作で手元のパネルを操作し、機体の損傷状況を表示させようとする。
すると、目の前の壁面全体がディスプレイとなり、網膜に投射された映像と二重写しに対面の壁面全体が発光した様に見え、〔SCOUTーFRAME control operation system - all system restart - 〕と文字列が表示され、それと入れ替わる様に外部映像がそこに投影された。
その映像の左半分は割れたレンズ越しの映像らしく酷く乱れている。
次いで、視界の隅にポップアップしたウインドウに七頭身の機体の簡略図が表示された。
彼は無意識の自分の行動に、どうやらこの機械の操作に習熟している事を知りつつ、ウインドウに表示された人型のシルエットに視線を向ける。
そして今、自らの乗っている機体の至る所が赤と黄色で表示されている事を知った。
同時に彼は表示され続けていた外部映像に、自分の乗せられている同じ物と思われるアッシュグレイで塗装された人型の機体が、今まさに攻撃を受けて倒れ、爆発するのを見てしまった。
「辛うじて繋がってはいるけど、左腕部は大破、気がついた時の衝撃はこれかな? 機体各部にはイエローアラートだらけか……、でもジェネレータは元気だ。……まだ動く!」
周囲の光景を余所に、焦りも感じていない様子で呟くと、彼は左右のコントロールグリップを握り締め、両足の触れているフットペダルを左右交互にゆっくりと踏み込んだ。
壊れかけの機体がゆっくり立ち上がっていく。
身体を更に締め付けるハーネスの痛みと、全身に架かる慣性の圧から彼はそれを実感する。
機体の動作に併せ、搭載されていた自機のレーダーを起動、二つ目のウインドウをポップさせ、周囲の反応をサーチした。
レーダーのレンジを幾らか広げ、周囲の情報を探る。
それによると、やはり少年の友軍は随分と劣勢に陥っているようだった。
見る見るうちに友軍機らしき反応が次々と消えていく。
少年は静かに胸の内に疼痛を残す蟠りに、我知らず歯を噛み締めていた。
不意にコクピット内に接近警報が響く、レーダーのレンジを広げすぎていたのか、友軍反応に気を取られていた為か、少年は敵機の反応に気づくのが遅れてしまっていた。
彼がモニタに視線を向けると所属不明機が一機、彼の機体に近付いてきている。
友軍反応が無い、つまりは襲撃者が壊れかけの敵機が起き上がったのを知り、止めを刺しに来たようだ。
余程の余裕か、人型兵器サイズの短機関銃を手にした襲撃機はこちらに対して、発砲する素振りさえ見せずに目の前まで近付いて来ている。
「そりゃ来るよな。こんな状態じゃあ、只のいい標的だし」
彼はぼやきながら、近付いて来る襲撃機を後目にパネルを操作、一般の搭乗兵が知る筈のない緊急秘匿コードを機体に入力した。
まるでそれが終わるのを見計らったかの様に、やっと至近にまで来た襲撃機がゆっくりとこちらへと銃口を向ける。
その瞬間、それに先んじて彼の機体が行動を起こした。
「だからって、黙ってやられてたまるかよ!!」
彼は語気も荒くそう叫ぶと、自機の比べてまだ無事な右マニュピレータで左手首を掴み、肩の付け根から切り離した千切れかけの左腕を棍棒替わりに敵の銃を目掛けて打ち払った。
同時に機体の脚部関節に悲鳴をあげさせながら、腕を振った方向と逆に跳び退く、搭載されている機体制御AIがオートバランサを作動させ、左腕を失った機体重心の不具合を修正、なんとか機体を無事に着地させる。
それとほぼ同時に、敵機の銃が爆発した。
木偶の坊の様な壊れかけの機体から、まさかの逆襲を受け装備していた銃を破壊され、何が何だかわからない様子で敵機のパイロットは困惑しているようだった。
その隙に彼は自機のストレージから現在使用可能な武装を検索する。
まだ右マニュピレータに掴んでいた元左腕の切れ端を放り捨て、腰背部に装甲として畳まれ、マウントされていた自機に残るの唯一の武装、折り畳み式騎剣を抜き放った。
名前通りの折り畳み式の実体剣だ。
威力や切れ味なんて端から考えられていない最後の装備だった。
唯一のメリットはエネルギーの消費が激しくないという事のみだろうか。
彼の機体はスイングの遠心力で伸ばした剣先を敵機の頭部に突き入れ、相手のメインセンサーユニットを破壊、その場で自機を半回転させ、突き刺した剣をその勢いで抜き取る。
返す刃で大抵の機体でサブカメラの設置されている人体でいう鎖骨辺りを薙ぎ払い、おまけに押し付けるように足裏で蹴りをくれて敵機を蹴り倒した。
他の敵機がこちらに向かって来ない間に、右腰部装甲にマウントされた緊急用のフラッシュグレネードのロックを解除、重力にまかせその場に投下し、直後に自機を後ろへ振り向かせる。
足裏踵部に装備される滑走用の脚部機動装輪を展開し、背部バックパックと脹ら脛に備えられている推進器を全開に、背後で炸裂した閃光に紛れてその場から逃走する。
それから約15分程そのまま、全速力で機体を走らせた後、視線の先に少年には名も判らぬ山脈と、遠目にも分かる程の巨木が立ち並ぶ森林が見えた地点で推進器を停止させ、脚部機動装輪を格納、轍を途切れさせると自機の足跡をごまかしながら視線の先に映る、巨木の森の中へと機体を進ませた。
改めてレーダーに敵影が無いのを、何段階かのレンジで確認し、折り畳み式騎剣を元の腰背部へと格納する。
柄元から剣身の中程までが鍔に沿って左右にスライドして展開、切っ先から剣身の残る半分がその間に引き込まれるようにスライドして格納され、幅広の短剣状になると、腰背部に持っていき、鍔の真芯に据えられた接続端子を腰背部の接続端子に接続、マニュピレータから放れるとグリップが切っ先側に向けて倒れ、接続部が回転、腰背部装甲の定位置に沈み込んで固定された。
「逃げ切れた? ……のか?」
溜め息混じりに彼は疑わしげに呟き、周囲に注意を払いながら、機体を森の中、奥深くへとゆっくりと進ませた。
そうしながら、かねてより自身の気になっていたことを独りごちた。
「……僕は、誰だ?」
冷静に事態に対処していながら、彼は混乱していたのだ。
機体操作に何も問題が無い事が、どうしようもなくその混乱に拍車をかけるようだった。
機体を止めることなく歩かせたまま、彼は、何かに促される様にパイロットスーツのジッパーを胸元まで引き下ろし、首から下げている自身の認識票を引き出した。
せめて、自らの名を知りたかった。
されど、少年の淡い期待は裏切られる。
そこには、こう刻まれていた。
“nameless 08”
彼を表すであろう登録コードらしき、ただそれのみが。
6/1改稿