ショートケーキ
「だから、イチゴは酸っぱいほうがいいんだって」
女性がテーブルの向かいに座っている男性に言う。
お洒落な、どちらかというと女性向けのカフェに、二人はいた。男性はやや居心地悪そうに縮こまっている。その様子を見て、反論がないと思ったのか、女性はさらに言葉を重ねる。
「甘いケーキのあとは口の中をリセットしたいでしょう? そう考えると、甘いイチゴなんて、邪道なのよ」
目の前にあるショートケーキのイチゴを端に寄せつつ意見を述べる。
季節は初夏。ちょうどイチゴの時期だ。いたるところでストロベリーフェアをやっている。このカフェも例外ではない。しかし二人は特に飾り気のないショートケーキを食べていた。理由は簡単。旬の、甘いイチゴを女性が好まないからだ。
「今の時期と、クリスマスあたりと、どちらがケーキにあうのかしら」
口についた生クリームをなめながら問う。返ってきたのはそれに対する答えではなかった。
「ぼ、ぼくは、イチゴ最初に食べちゃうから」
男性はここで初めて口を開いた。その言葉通り、もう皿の上にイチゴはない。
「それに、酸っぱすぎるイチゴは、ケーキの甘い余韻を飛ばしちゃうだろうし……」
弱々しい反論。女性はため息を一つ吐いた。
「自分の意見にはもっと自信を持ちなさい」
男性はいつもこうなのだ。ともすれば泣いてしまう。もう成人しているというのに、昔から根っこは変わらない。そんな人に付き合っている自分も変わらないのだな、と女性は少し笑った。その笑いすらも男性を委縮させてしまうことに、女性はまだ気づいていない。
情けない、と男性は思った。また笑われている。説教されている。同い年というのに、女性は少しずつ大人になっていくのに、自分は止まったままだ。いつになったら並べるのだろう。また、視界が潤んできた。
「うん……」
「ほら、泣かない」
差し出されたハンカチを受け取る男性。それで流しかけた涙をぬぐう。
「おいしかった?」
「うん」
「じゃあまた来ましょうね」
次がある。それだけで男性は安堵した。いつ見捨てられるのか不安だった。幼いころからずっと一緒にいた存在と離れるなんて想像できなかった。今は引っ張られる状態だけど、いつかは対等か、自分が引っ張る立場になりたいと願っていた。
次がある。それだけで女性は安堵した。いつ断られるのか不安だった。幼いころから見てきた存在が自分の手の届かないところへ行ってしまうのが怖かった。泣き虫でも、主張できなくてもいい。ずっとこのままの関係が続いてほしいと願っていた。
二人とも、どうしてこんなに相手のことが気がかりなのか、根本では理解していなかった。
互いの恋心に気付くまで、あとどのくらい?