「空気」「息」「歪んだ関係」 ※ほんのり百合です
彼女は今日も、桜の木の下で待っていた。駆け寄ると笑顔を浮かべ、座るように促される。いつものことだ。―あぁ、やっぱ好きだな、この空気。校舎裏で後輩と喋る時の独特の雰囲気。彼女は大分聞き上手のようで、相槌も質問も適度なためとても話しやすい。後輩はいつも緩い笑みを浮かべ、静かに私の話を聞いてくれた。
「そういやさー」
今日も普段通りに話を切り出す。桜の花びらが顔に張り付いた。
「はいー?」
後輩も普段通りの話を聞く体制だ。後輩の髪を桜が通り抜けていく。
「…卒業したんだ。今日」
「ですね~。おめでとうございます」
ぱちぱち、彼女は小さく手をたたいた。
「…後輩、はさ」
「はい」
可愛らしい笑顔。出会った時からひとつも変わっていない。
「いつ、卒業するの?」
この学校から。この校舎裏から。この世界から。校舎裏でひらひらと舞う薄い儚い桜の花びらは、いつだって後輩を無視していた。小さく息を吐く音が聞こえる。
「…いつ―でしょうね。先輩、私と一緒に卒業してくれます?」
後輩の手が私にのびる。寒気に近いものを感じると同時に、後輩と永久をここで過ごすのも悪くないと思った。そのまま何分か経過し、やっとのばされたその手は私の胸を当然のようにすり抜けた
「…え、へ」
後輩は笑う。
「…幽霊でも、涙が出るんだね」
私も笑ってそう言った。ぽろぽろと、後輩の透き通った目から、透き通った涙が落ちている。
「えへ…、ふ、は。そうですね。なんか私、泣いちゃってる」
「後輩―」
名前も死因も何も知らない、幽霊の女の子と過ごした時間。これを青春と呼ぶことの何がいけないだろう。絶対にかなえることができなかったこの恋を、誰に恥じらう必要があるか。
「―あなたの永久が、しあわせでありますように」
最高の笑顔で言ったつもりだった。どこかの物語に書いてあった言葉。その永久に私が寄り添うことを、優しい後輩は認めなかった。
私は、校舎裏に後輩を置いて歩きだす。振り向かない。彼女の永久に、私の泣き顔が残るなんて嫌だもの。
「…っばいばい」
ばいばい、後輩。知ってる? 私、いつまでもあなたが好きだからね。
初めてなのに、百合でごめんなさい。お題にそう書いてあったんです! あてつけこじつけほんのり百合に仕上がりました。 『歪んだ関係』を出さなかったのはこの子たちが歪んだ関係ではないからです(wow! 土下座)。見る人が見ればそう見えるかもしれません。が、誰に文句を言われる筋合いもない、澄んだ関係だと私は思っています。ありがとうございました。