第八話(晴久編)料理をはじめて食べてもらう時は緊張します……。
「ハルくーん! 頼みたい仕事があるのだけど、大丈夫かな?」
その日、一色隊の隊員である遠野晴久はいつものようにキッチンにいた。
病弱な晴久は他の皆と同じような隊務をこなすのは難しいため、隊員たちの支援が主な仕事である。
料理が得意な彼は、その知識と腕前を活かして隊員たちの栄養管理に努めているのだ。
そんな彼に、少し急いだ様子でキッチンに入ってきた透花が声をかけた。
「は、はい! 僕なんかに出来ることであれば、なんなりと!」
「……ハルくん、また“なんか”って言っている。自分をあんまり卑下するのは禁止だよ」
「あ、ご、ごめんなさい……」
違う仕事をしているとは言っても、皆と同じように隊務をこなせないことを晴久は引け目に感じていた。
元々病弱でそこまで明るくない性格も相まって、すぐに後ろ向きな考えになってしまうのだ。
「うん、次からは気を付けようね。それで、頼みたい仕事なのだけど……」
「はい、なんでしょう?」
「実は今日から一週間ほど、仕事でこの屋敷を空けないといけなくなってしまって。その間、理玖に食べ物を持っていってほしいの」
「理玖さんに食べ物を、ですか……?」
予想外の仕事内容に、晴久は小首を傾げてしまった。
「うん。理玖は食べることに全然興味がなくて、私が食べ物を持っていかないとサプリメントと水だけで何日も過ごしてしまうような人なの。さすがに一週間それだけでは、彼の体調が心配だから……」
「……そういうことでしたか。わかりました。理玖さんに、毎日食事をお届けしますね」
「ありがとう! 理玖は動物性食品を一切口にしないから、すぐに食べられるような果物や野菜を持っていくと喜ぶよ。あと、彼は少食だから一日に一回食べ物を差し入れてあげれば充分だから。じゃあ、よろしくね!」
透花はそれだけ言うと、来た時と同じように急いでキッチンを出て行ってしまった。
「お、お気を付けて……!」
キッチンには、晴久一人が取り残された。
(どうしましょうか……)
晴久は、キッチンを歩き回りながら考えていた。
(透花さんは、果物や野菜を持っていけばいいと仰っていましたが……せっかく、理玖さんに栄養を摂ってもらえる機会です。いつも薬をいただいてるお礼もしたいですし、やはり、何か作って持っていきましょう)
冷蔵庫を開け、中を覗きながらまた考える。
(……そういえば、理玖さんがダイニングで食事をしている姿を見たことがありません。どういうものがお好きなんでしょうか……)
皆と一緒にダイニングで食事をすることが、強制されているわけではない。
ご飯時になると、屋敷にいた隊員たちがなんとなく集まり、晴久の作った料理を食べる。
それが、一色隊の食事スタイルだった。
晴久は外での任務がない為、ほぼ毎日屋敷で食事をしているが、理玖がダイニングに現れたのを見たことがない。
(……和食にしてみましょう)
どうやら、今日のメニューが決まったようだ。
冷蔵庫から材料を取り出すと、晴久は手際よく料理をはじめた。
(食べてもらえるでしょうか……)
晴久は、お盆に今日の夕飯を乗せた状態で理玖の部屋の前に立っていた。
お盆からは、おいしそうな湯気が上がっている。
今日のメニューは、筍ご飯、けんちん汁、きんぴらごぼう、ひじきの煮物、豆腐とキャベツのサラダのようだ。
(料理をはじめて食べてもらう時は、やっぱり緊張します……)
晴久は、控えめに理玖の部屋のドアをノックした。
「……誰だい?」
「あっ、は、晴久です! 今日の夕飯をお持ちしました!」
扉を開けた理玖は、晴久が持っているお盆を見て一瞬驚いた表情になる。
「……そういえば、彼女はいないんだったね。どうも」
すぐにいつもの無表情に戻った理玖は、晴久からお盆を受け取った。
「あの、食べ終わったらお盆ごと扉の前に置いておいてください。後で、僕が回収に来ますので……」
「わかったよ。じゃあね」
理玖は、そっけなく扉を閉めてしまう。
食事を受け取ってもらえたことに、晴久は今更ながらに安堵のため息をついたのだった――――――――――。