第六十八話(心編)人間のために利用されるなんて、絶対にダメだ!
この日、心は任務で王都を離れた土地に来ていた。
任務自体は簡単なものだったため、特に問題もなく終了する。
帰ろうとした時、街中が騒がしいことに気付いた。
いつもの彼ならば、そのまま通り過ぎていただろう。
しかし、嫌な予感がした心は騒ぎの方向へと足を向けた。
騒ぎの中心となっている場所には、武装した屈強な男たちが数人立っている。
「こりゃ一体、なんの騒ぎだ?」
「この近くの森に出たらしいんだよ! アルジャンアルパガが!」
「アルジャンアルパガって、なんだ?」
「あんた知らないのかい!? 白銀の毛色の、とっても珍しいアルパカなんだよ!?」
「へぇー。そんなのがいるのか。でも、アルパカだろ? 悪さをするようには思えないけどなぁ。あんな銃まで持ち出して……」
「……本当に何も知らないんだねぇ。あれは麻酔銃さ」
「麻酔銃?」
「ああ。あんたの言う通り、アルジャンアルパガは悪さなんてしないよ。だけど、その美しい毛はとんでもない値で取引されるのさ。……それこそ、一頭捕まえれば一生遊んで暮らせるくらいのね」
「……一生!?」
「そうだよ。だから人間たちは、血眼になってあいつらを探してる。それを、あいつらも感じ取ってるんだろうね。人間に見つからないようにひっそりと暮らしてるようで、ここ数十年は目撃情報すらなかったんだ」
「……それが、この近くの森に出たってのか?」
「ああ。殺さずに捕えれば、何度でも毛が採れるからね。そのための麻酔銃さ」
「……そんな動物もいるんだなぁ」
「あまりにも目撃情報がなくて、今じゃ絶滅危惧種に認定されてるよ」
「……そんな動物を、捕まえてもいいのか?」
「バレなきゃ問題ないんだよ! どうせ毛だって、闇取引で売買されるんだろうからね」
近くにいた男女の話を聞き状況を察した心は、静かにその場を離れた。
(……その子を、人間の手が届かない場所まで逃がしてあげないと。捕まえて人間のために利用されるなんて、絶対にダメだ……!)
いつもは開ききっていない彼の瞳が覚悟を決めたかのように鋭くなったことを、誰も知らない。
(簡単に見つかるとは思ってなかったけど……)
心は森に入り、アルジャンアルパガを探していた。
しかし、一向に見つかる気配がないのだ。
(人に見つからない場所まで逃げられたならいいんだけど……)
すでに二時間は歩き通しだった心は、少し休憩しようと木の根元に腰を下ろす。
しばらくぼーっとしていると、複数の人間の足音が聞こえた。
どうやら、心の方に近付いてきているようだ。
人と出くわすのは避けたいと思った彼は、極力音を立てずにそこから移動しようとした。
しかし、足元の枝を踏んでしまい、パキッという音が鳴る。
(あ……)
その瞬間、心に向かって何かがすごい勢いで飛んできた。
心はそれをとっさにかわしたが、避けきれずに腕を少しかする。
後ろの木に刺さっているそれは、麻酔針だった。
「おい! やったか!?」
「……いや、鳴き声がしなかったから動物じゃなかったのかもなぁ」
「そうか……。よし、もっと奥に行こうぜ」
どうやら、先程の男たちが心をアルパカだと勘違いし撃ってきたようだ。
声を出さなかったため、男たちはこちらを確認せずに森の奥へと進んでいく。
(間一髪、でもないか……)
心はため息を吐きながら、自分の傷口を見た。
軽くではあったが確実に当たっているため、薬剤は体内に注入されてしまったのだろう。
(……ちょっと、体の感覚が鈍いかも。でも、こんな所で止まってられない……。まだ森の中にアルパカがいるのなら、彼らよりも先に見つけないと……!)
心は先程よりも自由の効かない体に鞭を打つと、森の奥へと進んでいった。
しばらく歩いていると、体の感覚が元に戻るのを感じる。
心は昔から、不思議な体質の持ち主だった。
動物の声が聞こえるだけではない。
怪我をしても、その治りが常人よりも圧倒的にはやいのだ。
(……便利な体だなぁ)
今回もそのおかげか、麻酔が抜けるのがはやかったようだ。
あれから男たちに出くわすことはなかったものの、アルジャンアルパガを見つけることもできなかった。
(日も暮れてきたし、透花さんに連絡しておかなきゃ……。”遅くなります”でいいかな……)
心はおぼつかない動作でメールを作成すると、それを透花に送る。
普段からほとんど携帯電話を触らないため、操作に慣れていないのだ。
メールを送り終えたところで、心は自分の鼻に知らない匂いが届いていることに気付く。
(嗅いだことのない、動物の匂いだ……)
先程までは距離が遠すぎて、匂いを感知することができなかったのだろう。
歩みを進めるにつれて濃くなるその匂いに、彼は確信した。
この先に、アルジャンアルパガがいると。
(いた……)
十分ほど歩いたところで、心は発見する。
自慢の銀色の毛並みは土に塗れてしまっているが、間違いないだろう。
想像よりもずっと小さなそのアルパカは体を震わせながら、恐怖に満ちた目で心を見つめていた――――――――――。




