第六十七話 バレンタインデー④
④午後四時半、心と颯が通う高校にて。
本日の授業を終え、家に帰ろうと颯が校門に向かっていると、自分の前を見知った背中が歩いていることに気付いた。
「心くん!」
「……颯くん」
それは、心だった。
「今帰り?」
「……うん」
「部活はないの?」
「……今日は休み」
「そっか! じゃあ、一緒に帰ろう!」
「……うん」
二人は連れ立って歩き出す。
周囲にはバレンタインデー独特の甘い空気を漂わせた男女が数組いるが、この二人にそのようなものは関係ない。
男二人で、臆せずに校門に向かっていく。
「バレンタインだからか、カップルが多いね!」
「……颯くん、誰かからチョコ貰えた?」
「うん! 朝、美海ちゃんから貰ったよ!」
「それは僕も貰ったけど……。それ以外は……?」
「……それ以外って、もしかして学校の女子からってこと!?」
「……うん」
「ないないないない! 俺にチョコくれる子なんかいないし、万が一いたとしても受け取れないし……」
颯の女性嫌いは学校中に知れ渡っていた。
はじめの頃は興味本位でからかいにくる女子生徒もいたのだが、颯が本気で逃げ出す様を見てからはそのようなちょっかいは一切なくなった。
彼女たちも、まさかあそこまで拒否されるとは思っていなかっただろう。
「……そういう心くんは?」
「……僕も、美海に貰っただけだよ」
心はオッドアイを隠すために前髪を長く伸ばし、常に俯いて過ごしている。
実は素顔が美少年だということを、学校のみんなは知らないのだ。
「でも、いいんだ……。今日の仕事で残ったチョコを、虹太さんと湊人さんに貰う約束してるから……」
心にとってバレンタインデーとは、”チョコレートがたくさん食べれる日”に過ぎない。
全て売り切れてしまい、家に帰っても自分を出迎えてくれるチョコレートがないことを、この時の心はまだ知らなかった。
校門に近付くにつれて、何やら周囲が騒がしいことに気付く。
「……あの子、めちゃくちゃかわいくね!?」
「お前、声かけてみろよ!」
「……いやでも、今日はバレンタインだろ? 彼氏が学校終わるの待ってるとかじゃ……」
「見たことない制服だなー。どこの学校だろ?」
どうやらそこには、よほど魅力的な女性がいるらしい。
しかし、心は既に頭の中がチョコレートのことでいっぱいだ。
颯もその女性に興味を示すわけがなく、二人は足早に校門を通り過ぎようとする。
だが、それは二人にかけられた柔らかな声によって遮られた。
「あ! 心くん! 颯くん!」
二人が聞き慣れた声の方へ視線を向けると、そこには透花が立っていた。
なぜか、制服に身を包んだ姿で。
「会えてよかった! 行き違いになったらどうしようと思っていたの」
「……透花さん」
「……本物の透花さんですか!? なんでここに……」
小走りで駆け寄ってきた透花に、二人はそれぞれ言葉をかける。
颯ほどわかりやすく動揺してはいないものの、心も驚いていた。
「仕事がはやく片付いたから、戻ってきたんだよ」
「……おかえりなさい」
「そうだったんですね! それにしてもその格好は……」
「バレンタインデーだから、今日の夕飯は私が作ろうと思ってね。買い出しのついでに二人の学校に寄ろうと思ったのだけれど、軍服や私服じゃ目立ってしまうでしょう? だからコスプレしてみたんだ」
((制服姿でも、充分目立ってたと思うけど……))
二人はその言葉を飲み込んだ。
透花の美貌ならば仕方のないことだと、わかっているからだ。
「……よく似合ってる」
「はい! どう見ても女子高生です!」
「ほんとに? それならよかった~。ではお二人さん、このまま制服デートといきませんか?」
そう言うと透花は、二人に手を差し出した。
「デートといっても、さっき話した通り夕飯の買い出しなんだけどね。二人さえよければ、この格好のまま三人で行かない?」
二人は、迷うことなくその手を取る。
二週間透花に会えなくて寂しかった気持ちは、誰しも同じのようだ。
「……うん」
「いいですね! 行きましょう! 荷物は持つんで、たくさん買っちゃっても平気ですよ!」
二人の反応を見た透花は、優しく微笑んだ。
繋がれた手を一度離すと、二人の間に立ち腕を絡める。
「二人ともありがとう! じゃあ、行こうか!」
こうして三人は、仲良く会話をしながらスーパーへ向かった。
この様子を見ていた生徒たちの間で、”無関心の結城心”と”女嫌いの緒方颯”を待っていた謎の美少女の存在は、しばらく噂となる。
この夜一色邸では、透花による豪勢な食事が振る舞われた。
隊員たち一人一人に、それぞれの好みに合わせたチョコレートも渡す。
全身を使って喜びを表す者、素直になれずそっけない態度をとってしまう者など反応は様々だったが、皆の間に流れる雰囲気は穏やかだ。
一色邸を覆っていた灰色の空気は透花の帰還により取り払われ、いつも通りの優しい日常が、再び彼らに降り注ぐのだった――――――――――。




