第六十五話 バレンタインデー②
②午前十一時三十分、とあるカフェにて。
「……湊人くん、質問してもいい?」
「……どうぞ」
「……今日は何の日でしょう?」
「……バレンタインデーだね。僕たちの国では、女性が想いを寄せる男性にチョコレートを送る日だ」
「……そう! カップルの日なんだよ!? なのになんで俺たちは、男二人でオシャレなカフェでパスタを食べてるの!?」
「……それはね、虹太くん。今日の僕たちの仕事は、このデパートでチョコレートを売ることだからだよ」
「なんて無慈悲な……!」
虹太と湊人は現在、とあるデパートに入っているカフェで昼食をとっていた。
彼らの本日の任務は、デパ地下でチョコレートを売ることなのだ。
数日前に急遽人員が増やされることになり、この二人が駆り出されたというわけだ。
朝からの仕事だったため、今はお昼休憩中である。
周りはカップルばかりだというのに男二人で昼食をとる姿は、なんともいたたまれないものだった。
「はー……。世のカップルのために頑張って働いてるのに、俺は誰からもチョコ貰えないのかな……」
注文したミートソースパスタをつつきながら、虹太がぼやく。
「……朝、美海ちゃんから貰ったでしょ」
湊人は、カルボナーラを口に運びながらそう言った。
「確かにそうなんだけどさぁ……! あれも嬉しかったよ!? おいしかったし! でも、でもなんか違うじゃん!? あー、透花さんがいてくれたらなぁ……」
「……任務なんだから仕方ないじゃないか」
「それはわかってるけど、なんでこの時期に長期任務なんか……!」
虹太は本当に悲しそうだった。
湊人は”バレンタインはお菓子会社の戦略”と考えるタイプなので、正直虹太がここまで落ち込む理由がわからないのだ。
だが、透花からチョコレートが貰えれば嬉しかっただろうという気持ちは変わらない。
「……湊人くん、仕事の後暇!?」
「……特に用事はないけど」
「どこかで飲んでいこうよ! 俺、あんな男だらけの家に帰りたくない……!」
「……構わないよ」
「やったぁ! 楽しみがあれば、午後の仕事もなんとか乗り切れるかも!」
「……午後は更にお客さんが増えそうだね。しっかり食べて頑張ろう」
二人は昼食を完食すると、本日の仕事場に戻っていった。
ふわふわとした空気を纏いながらチョコレートを買いにくる女性たちに、笑顔でそれを販売する。
彼らが仕事を再開してからしばらく経ったところで、見知った顔がチョコレートを求めてやって来た。
「……すみません、お兄さんたち。このチョコレートください」
「ととととと、透花さん!?!?」
「どうしてここに……?」
午前中に軍本部に立ち寄った透花は、その足で二人が働くデパートまで来たのだ。
「男だらけのバレンタインはさぞかし味気ないだろうから、仕事を急いで終わらせて戻ってきたんだよ」
そう言うと、いつもの優しい笑顔を浮かべる。
二人は呆気にとられてしまい、しばらく固まっていた。
「……おーい、二人とも。私、チョコを買いにきたのだけれど」
「……はっ! そうだったね!」
「すぐに袋に……」
「ああ、袋は大丈夫」
透花の声で我に返った二人は、彼女が欲しいと言ったチョコレートを袋に入れようとする。
しかし透花は、それを断った。
「それは、今日この仕事を二人に頼んでしまったことへのささやかなお詫びだから。後で一緒に食べてね。今日は本当にありがとう」
彼女は代金をキャッシュトレイに入れると、その場を去ろうとする。
「あっ! 今日の夜は私がバレンタインディナーを作る予定だから、予定がなかったらまっすぐ帰ってきてね。これとは別に、手作りチョコも用意しておくから!」
そう言うと、今度こそ帰っていった。
「湊人くん、今日の帰り……」
「……寄り道しないで帰ろうか」
「うん!」
透花の後ろ姿を見送った二人はこのような会話を交わすと、仕事に戻る。
それからの二人の働きぶりには、目を見張るものがあった。
巧みなセールストークで、次々に商品を売り捌いていくのだ。
これにより夕方頃には全ての商品が完売し、二人の仕事は終わりとなった。
余った商品があれば持ち帰るという心との約束は、どうやら果たせそうにない。
二人はこの後、心から切ない視線を向けられることとなる。
しかし、商品を完売させた充実感と帰宅後の楽しみに満ちている彼らの頭からは、その約束はすっぽりと抜け落ちているのだった――――――――――。




