第六十四話 バレンタインデー①
本日は二月十四日、バレンタインデーである。
このようなイベントごとで毎回盛り上がる一色隊の屋敷は、いつもとは違う灰色の空気に包まれていた。
唯一の女性隊員である透花が、任務のため二週間ほど前から留守にしているからだ。
一月ほどの任務なので、あと二週間は帰ってこないだろう。
美海が晴久と一緒に作ったチョコレートを朝食の時に振る舞ってくれたが、ほとんどの隊員たちは他にチョコレートを貰うアテがなかった。
世間が浮かれている日でも、彼らには学校や仕事がある。
少しだけ寂しいが、いつも通りの生活を送らなければならないのだ。
①午前十時、軍本部にて。
柊平と蒼一朗は、軍の本部に呼び出されていた。
透花宛てにたくさんの荷物が届いているとの連絡を受け、二人で訪れたというわけだ。
「……すごい香りだな」
「……量も半端ねーよ」
二人の目の前には、段ボールが五箱ほど積まれている。
甘い香りから推測するに、中身のほとんどはチョコレートだろう。
「……これ、全部隊長宛てなのかよ。男よりよっぽどもてるじゃねーか……」
「……この間、軍の新聞用のインタビューに答えられていたんだ。その時に好物はチョコレートだと言ったので、その効果もあるのかもしれない」
「……送り主も、男と女が半々っていうのがすげぇ」
「男女問わず憧れられている証拠だろう。柏木、運ぶぞ」
「へいへい……」
二人は段ボールを持つと、歩き出した。
しばらくすると、一人の女性が声をかけてくる。
「あの、白い隊服を着られているということは一色隊の方ですよね……!?」
「……はい。そうですが」
蒼一朗より持っている箱の数が少ない分余裕のある柊平が、彼女からの問い掛けに答える。
「これ、一色隊長に渡してください……!」
彼女も透花にチョコレートを渡したいようだ。
「……こちらに入れてください。隊長には、責任を持って届けますので」
「ありがとうございます!!」
女性は柊平が持っている段ボールにチョコレートを入れると、軽やかな足取りで去っていく。
その後も二人は、透花にチョコレートを渡したい者たちに次々に声をかけられた。
その度に、箱の中の贈り物は増えていく。
「「こ、これ受け取ってください……!」」
「……はい。必ず一色隊長にお渡ししますのでこちらへどうぞ」
今度は二人の女性に声をかけられた。
柊平は慣れた様子で、彼女たちのプレゼントを箱の中に誘導しようとする。
「いえ、これは一色隊長にじゃなくて久保寺さんになんですが……」
「……私にですか?」
「わ、私は柏木さんに……」
「……俺?」
柊平と蒼一朗が改めて二人の顔を見ると、彼女たちは恥ずかしそうに頬を染めていた。
「た、たまにこちらに書類を届けにこられる姿を素敵だなと思って見ていたんです……!」
「私は外でトレーニングしているのを見かけて、かっこいいなと思って……」
「「なので、よかったら貰ってください!!」」
想定外の出来事に、柊平と蒼一朗は固まってしまう。
自分たちがチョコレートを渡されるとは、夢にも思っていなかったからだ。
だが、朱に染まる頬、微かに震える彼女たちの手を見て二人は我に返った。
そして、彼女たちの勇気を無下にするようなことはしてはならないと感じる。
「……ありがたく頂戴いたします。来月にはお返しを持って伺いますので、お名前と所属隊を教えていただけますか?」
「……あー、ありがとな。大した物は返せないと思うけど、勘弁してくれよ」
柊平と蒼一朗は、優しい手つきでチョコレートを受け取る。
チョコレートを渡せるだけで満足だった彼女たちに返ってきたのは、想像より何倍も優しい言動と言葉だった。
「「あ、ありがとうございます!!」」
名前と所属隊を告げると、二人は丁寧にお辞儀をして帰っていく。
柊平と蒼一朗は彼女たちの姿を見送ると、再び歩き出した。
「……まー、なんつーか嬉しいもんだな」
「……そうだな」
二人は、自分の手首で揺れるチョコレートが入った袋を見ながらそう言った。
「いやいや、うちの隊員は随分もてますなぁ。隊長として鼻が高いよ」
そんな二人の耳に、今ここで聞こえるはずがない、だが聞き慣れた声が響く。
その声の主は、透花だった。
「あんた、なんで……!」
「確か一ヶ月ほどの任務だったはずでは……」
「男だけで過ごすバレンタインは寂しいだろうから、急いで仕事終わらせて戻ってきたんだよ。でも、そんな必要なかったかな? こんなにたくさんチョコ貰ってるものね」
透花はいたずらな微笑みを浮かべる。
「いや、このチョコほとんどがあんた宛てだからな……」
「え!? そうなの!?」
「はい。隊長がご不在でしたので、私たちが代わりに引き取りにまいりました」
「うわー、二人ともありがとう! こんなに貰えるなんて嬉しいなぁ。誰がくれたのかわからないものも多そうだけれど、できるだけ全員にお返しをしようっと」
透花も、こういうところは律儀な性格なのだ。
「……二人とも、私の荷物なのに悪いのだけれど、このまま屋敷まで運んでもらってもいい?」
「はい」
「別に構わないぜ」
申し訳なさそうに言った透花に、二人は快い返事をする。
「……今日、虹太くんと湊人くんにはきつい任務をお願いしちゃったから、ちょっと様子を見てこようと思って」
彼女の言葉で、二人は朝の虹太と湊人の様子を思い出す。
虹太は明らかに元気がなく、湊人も表情は笑顔だがいつもよりもため息が多かったのだ。
「……ぜひ、行ってやってください」
「……あいつら、めちゃくちゃ喜ぶと思うぜ」
「そうだといいのだけど。じゃあ、行ってくるね」
そう言うと、透花は二人とは違う方向に歩き出した。
「あっ、今日の夜は私がバレンタインディナーを作る予定だから、用事がなかったら寄り道せずに帰ってきてね! チョコレートもちゃーんと用意するから」
「……かしこまりました。お気を付けて」
「……おー。ま、楽しみにしとくわ」
振り向いて言った彼女の言葉に、二人は冷静に返事をする。
しかし、その表情はどこか嬉しさを隠しきれていない。
やはり、透花から貰うチョコレートは彼らにとって格別のようだ。
そして透花と、柊平と蒼一朗は今度こそ別々の方向へ歩き出した。
「……思ってたよりも、楽しいバレンタインになりそうだな」
「……ああ」
様々な想いが込められた箱一杯のチョコレートを抱えながら、二人は屋敷まで戻っていくのだった――――――――――。




