第六十三話 理玖と湊人の王子護衛任務②
「父上と母上に、何かおみやげを買って帰りたいぞ!」
それは、琉生の何気ない一言によって引き起こされた。
「お土産ですか……。それなら、売店で栞などを買われるのはいかがでしょうか?」
「……あそこで、花冠を作るのはどうですか」
湊人と理玖は同時に、全く正反対の発言をした。
湊人は、売店の既製品を薦める。
しかし理玖は、自由に摘んでもいいスペースにある花でお土産を作ろうというのだ。
「生花なんて時間が経てば枯れてしまうじゃないか。せっかくのお土産なんだから、ずっと形として残るものの方がいいと思うけど」
「……いずれ枯れてしまうから、花は美しいんだ。今日しか見られない輝きを見せることは、形には残らないけど心には残るだろう」
「僕は形として残った方が有意義だと思うんだけどなぁ。それに、既製品の方が綺麗で安全でしょ? ただでさえ王妃は病気を患われているんだから、きちんと洗浄などがされていない野の花をお土産にするのは問題だと思うよ」
「……別に綺麗じゃなくても、自分の息子が時間をかけて作ったものの方が嬉しいと思うけど。それにここは植物園の中だ。野の花といっても、動物などが糞や尿をするわけじゃない。君が想像しているよりも汚くはないよ」
二人の口論は、淡々とヒートアップしていく。
二人とも、お互いの価値観に基づいての発言なので意見が合わないのも仕方ないことなのだ。
湊人は、目に見えない不確かなものはあまり信用しない。
それよりも、自分の目できちんと確認できるものを重視する。
彼は今まで、こうして生きてきた。
対して理玖は、目には見えないものを大切にしている。
自分の目に映るものは正しいばかりではないと思い、自分が感じたことに重きを置いているのだ。
彼も今まで、こうして生きてきた。
「……お主たち、いい加減にせぬか!」
二人が静かに言い争っていると、琉生の怒ったような声が響く。
「どのようなおみやげにするかを決めるのは余であって、お主たちではない。ちがうか?」
「……いえ、琉生様の仰られる通りでございます」
「……違いません」
「それならば、そのようなふもうな話し合いはよせ!」
「……はっ。大変失礼いたしました」
「……申し訳ありません」
琉生の声によって、二人は我に返る。
湊人は王子である琉生の前で失態を見せてしまったこと、理玖はまだ子どもの琉生に諌められるほど熱くなっていたことをそれぞれ後悔した。
「わかったのならよい。それでは、さっそく行くぞ」
そう言うと琉生は、売店の方へと歩き出す。
「……琉生様、売店でのお土産に決められたのですか?」
「別に、どちらか一つにしなければならない理由はないだろう。お主たちの二人のいけんを取り入れさせてもらうことにした。まずは売店で買い物じゃ! その後は花かんむりを作るぞ! 両方とも、父上と母上のために持ち帰る! 余は花かんむりを作り方は知らぬゆえ、わかりやすいせつめいをたのむぞ」
「……かしこまりました」
こうして琉生によってその場は丸く治められ、三人は売店へと向かったのだった。
「そうじゃ! お主たちも一色殿に何か買って帰ったらどうじゃ?」
売店でお土産を選んでいると、ふと琉生がそう言った。
「お互いがていあんしたものを一色殿へのおみやげにするというのはどうだろうか!? りくはばいてんのものを、みなとは花かんむりを作ってプレゼントするのじゃ! お主ら、いつも一色殿には世話になっているのであろう? さぞかしよろこぶと思うぞ」
琉生の発言に湊人は笑顔を引き攣らせ、理玖はあからさまに嫌がる表情をした。
「これで、先ほどまでのけんかも水に流せ! けんかりょうせいばい、というやつじゃな!」
琉生の屈託のない笑顔を見ていると、二人は意地を張っているのが馬鹿らしくなってきたようだ。
「……素晴らしい案でございますね」
「……わかりました」
何より二人は、”透花が喜ぶ”という言葉に弱かった。
透花を大切に想う気持ちは、この二人に唯一共通しているものと言ってもいいのかもしれない。
自分の提案を受け入れてくれた二人を見ながら、琉生は満足気な笑みを浮かべるのだった。
「……これにするよ」
「鈴蘭の栞ねぇ。確かこの花って、毒性があるんじゃなかったっけ?」
「……一見可憐な花だけど、根には特に強い毒を持ってる。彼女にぴったりの花だろう」
「ふふっ。言うねぇ」
二人が透花へのプレゼントを選んでいる姿を見ながら、琉生は昨日の出来事を思い出していた。
植物園に来る前日、透花が琉生のもとを訪れたのだ。
「琉生様。明日は私の部下たちが迷惑をかけてしまうかもしれませんので、先にお詫びに参りました。もしそのようなことになった場合は、寛大なお心で接していただけると幸いです」
翌日のことを不安に思った透花は、あらかじめ王子と話をしておくことにしたらしい。
「余は一色隊の者たちと出かけられるだけでうれしいのじゃ。なので、その者たちのことをめいわくに思うことなどないぞ」
「ありがたきお言葉。そのように言ってくださるのでしたら、一つお願いをしてもよろしいでしょうか?」
「なんじゃ。申してみよ」
「はっ。明日琉生様の護衛に就かせていただく隊員は、二階堂湊人と春原理玖という二人でございます。お恥ずかしいことに、この二人はあまり仲が良好ではなく……」
「……うむ」
「琉生様の前で失態を犯すようなことはないとは思いますが、もし二人の意見が対立しましたら、両方の意見を取り入れてうまく諌めていただきたいのです」
「……それはまた、なんぎなことじゃな」
「ご無理を承知でお願い申し上げております。できる範囲で構いませんので、少しでも気にかけていただければ……」
琉生は、自分の父である王が透花に信頼を寄せているのを知っていた。
故に、彼自身も彼女には一目置いているところがあるのだろう。
その彼女が、自分の部下のためにここまで言っているのだ。
その願いを叶えたいと思うのは、自然な流れだった。
「……わかった。できる限り配慮する」
「琉生様。ありがとうございます」
そう言うと透花は、とても柔らかく微笑む。
「……そういえば、お主はこの話をするためだけに王宮までまいったのか?」
「はい」
「……わざわざまいらずとも、だれかに伝言をたのむ方法などもあっただろうに」
「大切な事柄ですので、琉生様に直接話を聞いていただきたいと思い参上いたしました」
「……お主も、いろいろ大変なんじゃのぅ」
「いえ。部下のためと思われるかもしれませんが、私が好きでやっていることですので」
そう言って浮かべた笑みは、先程よりも更に美しいものだった。
「……一色殿、メールアドレスをこうかんせぬか? 次からは、何かあったらそちらに連絡をくれればよい。もちろんちょくせつ会いに来てくれてもかまわんが、お主も色々忙しいじゃろうからな」
琉生は単純に、透花のことが知りたいと思った。
王である父が全幅の信頼を置き、自分の心を解きほぐしてくれた者が慕うこの少女を。
「……琉生様、よろしいのですか?」
「勿論じゃ! これで余とお主はめるともじゃぞ!」
「……はい。私どもに何か用事がある時は、遠慮なくお申し付けください」
「うむ!」
こうして二人は、”メル友”という関係になったのだった。
琉生は両親にクローバーのものを二枚、理玖は透花に鈴蘭の栞を一枚買った。
湊人も誰のためかは知らないが、クローバーのものを一枚購入したようだ。
今は理玖の指導のもと、三人で花冠作りに勤しんでいる。
「……こうか?」
「……お上手です」
琉生は手先が器用なようで、順調に作り進めている。
「…………………………」
「……しょうがないでしょ。僕はこういうアナログなものは苦手なんだよ」
一方の湊人は、大苦戦していた。
しかし途中で投げ出すことは彼のプライドが許さないため、諦めずに作った。
仕上がったそれは、お世辞にも美しいとは言い難い出来のものだった。
「これを透花さんに渡すのか……」
「……自分で作ったことが大切だろう。出来栄えに関して、彼女が文句でも言うと思うのかい」
「それは思わないけどさ……」
湊人が一つ作り終える間に、琉生は二つの花冠を完成させた。
理玖も二人に教えながら、一つ作ったようだ。
こうして三人はそれぞれお土産を調達し、植物園を後にしたのだった。
理玖と湊人は無事に、琉生を王宮まで送り届けた。
「今日はすごく楽しかったぞ! お主たちのおかげじゃ!」
「そのようなお言葉、私には勿体のうございます」
「……ありがとうございます」
「また何かあったら一色隊に頼むので、その時はよろしく頼む。ではな!」
「琉生様、お待ちください」
「……なんじゃ?」
二人に別れの挨拶を告げ去ろうとした琉生を、湊人は呼び止めた。
「ご自身のお土産はご購入されなかったようですので、僭越ながらこれを私から琉生様に贈らせてください」
そう言うと、先程売店で買った栞を手渡す。
「柄も、ご両親と同じクローバーのものにしておきました。三人お揃いでございます」
「……これは僕からです。失礼します」
口を開けてぽかんとしている琉生の頭に、理玖は花冠を乗せた。
それは花畑で、理玖が編んだものだった。
「……ありがとう! 自分のおみやげについてはすっかり忘れておったゆえ、ものすごくうれしいぞ!」
琉生は満面の笑みでお礼を言う。
((口調や態度は大人びているけど、やっぱり子どもなんだな……))
一刻もはやく今日の話をするため走って王宮に入っていく琉生を見ながら、二人はそう思ったのだった。
「はい、透花さん。お土産だよ」
「…………………………」
屋敷に戻ると二人はすぐに透花の執務室に向かい、お土産を渡した。
彼女は一瞬驚いたような表情になったものの、すぐにそれを笑顔で受け取る。
「ありがとう。えっと、栞が理玖からで花冠が湊人くんからってことかな?」
「うん」
「……あぁ」
「お土産が貰えるなんて思わなかったから驚いちゃった。意外なチョイスだけどすごく嬉しいよ。二人とも、ありがとう」
透花の笑顔を見ることができたので、二人の目的は達成できたのだろう。
「あ、そうだ記念に……」
その後の透花の提案に、二人は同時に表情を歪めることになったのだった。
翌日、透花が仕事の合間にチェックすると、琉生からメールが一通届いていた。
そこには、昨日に対するお礼が書かれている。
最後までスクロールすると、一枚の写真が彼女の目に入った。
それは仲良く花冠を被り、お揃いの栞を手にした幸せそうな家族の姿だった。
花冠と栞を見て、透花は昨日三人の間に起こったことを悟る。
(……一時はどうなることかと思ったけど、二人に行ってもらってよかった)
透花はメールの返信を打つと、自分も一枚の写真を添付し、それを送った。
改めて写真を見ながら、小さく微笑む。
そこには、花冠を頭に乗せられ笑顔を引き攣らせる湊人と、不機嫌そうな表情で栞を持ちカメラの方を見ていない理玖、そしてその間で楽しそうに笑う自分の姿が写っていた――――――――――。




