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clair fleur  作者: 白鈴 すい
第五章~ペア任務編②~
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第六十一話 心と晴久のダイエット大作戦②

(お前、コレールっていうのか! オレはユズ! よろしくな!)

(ユズ様に名前を呼んでいただける日がくるなんて……!)


 寝ているところを起こされ庭に連れて来られたコレールは最初こそ不機嫌そうだったものの、ユズの姿を見ると表情を一変させた。

 憧れのユズが目の前にいるのだ。

 寝ている場合ではない。


(遊ぼうぜ! 追いかけっこでいいか? オレ、追いかけっこ大好きなんだ!)

(は、はい……! ユズ様と一緒にできるならなんでも……!)

(じゃあオレが逃げるから、コレールは追いかけてくれ!)

(頑張ります……!)


 こうして二匹は一緒に遊びはじめた。

 しかし、いつも元気に走り回っているユズの体力に運動不足のコレールがついていけるはずがない。

 体も重いので、少し動いただけですぐに疲れてしまうようだ。


(ユ、ユズ様……! 少し休憩の時間をいただけないでしょうか……?)

(……お前、すぐに疲れちゃうんだな。もう三回目だぞ、休憩)

(も、申し訳ありません……!)

(走るのが苦手なら、無理してオレと遊ばなくてもいいぞ? お前もつまんないだろ?)

(決してそのようなことは……!)

(オレはシンと遊んでくるから、お前も無理せず自分の好きな遊びしろよ! じゃあな! シンー!)


 三度目の休憩を申し入れたところで、コレールはユズからこのように言われてしまった。

 心と遊ぶユズの姿は、自分と遊んでいた時とは比べ物にならないくらい楽しそうだ。

 せっかくのユズと遊べる機会を自分自身の手で潰してしまったコレールは、悲しそうに目を伏せるのだった。






(ふー! たくさん遊んだからお腹が空いたぜ! ばあちゃん、はやく帰ってご飯食べよう!)

「……おばあちゃん、ユズがお腹空いたからはやく帰ろうって」

「たくさん遊んだものねぇ。じゃあユズ、帰りましょうか」

「あ、待ってください……!」


 遊びに満足し帰ろうとしているユズを、晴久は慌てて呼び止めた。


「あの、よかったらうちでご飯を食べていきませんか? 最近、新しい犬用メニューを研究してて……」

(ハルヒサのご飯が食べれるのか!? 食べたいぞ!)


 ユズが嬉しそうに尻尾を振っているのを見て、淑乃も彼の気持ちを理解したようだ。


「私は構わないけれど、遠野くん、本当にいいの?」

「はい、実は……」


 晴久は小声で、淑乃に簡単な事情を説明した。


「……というわけで、コレールちゃんは全然ご飯を食べてくれないんです。なので、ユズくんの感想を聞いてみたいと思いまして……」

「……そんな理由があったのね。じゃあ、お言葉に甘えてご馳走になっていこうかしら」

(やった! ハルヒサ、はやくはやく!)

「……ユズ、よっぽどお腹が空いてるみたい。はやく食べたいって言ってるよ」

「ちょ、ちょっと待ってくださいねユズくん……。すぐに用意してきますから……!」


 こうしてユズは、食事をしてから帰ることになったのだった。






「ユズくん、お待たせしました」


 晴久がユズに出したのは、茹でたささみとキャベツ入りの寒天ゼリーにドッグフードを混ぜたものだった。


(おお! 見たことないご飯だ! いただきます!)


 ユズははじめて見る寒天に臆することもなく、その食事を口にした。


(なんだこれ! ぷるぷるしてて面白い!)

「……ぷるぷるしてて面白いって」


 ユズの感想を、心が通訳する。


「味の方はどうでしょうか……?」

(ハルヒサのご飯はいつもうまいに決まってるぞ! 今日のももちろんうまい! ツルっとしてて食べやすいしな!)

「……いつも通り今日もおいしい。ツルっとしてて食べやすいって」

「……それならよかったです」


 晴久は安心したようにため息を吐いた。

 ここで心が、ユズを見つめる視線に気付く。

 おいしそうに食事をするユズの姿を、コレールが羨ましそうに見ていたのだ。

 今日はいつもよりも体を動かしたので、お腹が空いているのだろう。


(ね、ねぇ……)

「……どうしたの?」

(私もお腹が空いたんだけど……!)


 自分から心に声をかけるほど、彼女は空腹だったようだ。


「……じゃあ晴久さんに、コレールの分も用意してもらおう。いつもと同じでいいよね」

(待ちなさいよ……!)


 自分から離れ晴久のもとへ行こうとした心を、コレールは呼び止める。


(ユ、ユズ様と同じ野菜入りのやつでいいわ……!)


 あれほど頑なに拒否していた野菜入りの食事を、自ら食べようとしている。

 彼女の変わりように、心は驚かずにはいられなかった。


「……どうしてそう思ったのか、聞いてもいい?」


 コレールはチラリとユズの方を見ると、小さな声で話しはじめた。

 ユズには聞かれたくないようだが、一心不乱に餌を食べている彼の耳にはこの会話は届いていないだろう。


(……せっかくのユズ様と遊べる機会だったのに、私じゃ全然彼を楽しませてあげられなかったんだもの。それに比べて、あなたと遊んでる時のユズ様は本当に楽しそうな顔をしていて……私にも、あの笑顔を向けてほしいって思ったのよ! そのためには、今のままじゃダメだって思ったから……)


 先程の庭での出来事が、彼女はよほどショックだったのだろう。

 すっかりしおらしくなってしまっている。


「……食事だけじゃなくて、運動も頑張れる?」

(……あまり好きじゃないけどやってみるわ。とりあえず散歩くらいなら……)

「……それでいいよ。急激な運動をする必要なんてない。毎日少しずつでいいから、僕と一緒に頑張ろう」

(わかったわ……。あと、その、今まで……)


 ここでコレールの言葉は途切れ途切れになる。

 伝えたい気持ちはあるのだが、それがうまく言葉にならないのだ。

 心は、辛抱強く彼女の言葉を待った。


(い、今まで言うこと聞かなくて悪かったわ……! あの人にも謝っておいて……! ま、まずそうって言ったこととか……)


 あの人とは、どうやら晴久のようだ。

 食事に対して文句を言ったことも、今となっては悪いと思っているのだろう。

 彼女は元々、自分が預けられる理由をきちんと把握できるほど賢いのだ。

 少し他の犬よりプライドが高いところはあるが、ユズに対する態度などを見てもわかるように基本的には素直な性格なのである。


「……わかった。それを伝えて、コレールにもユズと同じご飯を用意してもらうね。ちょっと待ってて」


 心は晴久のもとに行くと、事情を説明した。

 晴久は一瞬驚いたような表情をしたものの、それはすぐにいつものヘニャリとした笑顔に変わる。

 そしてコレールの分の食事を持ってくると、優しい声でこう言うのだ。


「……おいしくないとか、食べづらいとかがあったら遠慮せずに言ってくださいね。コレールちゃんだけに頑張らせたりなんかしません。僕も、もっとおいしいご飯が作れるように頑張りますから」


 この言葉を聞き、コレールは今まで二人にとった態度を改めて後悔した。

 二人とも、コレールだけに無理をさせようとはしていない。

 一緒に頑張ろうと言ってくれている。

 そんな優しい二人を今まで邪険にしていたことが、恥ずかしくて仕方なかったのだ。


(お、おいしいし食べやすいから平気よ……!)

「……おいしいし食べやすいって」

「……それはよかったです」


 そんな自分の気持ちを隠すように、コレールは無我夢中で餌を食べる。


(おっ! お前いい食べっぷりだな! よーし! 俺も負けずに食べるぞ!)

(ユ、ユズ様……!)


 こうしてコレールは、ユズと一緒に楽しい食事の時間を過ごすことができたのだった。






 その日からコレールは、生まれ変わったかのように頑張った。

 野菜入りの食事は食わず嫌いだっただけで、食べたらお気に召したようだ。

 晴久の作ったものがおいしいというのも、勿論あるのだろうが。

 運動も、短い距離の散歩からはじめ徐々に距離を増やしていくことで、本来犬に備わっているはずが忘れてしまっていた”体を動かすことは楽しい”という気持ちを取り戻していった。

 今日で約束の二週間が過ぎるので、コレールは自分の家に帰らなければならない。

 これだけの日数では見た目にも数値にも、それほど変化は見られなかった。

 しかし、食事と運動の習慣は身についたのだ。

 今後もこれを続けていけば、彼女は健康的に痩せることができるだろう。


「コレールちゃん、さようなら。これからも頑張ってくださいね」

「……散歩のついでに、遊びに寄ってもいいからね」

(嫌よ! 私が次にあなたたちに会うのは、私がユズ様のハートを射止める時なんですからね! その時に、私が美しくなった姿を見せて差し上げるわ! それまでは、あなたたちには会いません! 私の美しくなった姿を想像していなさいな!)


 プライドが高いところは相変わらずのようだが、今の彼女はそれだけではない。

 表情は初日に会った時とは比べ物にならないくらいキラキラしているし、発言から覚悟のようなものも感じる。

 彼女が美しく変身し二人の前に姿を見せるのは、そう遠い日の話ではないのかもしれない――――――――――。

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