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clair fleur  作者: 白鈴 すい
第五章~ペア任務編②~
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第六十話 心と晴久のダイエット大作戦①

「「ダイエット?」」

「うん。人間じゃなくて、わんちゃんのなんだけど」


 そう言うと透花は、一枚の写真を取り出す。

 心と晴久が覗き込むと、そこには一匹の犬が写っていた。


「……え、えーと。丸々として愛らしいですね」

「……確かに太り過ぎかも」


 言葉を選びながら発言をした晴久とは対照的に、心は見たままの感想を言う。


「飼い主さんから、食べている姿がかわいくてつい餌やおやつを与え過ぎてしまうけど、このままでは将来的に病気になるかもしれないからダイエットに協力してほしいって言われてね。二週間ほどうちで預かってみようと思うの。その間に、この子の食事や運動の習慣を改善できたらなって思って。飼い主さんは、どうしても甘やかしてしまうらしくて……」

「は、はぁ……」

「……この子だけじゃなくて、飼い主さんにも問題がありそう」

「……そうなんだよね。本人も自覚はあるみたいで、これを機にきちんと勉強して犬にとっていい飼い主になりたいと言っていたよ。運動や心理的ケアを心くん、食事面をハルくんにお願いしたいと思っているのだけど、どうかな?」

「わ、わかりました。僕でお役に立てるなら……!」


 すぐに是の返事をした晴久とは違い、心はじっくりと考えてから口を開いた。


「……その子に会って、話をしてから決めたい。二週間も飼い主さんと離れて自分の家じゃない場所で暮らすなんて、とんでもないストレスだろうし……」


 なんとも心らしい言い分である。

 任務を断る可能性がある発言をしても、透花は決してそれを咎めたりはしない。

 彼らには彼らなりの信念があり、それを最大限尊重したいと考えているからだ。


「わかった。じゃあ近いうちに、その子を連れて来てもらうように飼い主さんに頼んでおくね」


 こうして心と晴久によるダイエット作戦は、一旦保留となったのだった。






 透花と話してから二日後の昼に、その犬はやって来た。

 シェットランドシープドッグという犬種の雌で、名前はコレールというらしい。

 自分の家からここまで歩いてくるだけでも大変だったようで、大分息が上がっている。

 しかしそんな様子にも関わらず、心の姿を見るとすごい勢いで駆け寄ってきた。


(あなたから、あの方の匂いがするわ……!)

「あの方……?」

(あの方といったら、ユズ様しかいないに決まってるじゃない!)

「……君、ユズと知り合いなの?」

(ユズ様のことを呼び捨てにするとは、なんて野蛮な……! あの方は、私の運命の相手なんですからね!)


 話を聞いてみると、コレールは散歩先で偶然出逢ったユズに一目惚れをしたらしい。


(あなたから匂いがするということは、ユズ様はよくここにいらっしゃるのかしら!?)

「うん、僕たち友達だから……。よく遊びに来るよ」

(そうなの! じゃあ、今日からお世話になるわ!)


 コレールは、心の心配をよそにあっさりと言い切った。


「……君、不安じゃないの? 飼い主さんと離れて暮らすのに……」

(何を不安に思うことがあるのかしら? 私は今よりも美しくなるために、ご主人様はもっといい飼い主になるために、私たちは離れなければならないのでしょう?)


 強がって言っているようには見えない。

 コレールは、今回のことをきちんと理解しているようだ。


(物わかりのいい子なんだなぁ……)


 心は自分の心配が杞憂で終わり、ほっとしたようにため息を吐く。


「……じゃあ、今日からよろしくね」

(あぁ、ユズ様……! はやくお会いしたいわ……!)


 コレールはすっかり自分の世界に入っており、話を聞いていない。

 その姿を見て心は、これからの二週間に一抹の不安を覚えるのだった。






 心の不安は、すぐに的中することとなる。

 コレールは、少しの距離を散歩するのも嫌がるほどの運動嫌いだったのだ。


(嫌よ! 行きたくない!)

「……散歩してたら、偶然ユズに会えるかもよ」

(ユズ様はよくここに遊びに来るんでしょう!? じゃあ、わざわざ散歩しなくてもいいじゃない!)

「……そっか」


 コレールが自ら運動したいと思わなければいけないと感じている心は、これ以上無理強いすることはなかった。

 食事の時間にも、同様のことが起こる。


(嫌よ! こんな餌食べたくない!)


 飼い主が用意してくれたいつも食べているドッグフードの量を減らし、茹でた大根や白菜でかさ増ししている晴久特製の餌だ。


(どうして野菜が混ざったものを食べなきゃならないの!? 野菜は嫌いなの! こんなまずそうなもの食べたくない! いつものご飯を食べさせなさいよ!)


 食事を目の前にしてもそれに口をつけず、キャンキャンと何かを訴えているコレールに晴久は困ったような表情を浮かべた。


「……心くん、コレールちゃんなんて言ってますか?」


 隣にいた心に通訳を頼む。


「……野菜は嫌いだから、それが混ざったものは食べたくない。いつものご飯を食べさせてほしいって」


 まずそうと言っていることは、うまく省略して説明する。


「そうですか……。どうしましょう……」

「……コレール、食べたくないなら食べなくていいよ」


 運動と同じで、無理矢理ではなく自らの意思で食べてほしいのだ。

 心の言葉を聞くと、コレールは明るい顔になる。

 この二人は自分に無理強いをするようなことはない、自分の我儘を聞いていつもの餌を食べさせてくれると思ったのだろう。


「……今日はまだ初日ですし、いつもの餌を用意しましょう」

「……晴久さん、ありがとう」


「いいえ。僕も、もっとコレールちゃんが食べやすいレシピを考えてみますね」


 その後いつもの餌を貰えたコレールは、勝ち誇った表情でそれを食べる。


(やっぱりいつものご飯が一番だわ! あんなまずそうな野菜入りのもの、食べなくてよかった!)


 なんとも余計な一言つきで。


(……今回の任務、失敗するかも)


 嬉しそうに餌を食べているコレールを見ながら、心はそんなことを考えていたのだった。






 それから二日が過ぎたが、状況は何も変わっていなかった。

 運動はせず、食事も野菜入りのダイエット食は絶対に食べない。

 いつもと同じ餌を、いつもと同じ量だけ食べているのだ。


(おやつはあげないようにしてるけど、このまま何もせずに残り十日くらいを過ごすのもな……)

(色々考えて作ってはいますが、食べてくれないので何がどうダメなのかわかりません……。せめて少しでも食べてくれれば感想が聞けるんですが……)


 のん気に昼寝をしているコレールを見ながら、心と晴久はため息を吐く。

 そんな二人の耳に、屋敷のチャイムの音が響いた。


「誰でしょう……?」

「もしかして……」


(シン! ハルヒサ! 遊びに来たぜ!)

「心ちゃん、遠野くん、こんにちは」


 玄関の扉を開けると、そこには淑乃とユズがいた。


((救世主……!))


 二人は心の中で同時に呟く。

 まさか自分が救世主扱いされているとは夢にも思わないユズは、いつも通りの能天気な表情を浮かべていた――――――――――。

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