第五十九話 蒼一朗と虹太の巫覡仕事②
食事の途中で、廊下にある大河原家の固定電話が鳴った。
電話に出るために、彩は部屋を後にする。
しばらくして戻ってきた彼女は、神妙な面持ちをしていた。
「どうしたんだ、そんな顔をして」
「……お隣の神社が、賽銭泥棒の被害に遭ったらしいわ」
「「賽銭泥棒?」」
彩の言葉に、蒼一朗と虹太は反応する。
「……えぇ」
「……神社は、この時期に一番お金が集まるからなぁ。うちも、せめて明後日まで無事ならいいんだが……」
「どうして明後日までなんですか?」
崇也の発言が気になった虹太は質問する。
「明後日には銀行が開くだろう? そうしたら、お金を預けてしまえばいいからだよ。それまでは全てのお金を社務所の金庫に保管しているんだが、近くで被害が遭ったなんてうちも心配だねぇ……」
「……私たちじゃ、泥棒の撃退なんてとてもじゃないけどできないものね」
夫婦がため息を吐くのを見ていた蒼一朗と虹太は、お互いの顔を見合わせながら小さく頷いた。
「あの、俺たちでよければ……」
「泥棒の撃退に協力しますよ!」
「「え……?」」
二人の発言に、大河原夫妻はとても驚いているようだ。
「俺たち軍人なんで、そういう奴を捕まえるのは得意分野ですし」
「任せてくださーい☆」
「……でも、そこまでやってもらうのはさすがに悪いんじゃないかい? 必ず泥棒が現れると決まったわけでもないし……。それなら軍の方に追加料金を払って……」
「あ、そういうのは大丈夫です。俺もこいつも、金が欲しいからやるって言ってるわけじゃないんで」
崇也の言葉を遮ると、蒼一朗はきっぱりと言い切った。
「そうですよー! 美味しい夕飯のお礼に、ぜひ働かせてください!」
「でもこれは、二人が一生懸命働いてくれるお礼だったんじゃないかしら……?」
二人は、なかなか首を縦には振ってくれない。
「……じゃあまた、夕飯食べに来させてください」
「それは大歓迎だけど……」
「俺の同僚に酒好きの奴がいるんで、今度はそいつも連れてきていいですか? あの酒飲んだら、絶対に感動すると思うんですよね」
「その時に、うちのコックさんも連れてきていいですか!? 煮っころがしすごくおいしかったから、家でも食べれるように作り方を伝授してほしいです!」
ここまで言われてしまうと、蒼一朗と虹太の厚意を断る理由が夫婦にはなかった。
「……君たちが本当にそれでいいなら、お願いしようか」
「……えぇ、そうね。あなた」
「その同僚の人のために、今度酒を買い足しておくよ」
「私も、里芋をたくさん用意して待ってるわね
「うっす。よろしくお願いします」
「美味しいお酒とご飯のために、俺たち頑張りますから!」
こうして蒼一朗と虹太による、まだ見ぬ泥棒撃退作戦は幕を開けたのだった。
その晩は蒼一朗が金庫のある隣の部屋に布団を敷き、眠らせてもらった。
彼ならば隣室への侵入者があればすぐに目を覚まし、そのまま相手を捕まえることも容易い。
虹太は自分の枕ではないと眠れないので、屋敷へと帰ったようだ。
結局その夜泥棒は現れず、朝からはいつも通りの神社での仕事が始まる。
「……いつもの枕じゃないと眠れないから帰ったのに、なんでお前は目の下に隈作ってんだよ」
「あー、やっぱり隈できてる? いやー、今晩のための用意をしてたら眠れなくなっちゃってさー……」
翌日、虹太は目の下に隈を作り、足元も覚束ない状態で神社へとやって来た。
「でも大丈夫だよ! ちゃーんと今日も働くからね☆」
いつものような笑顔を浮かべるが、やはりどことなく覇気がないように感じられる。
「……そんなになるまで、何を用意してたんだよ」
「それは後で説明するよ! とりあえず今は、目の前の仕事に励もー!」
「……わかった」
蒼一朗と虹太の長い一日は、まだ始まったばかりだ。
日中の仕事を無事に終えた二人はその夜、社務所の物陰で今日の作戦について話していた。
ちょうど金庫と、侵入場所になるであろう窓が見える位置に隠れている。
「……ここで、俺が用意してきたこれを使って犯人を驚かせるってわけ!」
「で、その間に俺がそいつを確保するってことか。お前、よくこんないい方法思いついたな」
「まっさかー! 俺が一人でこんなこと思い付くわけないじゃん!」
蒼一朗の言葉を、虹太は元気に笑い飛ばす。
「……は?」
「湊人くんにお願いして、ちょーっと知恵を借りたんだよね。まぁ仕事関連の相談だったから、それなりに代償は取られたけど……」
「そこまですることなかったんじゃ……」
ここで、蒼一朗の言葉が止まった。
「……蒼一朗さん?」
「……どうやら、お出ましのようだぜ」
近付いてくる人の気配に気付いたようだ。
虹太もそっと様子を伺ってみると、窓の外に人影があることを視認できる。
暗いので、年齢や性別はよくわからなかった。
「……窓や鍵を壊されんのも迷惑だから、元々施錠してねーんだ。罠だと思って入ってこないかもな……」
「……いや、その心配はいらないみたいだよ」
蒼一朗の心配は杞憂に終わる。
窓が施錠されていないことに気付いた泥棒が、軽やかな身のこなしで社務所の中に入ってきたからだ。
そして、足音を立てないように金庫に近付いていく。
「……今だ!」
その姿を見て、虹太は持ち込んでいたポータブルミュージックプレイヤーの再生ボタンを押す。
スピーカーと付属しているので、音が外にも聞こえるようになっているのだ。
「カ……エセ。ワタシ、ノ……」
そこから流れてきたのは、なんとも不気味な女の声だった。
背後からは足音がし、まるで泥棒に向かって何かが近付いてくるように聞こえるのだ。
「ひいぃぃぃ! なんだ!?」
泥棒が怯んだ一瞬の隙を、蒼一朗は見逃さない。
「……そこまでだ!」
「うわああああああああああ!!」
あっという間に抑え込み、捕えてしまった。
「やった! 大成功☆」
「おう。それにしてもこいつ……」
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……。どうかお許しを! まだここからは何も盗んでいません! 今まで盗んだ金も全て返しますから、呪い殺さないでくださいぃぃぃ!」
泥棒は、気の弱そうな中年の男だった。
発言から、昨日の賽銭泥棒と同一人物であること、更に余罪もあることが読み取れる。
体には、様々な種類のお守りが括り付けられていた。
「……俺が、昨日怪しいって言ってた人だね」
「……そうだな。っていうかお守りを見に付けないとダメなくらい怖いなら、最初から神社に盗みに入るなよ……」
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……。お許しを……。お許しをー!!」
蒼一朗に捕えられ体が動かないことを、どうやら神の祟りだと勘違いしているようだ。
男は、虹太から連絡を受けた大河原夫婦が現場に駆け付け正気を取り戻すまで、ひたすら神に謝り続けていたのだ。
「……さっきのあの女の声、隊長か?」
「そうだよ! 透花さん、迫真の演技だよねー☆」
「迫真すぎんだろ……。俺も一瞬びびったわ」
男を軍のしかるべき隊に引き渡した二人は、現在帰路についていた。
大河原夫妻には頭が地に着く勢いで感謝され、後日改めて食事に招待されることになっている。
「……そういえば、話の途中だったよな」
「んー? なんの話だっけ?」
「なんで報酬取られるってわかってるのに、わざわざ二階堂のところに相談しに行ったのかって話だよ」
「……あー、その話覚えてたの? かっこ悪いから、あんまり話したくないんだけどなぁ……」
蒼一朗が先程うやむやになってしまった話題をふると、虹太は珍しく苦笑を浮かべた。
「……まぁいっか。俺ってさ、はっきり言って今日みたいな任務は向いてないじゃん?」
「そうだな」
「……蒼一朗さん、はっきり言うねー。でもそれを、俺は俺なりに気にしてんの!」
「……は?」
虹太の言葉が、蒼一朗には理解できないようだ。
「向いてないから、ほとんどこういう仕事は回ってこないの。別にそれでいいんだけどさ、いざやることになったら少しでも役に立ちたいじゃん! だから、自分でもできることを探して……」
「それで、さっきのやつを作ったのか?」
「うん。みんなよりできることといったら、やっぱり音を使うことしかないからさ。俺には人を捕まえるような力はないけど、隙を作ることくらいならできるかなって思って」
先程泥棒を驚かせた女の声と足音は、虹太が自作したものなのだ。
「まぁ、あんなのがなくても蒼一朗さんなら男の一人や二人捕まえるのなんて楽勝だったんだろうけど……」
「……いや、かなり楽だったぜ。正直助かった」
「ほんと!?」
蒼一朗の言葉を受け、虹太は目を輝かせて喜ぶ。
「あぁ。……それにしてもお前、意外と色々考えてるんだな」
「あれ!? 褒められたと思ったのに、もしかしてソッコーで馬鹿にされてる!?」
「いや、そういうつもりじゃねーけど。なんか意外だったっていうか」
「何も考えてなさそうに見えるかもしれないけど、結構ちゃーんと考える方だからね!? この神社の今後のこととか……」
虹太はそう言うと、大きなため息を一つ吐いた。
「……この神社の今後か?」
「……うん。今日のことが変な風に伝わって、”この神社には祟り神がいる!”みたいな噂が流れて客足が減っちゃったらどうしようとかさ……」
「……その時は、一緒に大河原さんのところまで謝りに行ってやるよ」
「蒼一朗さんありがとおぉぉぉ! 最終手段は湊人くんに頼んで、情報操作してもらうしかないよね……」
しかし、それは要らぬ心配となる。
なぜなら、泥棒を撃退するほど強い神がいるらしいと噂になり、逆に客足は伸びたからだ。
これに対しても大河原夫妻から感謝され盛大なもてなしを受けるのは、また別の話である――――――――――。




