第五十八話 蒼一朗と虹太の巫覡仕事①
「「神社の手伝い?」」
「うん」
蒼一朗と虹太の二人は、仕事の依頼で透花の執務室に呼び出されていた。
「近くに、比較的大きな神社があるでしょう? あそこの神主の大河原さんからの依頼なの。もうすぐお正月でたくさんの人がお参りに来るから、巫覡、男版の巫女さんのことね。そのアルバイトをお願いしたいのだって。絵馬やお守りを売るというのが主な仕事みたい」
「楽しそうだね! やってみたい!」
「俺も別にいいぜ」
「じゃあ二人とも、よろしくね! 大河原さんは販売の仕事だけやってくれればいいと言っていたけれど、人が多いとトラブルも起こるかもしれないので助けてあげてね。ご高齢の方だから、一人で全てを捌ききるのは大変だと思うからさ」
「りょーかい☆」
「おう」
こうして二人は、年末年始は神社で働くことが決まったのだった。
巫覡のバイトは、二人の想像よりも遥かに辛いものだった。
初日の十二月三十一日は夜に集合し、日付が変わると同時に神社にやってくる参拝客相手に絵馬やお守りを売る。
途中に食事と仮眠をする時間はあるものの、ほぼ一日立ちっぱなしの状態なのだ。
参拝客同士でいざこざが起これば、すぐにそれを止めに行かなければならない。
それに加え、冷たい冬の風が心身ともに衰弱している彼らに吹きつける。
元々体力に自信のある蒼一朗はともかく、虹太は接客中に白目を向いていることもしばしばあった。
その姿を神主である大河原崇也が申し訳なさそうに見ているのに気付き、なんとか自分を奮い立たせて仕事をこなす。
屋敷で待っている晴久が作った温かいお雑煮のために、二人はなんとか一日目の仕事をやり切ったのだった。
二日目になると参拝者の数も減り、仕事にも慣れてくる。
「あれ? あの人昨日も来てたような……」
「ん? どいつだよ」
「あのキョロキョロしてる男の人。見間違いかなぁー……」
「お前、人の顔覚えるのは得意だろ? だったら見間違いじゃないんじゃねーの?」
仕事の合間にこのような会話を交わせるくらいには余裕が出てきたようだ。
虹太が指摘した男は、見るからに怪しかった。
人目を気にしながらキョロキョロと辺りを見回し、何かを物色しているようだ。
「熱心な参拝者なら続けて二日くらい来るのかもしれないけど、そういう感じには見えないよねー……」
「……一応、何か問題を起こさないように気を付けて見とくか」
その後二人はそれとなく男を監視していたが、何かをすることもなく帰っていった。
こうして、二日目の仕事も無事に終わったのだった。
「柏木くん、椎名くん、今日もお疲れ様」
二人が帰る準備をしていると、崇也が声をかけてきた。
「君たちが本当によく働いてくれるので、すごく助かっているよ。この後時間はあるかな? お礼といったら変かもしれないけど、よかったら夕飯を一緒に食べないかい? すぐ裏にある家で妻が準備をしてくれているんだ。寒い中立ちっぱなしで、お腹も減っているだろう」
「え、いいんですか!? 蒼一朗さん、せっかくだからお呼ばれしようよ!」
「別にいいけどよ……。俺たちは依頼があったからここに来てるわけで、仕事に対する賃金もちゃんと貰ってます。それなのに更に夕飯まで食べさせてもらうなんて、なんか悪い気がしちまうというか……」
さすが蒼一朗、義理堅い男である。
「いやいや、君たちの働きぶりは素晴らしいよ。去年までこのバイトは女の子にお願いしていたんだけど、寒いし立ちっぱなしで辛いからみんな最低限のことしかしてくれなくてね。でも君たちは、揉め事が起こればすぐに仲裁に行ってくれるし、ゴミが落ちていれば自主的にそれを拾ってくれる。本当に助かっているんだ。支払った賃金は最低限の仕事に対してのもの、これからの食事は自主的にしてくれた仕事の分ということにして、ぜひご馳走させてくれないかな」
そう言うと彼は、人の良さそうな笑みを浮かべる。
「……そういうことなら遠慮なく、ごちそうになります」
崇也の気持ちを聞き、蒼一朗も納得したようだ。
「二人ともありがとう。若い子が好むような食べ物は出せないかもしれないけれど、よかったらゆっくりしていってよ」
「普段は俺たち、同年代の男の子が作ったご飯ばっかり食べてるんですよ~。だから楽しみです!」
「確かに、お袋の味っていうかおばあちゃんの味を食べる機会なんて滅多にないもんな。あー、考えてたら腹減ってきたわ……」
「そんな風に言ってもらえるなんて、妻が知ったら喜ぶよ。じゃあ、早速行こうか」
こうして三人は、大河原夫妻の暮らす家へと向かうのだった。
「まぁ、いらっしゃい! 寒かったでしょう? はやく入りなさいな」
三人を出迎えたのは、凛とした雰囲気の笑顔を浮かべる老婦だった。
「ただいま」
「本日はお招きいただきありがとうございます。昨日からこちらで働かせてもらっている、柏木蒼一朗です」
「同じく、椎名虹太です!」
「はじめまして。私はこの人の妻で彩と言います。夕飯の準備がまだ途中だから、それまでお酒でも飲みながら待っていてちょうだい。おつまみは何品か作ったのよ。あ、二人ともお酒は平気?」
「あ、はい」
「俺も大丈夫です!」
「お前、わかってると思うけど……」
「明日も仕事だから飲みすぎない、でしょ?」
「わかってるならいいけどよ……」
二人の会話を、夫妻は笑顔で見守る。
「じゃあ、用意して持っていくわね。あなた、二人を案内してあげて」
「ああ。じゃあ、行こうか」
彩は台所へと消えていき、二人は崇也に家の中へと導かれたのだった。
「……このお酒、すっごいおいしい!」
「……確かにめちゃくちゃうまいな。水が違うのか?」
「ほう。二人ともよくわかったね」
三人は、彩の作った茄子の焼き浸しや鰯のなめろうを口にしながら清酒を楽しんでいた。
「この酒はね、とある神社の裏にある滝の水で作られているんだ。要するに神水だね。貴重なものなので、我々のような神職の者にしか出回らない酒なんだよ」
「言われてみれば、神々しい味がする気が……!」
「でも、そんなにいい酒をどうして俺たちなんかに……?」
崇也は、皺だらけの顔を更にくしゃくしゃにしながら笑う。
「いやぁ、君たちみたいな若い子と酒を飲める機会なんてそうはないから、嬉しくてね。さっきは貴重なものって言ったけど、遠慮せずにどんどん飲んで! 買い置きはまだまだあるんだよ!」
「じゃあお言葉に甘えて飲んじゃいますよ!」
「……俺もいただきます」
「どうぞどうぞ!」
三人がしばらく晩酌を楽しんでいると、里芋の煮っころがしとだし巻き卵を持った彩が入ってきた。
食卓に置かれた料理からは湯気が出ており、とてもおいしそうだ。
「三人とも、お待たせ! すき焼きもあるから、今持ってくるわね」
「あ、手伝います」
「いいのいいの! お客様は座っててちょうだいな」
蒼一朗が立ち上がりながら声をかけたが、彼女はそれを笑顔で断ると台所に戻っていく。
「柏木くん、座っていて大丈夫だよ。妻は元々働くのが好きだし、私と同様に君たちが来てくれたことで浮かれているようだ。本当に人手が必要なら言うだろうから、その時はお願いできるかな」
「……わかりました」
崇也に言われ、蒼一朗は座り直す。
「蒼一朗さん! この煮っころがしすっごくおいしいよ!」
「……お前はもう食ってんのかよ! まだ全員揃ってねーだろうが!」
自分の箸を誘う香りに耐え切れず、虹太は誰よりも先に食べはじめていた。
「ははは、構わないよ。温かいうちにどんどん食べなさい。妻もすぐに戻ってくるだろうから」
「じゃあこっちのだし巻き卵も……蒼一朗さん、これもすごくおいしい!」
「わかったって! せめて、いただきますくらい言ってから食えよ!」
「はーい、すき焼きを持ってきましたよー」
こうして、四人の賑やかな夕飯の時間ははじまったのだった。




