第五十七話 柊平と颯のクリスマス任務②
今日は、クリスマス会当日である。
柊平と颯はそれぞれの衣装に身を包み、学童クラブの窓の外で待機していた。
煙突はないため、職員からの合図をきっかけに窓から登場することになったのだ。
颯のメイクのおかげでどこからどう見ても老人なのに、集中しているせいか眼光だけ鋭い柊平の姿は異様に見える。
颯は颯で緊張していた。
相手から自分の顔が見えないとはいえ、苦手な女性がたくさんいる場所に飛び込もうとしているのだ。
(私はサンタだ……。今日のためにあれほど練習してきたんだ……。やり切ってみせる……!)
(中に入ったら、子ども達とサンタを交互に見よう! 女の人はできるだけ視界に入れないようにして……)
二人は様々な思惑を抱えながら、無言で合図を待った。
しばらくすると、職員の一人が子ども達にばれないように手で丸を作る。
これが登場の合図だ。
二人は一度だけ顔を見合わせるとプレゼントを入れた袋を持ち、窓を開けてクラブの中に入っていった。
「あ! サンタさんだー!」
「トナカイさんもいる!」
妙に軽やかな動作で窓からやって来た侵入者に、子ども達は大興奮だ。
柊平がちらりと大和と美海に視線を向けると、二人は目をキラキラさせながらこちらを見ていた。
このサンタが柊平だとは、夢にも思っていなさそうだ。
二人の後ろにいる蒼一朗と心も、柊平に気付いた様子はない。
(とりあえず、第一関門は突破だ……)
柊平は胸を撫で下ろすと、今度は颯の方を見る。
颯も子ども達と触れ合いながら、立派にトナカイ役をこなしていた。
女性を視界に入れないように常に俯きがちなのは、この際気にしないことにする。
「えー、ごほん……。メリークリスマス。儂はサンタじゃ。今日は、トナカイの引くソリに乗ってきたんじゃぞ」
柊平の口から、まるで彼とは思えない言葉が飛び出す。
声も頑張って変えているようだし、口調も老人そのものだ。
(柊平さんすごい……! 練習の成果出てる……!)
そのクオリティは、颯が思わず感動を覚えるほどだった。
「ここのクラブの先生たちに聞いたんじゃが、みんなはとてもいい子なんじゃな。そんなみんなに、今日はプレゼントを持ってきたぞ」
「わーい!!」
「やった、やったー!!」
プレゼントという言葉に、子ども達の熱気はさらに高まる。
まだサンタを信じているであろう低学年の子たちの盛り上がりがすごかった。
特に一年生はクラブのクリスマス会は初めてなので、本当に嬉しそうだ。
「じゃあ、これから一人ずつ名前を呼ぶからの。呼ばれた子は、儂のところまでプレゼントを貰いにくるんじゃぞ」
「「「「「はーい!!」」」」」
こうしてサンタから子ども達への、プレゼントお渡し会がはじまったのだった。
トナカイが袋からプレゼントを取り出し、サンタに渡す。
受け取ったサンタがそこに書かれている名前を読み上げ、呼ばれた子は貰いにくるという流れだ。
終始和やかな雰囲気で、会は進んでいく。
途中でやんちゃ坊主がサンタの髭をとろうとする小さなハプニングはあったが、サンタは老人にしては軽すぎる身のこなしでそれを回避した。
大和と美海も近くまで来てもサンタの正体に気付くことはなく、笑顔でプレゼントを受け取っていった。
「……さて、全員にプレゼントも配り終えたし、儂はそろそろ帰るかのぅ」
「えー!? もう帰っちゃうのー!?」
「サンタさんも一緒にお菓子食べようよ!」
仕事を終え帰ろうとするサンタに、このままここにいてほしいという声がかかる。
長居すればその分正体がばれる確率が上がるため、一刻もはやくこの場を立ち去らなければならない。
しかし、子ども達の予想外の反応に柊平は返答に困ってしまった。
そんなサンタを、トナカイがつつく。
そして、ソリを引き、プレゼントを配る動作をサンタに見せた。
声を出せば颯だと悟られてしまうかもしれないので、ジェスチャーで何かを伝えようとしているようだ。
颯の動きにピンときた柊平は、咳払いを一つすると話しはじめる。
「……ごほん。みんなの気持ちは嬉しいんじゃが、これから他の子ども達にもプレゼントを渡しに行くんじゃよ。だから、もう帰らなきゃならん。この通り、トナカイにも急かされておるしの」
「それならしょうがないかー……」
「サンタさん、お仕事がんばってね!」
「ふぉっふぉっふぉっ。みんなは本当にいい子じゃのう。この後も、クリスマス会楽しむんじゃぞ」
「サンタさん、ばいばーい!」
「プレゼントありがとう!」
子ども達の温かな気持ちに包まれながら、二人は来た時と同じように窓から出ていく。
自分たちの姿がみんなから見えないところまでくると緊張の糸が切れたのか、二人は衣装が汚れるのも気にせずにその場に座り込んでしまった。
「大成功ですね!」
「……あぁ」
颯は着ぐるみの下で、満面の笑みを浮かべる。
柊平も、やり切った充実感からか子ども達の気持ちが嬉しかったからかはわからないが、髭の下で少しだけ微笑んだのだった。
その日の夜、心が柊平の部屋を訪ねてきた。
「……どうした、結城」
「……これ」
そう言うと心は、手に持っていたお菓子の詰め合わせを柊平に差し出す。
「これは……」
「……子ども達が、今日のお礼にサンタさんにあげてほしいって。いろんな子が少しずつ自分のお菓子を入れて、サンタさんの分の詰め合わせを作ってくれたんだよ」
「……あれが私だと、気付いていたのか」
「……うん。だって匂いがしたから」
「匂い……?」
「……僕、すごく鼻がいいから。変装しててもすぐにわかる」
「そうか……。このこと、他の誰かに言ったりは……」
「……ううん、してない。美海や大和くんの耳に入って、夢を壊しちゃったら嫌だから」
「……そうだな。そうしてもらえると助かる」
心の言葉に、柊平は安心した。
この様子だと、一緒にあの場にいた蒼一朗にも言っていないようだ。
「……嬉しいものだな。ありがたく受け取っておこう。緒方と一緒に食べるよ」
「…s難点トナカイさんの分はもう渡してきたから、それは一人で食べて大丈夫だよ。……あそこまで本格的なサンタさんははじめてだからみんな楽しかったみたい。いい子にしてるから、来年も来てほしいって」
「来年か……。わかった。また依頼があれば、必ず私が行くようにする」
お菓子を受け取りながら柊平は言う。
彼の表情は透花に任務を頼まれた時とは違い、とても柔らかいものになっていた。
「……じゃあ、僕は戻って寝るね」
「あぁ。わざわざすまなかったな」
眠気でふらふらと廊下を歩く心を見送ると、柊平も部屋に入った。
その後しばらくの間、仕事の合間に菓子を食べる柊平の姿が目撃されることになる。
事情を知らない者は、いつもは間食をしない柊平が菓子を食べていることを不思議がっていた。
しかし彼は決して理由を話さず、時間はかかったが、子ども達の気持ちを受け止めるかのように全ての菓子を一人で食べきったのだった――――――――――。




