第五十四話 お迎えに行こう!③
⑥二階堂湊人の場合
「予定の時間よりもはやく着いてしまったかな? 二人とも、帰ろうか。」
「みなとにい! すぐ準備してくるから待ってて!」
大和と美海が帰る準備をするためにその場を離れると、入れ違うように一人の少年がやって来た。
「……兄ちゃん、将棋できる?」
大和に比べて大分身長が高いので、三年生か四年生なのだろう。
手には、将棋盤と駒入れを持っている。
「将棋かい? それなら大得意だよ。」
湊人の言葉に、少年は表情を輝かせる。
「おれとやろうぜ!」
そう言うと盤を床に置き、駒を並べ始めてしまった。
「構わないけど、僕はお迎えに来てるからそこまで時間はないよ」
「ぜんぜんいいって! とちゅうまででもいいし! 俺、このクラブで一番強いんだぜ! いっつも先生にも勝ってんだ!」
(このクラブの職員は女性が多いみたいだし、あんまり将棋が強い人はいないだろうなぁ……)
湊人は、クラブの中を見渡しながら思う。
「……よし、ならべ終わった! 早速やろうぜ!」
「僕、強いよ。ハンデはなくてもいいのかい?」
「ハンデなんていらねぇよ! 対等に勝負だ! 勝つ自信もある!」
「それならいいけど。じゃあ、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします!」
湊人の眼鏡が光ったように見えたのは、気のせいではないだろう。
勝負は、大和と美海が戻ってくるまでの間についた。
「マ、マジでつえぇ……!」
「君も、その年齢の割には強いと思うよ。でも、僕とハンデなしで戦うのは無理があるみたいだね。修業が必要だ」
言うまでもなく、湊人の圧勝だ。
頭を使うゲームで、湊人に敵う者などそうそういないのだ。
「こういう時はこう動かすと、相手も守らないといけなくなるから……」
湊人は、少年でもわかりやすいように解説をはじめた。
「みなとにい、お待たせ!」
それを終えたところで、大和と美海が準備を終えて戻ってくる。
「じゃあ行こうか」
湊人は、何事もなかったかのようにその場を去ろうとした。
「待ってくれにいちゃん! 今度来たら、またおれと勝負してくれるか……!?」
「……いいよ。僕を楽しませるためにも、今よりも強くなっててね。詰将棋をたくさん解いてみると、先を読む力が養えていいと思うよ」
そう言うと、湊人は大和と美海と一緒にクラブを出て行く。
「オッス、師匠……!」
残された少年は、目を輝かせながら湊人の背中を見送ったのだった。
二階堂湊人がお迎えに行くと――――ここでも師匠認定されたようです。
⑦柏木蒼一朗の場合
今日は蒼一朗が迎えの当番だ。
学童クラブまで迎えに行くと、室内に美海と大和の姿が見当たらない。
「あのー、すみません。柏木大和と椎名美海のお迎えに来たんですが、二人は……」
「あぁ、柏木さんこんにちは! 今日は暖かいので、半分くらいの子は他の職員と一緒に近くの原っぱに遊びに行ってるんですよ。大和くんと美海ちゃんも、楽しそうに出かけて行きましたよ」
近くにいた職員に尋ねると、そのような答えが返ってきた。
蒼一朗は直接屋敷へと帰れるように二人の荷物を預かると、野原へと向かう。
野原では、二十人ほどの子ども達が二つに分かれて遊んでいた。
男の子たちはサッカー、女の子たちはこおり鬼をしているようだ。
大和が女子のグループで遊んでいるのを見て、蒼一朗はため息を吐く。
(別に誰と遊ぼうが、大和の好きにすればいいんだけどよ……。あいつ、もしかして男の友達いねーのかな?)
大和が男の子と遊んでいるのをみたことがない蒼一朗は、前から心配していたのだ。
(友達がいないのか、それとも男がやるような遊びに興味がねーのか……)
蒼一朗が何気なくサッカーをしている少年たちを見ると、一人の少年と目が合った。
「あ、やまとのにいちゃん」
その少年は隼輔だった。
以前の地域運動会の時に見た蒼一朗の姿を、覚えていたらしい。
「よう。お前は隼輔だよな」
「おう。くめしゅんすけだ!」
「兄貴は元気か?」
「この間のやまとのにいちゃんとの決着になっとくがいってないみたいで、前にもましてトレーニングしてるぞ!」
「はは、そーか。そりゃ再戦が楽しみだな」
ここで蒼一朗は、とある考えを思いつく。
(俺がサッカーしてるのを見たら、大和も興味持ったりしねーかな……?)
子ども達に自分が混じってサッカーをすれば目立つので、今は遊びに夢中で蒼一朗の存在に気付いていない大和の目にも留まるだろう。
それで少しでもこういう遊びに興味を持ってもらえれば、と思ったのだ。
「どうしたんだ? ぼーっとして。あ、もしかしてやまとのにいちゃんもおれたちと一緒にサッカーやりたいのか!?」
隼輔から蒼一朗に、嬉しいお誘いの言葉がかかる。
「おう。お前たちがよければ、ぜひ仲間に入れてくれよ」
「わかった! おれみんなに話してくるから、ちょっと待っててくれ!」
そう言うと隼輔は、一緒にサッカーをしていた少年たちのもとへ向かった。
話を終えると、蒼一朗のところまで戻って来る。
「にいちゃん強そうだから、先生と二人の大人チームならいいって! 大人対子どもの勝負だ! さいしょのボールは大人チームにやるよ!」
少年たちは、ざっと十人はいるだろう。
しかし蒼一朗は、全く負ける気がしなかった。
「わかった。じゃあやるか!」
蒼一朗はクラブの職員にゴールキーパーを任せると、一人で攻め込んでいく。
「止めろ止めろー!」
「なんだこのにいちゃん! めちゃくちゃうまいぞ!」
「うまいだけじゃなくてはえぇ!」
蒼一朗は、もちろん本気を出しているわけではない。
それでも、彼の力は圧倒的だった。
少年たちは果敢にボールを奪おうとしてくるので、試合は決して一方的な展開ではない。
こうして十分ほど少年たちとサッカーを楽しんだところで、大和がこちらを見ているのに気付く。
先程よりもサッカーをしている少年たちが活気づいたので見てみると、自分の兄が混じっているのだ。
大和の顔は驚きと、なんとも言えない感情が入り混じっているように見える。
「お前ら、悪いな。今日はここまでだ。俺、そろそろ帰んねぇと」
「えー! 勝ち逃げじゃん!」
「にいちゃんずるいよー!」
試合は、大人チーム三点、子どもチーム一点と蒼一朗たちのチームが勝っていたのだ。
「まぁそう言うなよ。またそのうち来るからさ、続きはその時にでもやろうぜ」
「約束だぞ! 絶対来てくれよ!」
「やぶったら、はりせんぼん飲ますんだからな!」
「へいへい。針千本飲まされるのは嫌だから、約束はちゃんと守るって。じゃあな」
「ばいばーい!」
「またなー!」
蒼一朗は、すっかり少年たちの心を掴んだようだ。
再戦の約束をすると、大和と美海と一緒に野原を出て行った。
屋敷までの帰り道を、大和はずっと浮かない表情で歩いている。
「大和、どうした? 学校やクラブでなんかあったのか?」
蒼一朗が優しく声をかけるが、大和は首を横に振るだけだ。
いつものように紙とペンを出し、おしゃべりしてくれる様子もない。
「やまとくん、そうにいがサッカーしてるのを見た時からずっとこんな感じなんだよ」
美海の言葉を聞き、蒼一朗は一つの結論に達する。
「……大和、もしかして他の奴らに兄ちゃんのこと取られると思ったのか?」
その瞬間、大和の頬が朱に染まった。
どうやら図星らしい。
“おにいちゃん、すごく楽しそうだった。でもぼくは、しゅんすけくんたちみたいにサッカーできないし……”と書いた紙を、おずおずと蒼一朗に見せる。
大和に少しでも興味を持ってもらいたいと思いサッカーに参加してみたが、逆効果だったようだ。
「……確かにさっきは楽しかったけどよ、俺が一番楽しいのはお前と遊んでる時に決まってるだろ。何をして遊ぶかじゃなくて、誰と遊ぶかの方が俺には大事なんだよ。だから、そんな心配しなくていいんだ」
蒼一朗は少しかがむと、大和と目を合わせそう言い切った。
優しく頭を撫でてやると、先程までの不安そうな表情は一転して晴々としたものになる。
それは、いつものかわいい笑顔だった。
丁寧な字で“うん。おにいちゃん大好き”と書いた紙を蒼一朗に見せる。
それに対し、爽やかな笑顔で返す。
「俺も、お前のことが大好きだよ」
(弟がかわいすぎて辛い……)
心の中ではブラコン全開の発言をしているのだが、それを他人に知られることはないのだ。
柏木蒼一朗がお迎えに行くと――――みんなの人気者! でも、ぼくだけのおにいちゃんだよ!




