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clair fleur  作者: 白鈴 すい
第三章~ペア任務編~
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第五十一話 柊平と心の温泉旅行②

「あら? ユズ、心ちゃんたちと一緒じゃなかったの?」


 翌朝、朝食をとるために柊平と心は淑乃の部屋を訪れた。

 二人がユズを連れていないことに驚き、淑乃は目を丸くする。


「ユズなら、こちらには来ていませんが」

「私が起きたらいなかったから、てっきり二人と朝の散歩にでも行ったと思ってたんだけど……」

「……どこ行ったんだろう」


 部屋の扉には、犬が自由に出入りできる用の小さな扉がついているのだ。

 どうやら、そこからどこかに出かけていったらしい。


「まだ朝食まで時間があります。探してきましょう」

「……僕も行く」

「まぁ、ありがとう。私も行くわ」


 三人は、ユズを探すために部屋を後にするのだった。






 しばらく廊下を歩いていると、若女将が焦ったような小走りでこちらに向かってくる。

 彼女も、何かを探している様子だ。


「あ、駒井様。おはようございます。お見苦しいところを見せてしまい申し訳ありません。昨晩は、よく眠れましたか?」

「えぇ、とても。それより、どうかしたのかしら? 随分焦っているようだったけど……」

「……ロワの姿が見当たらなくて探しているのです。朝起きたらいなくなっていたことなんて、一度もなかったのに……」

「まぁ、ロワちゃんもいないの? 実はうちのユズも、朝からいなくて……」


 淑乃の言葉を聞くと、若女将の表情がさっと青くなる。


「あ、あの子たちもしかして裏山に行ったんじゃ……!」

「……それは、熊が出るので立ち入り禁止というここの裏の山ですか?」

「えぇ……! ロワは昔から、裏山に興味があるみたいだったの……! 今までは一人だったので無茶な真似はしなかったけれど、ユズくんという仲間がいれば平気だと思ったのかもしれないわ……!」

「……若女将、落ち着いてください。まだ二人が裏山に行ったということが決まったわけではありません。それに、足を踏み入れたところで熊に遭う確立はそこまで高くはないでしょう」


 柊平は、落ち着いた声で若女将に語りかける。


「……結城、行くぞ」

「……うん」

「駒井さんと若女将は、こちらでお待ちください。私と結城が、ユズとロワを探してまいります」

「……えぇ。久保寺くん、心ちゃん、お願いね」


 二人の素性を知っている淑乃は、真剣な表情でそう答える。

 淑乃の言葉を聞くと、二人は走り出した。


「で、でももし熊に遭ったら……!」

「……若女将、安心して。あの二人は軍人さんなのよ。大丈夫。あの二人も、ユズもロワちゃんも無事に帰ってくるわ」


 淑乃はそう言うと、だんだん小さくなっていく二人の背中を見つめる。

 今彼女たちにできるのは、四人が無事に帰ってくるように祈ることだけなのだ――――――――――。






「結城、ユズとロワの場所はわかるか」


 柊平と心は、迷うことなく裏山に足を踏み入れた。


「……わからない。匂いも、草木に紛れてるし……。鳴き声が聞こえればわかるかもしれないけど……」


 心がそう言った、瞬間だった。

 彼の耳に、聞き慣れたはずの、しかしいつもとはどこか違う鳴き声が響いたのだ。


「……柊平さん、こっち」


 その声は、耳のいい心だから辛うじて届くくらいの距離から聞こえてきた。

 心は、急いでその方向へと足を向ける。

 柊平も、心に続いて山を進んでいった。






「いた……! ユズとロワだ……!」


 十分ほど走り、ようやく柊平と心は二匹を視認できる位置まで来ることができた。

 ユズとロワは案の定熊に遭遇しており、今にも一触即発の雰囲気だった。

 ロワの前に、彼女を庇うようにしてユズが立ち、威嚇をしている。


(シン……! シュウヘイ……!)


 ユズの視線が二人に向いた瞬間を逃さず、熊がユズへと襲いかかる。


(きゃー!!)

(………………………………!!)


 ロワの悲鳴を聞きながら、ユズはくるであろう衝撃に備えて目を瞑る。

 しかし、いくら待っても痛みは訪れず、代わりに何かを地面に叩きつけたような音が聞こえてきた。

 恐る恐る目を開けると、自分たちを守るように立っている心と、柊平に投げ飛ばされ気絶している熊の姿が目に入った。


「……ユズ、ロワ、怪我はない?」


 心はしゃがみ込むと、優しく二人を撫でる。


(こ、怖かったよぉー! でも、あなたたちが来てくれたし、ユズが守ってくれたから怪我はしてないわ!)

(オ、オレもだ……!)


 二人とも、怪我はないようだ。

 といっても、柊平と心が現れたのが一瞬でも遅ければ、致命傷を負っていたに違いないだろうが。


「……二人とも、どうしてこんなことをしたんだ。若女将が、裏山には入らないように忠告していただろう」


 熊が完全に意識を失っているのを確認すると、柊平が厳しい表情でこちらにやってきた。


(わ、私がユズを誘ったの! もちろんここが危険な場所だっていうのは、若女将に毎日聞かされているから知ってたわ! でも、行くなって言われる度に興味が湧いてきて……)

(ロワに誘われて、断らなかったオレも悪いんだ! だから、ロワだけを怒らないでやってくれ! 反省してる!)

(私も、ごめんなさい……)


 二匹は、すっかり項垂れてしまっている。


「……若女将が言ってた通りみたい。ロワが前から興味があったから、ユズを誘って来たんだって。二人とも、すごく反省してる……」

「……反省している様子は、言葉がわからなくても見ればわかる。……いいか、お前たち。謝るべき相手は、私たちではなく駒井さんと若女将だ。二人が誰よりも、お前たちのことを心配していたんだからな」

(あぁ……!)

(わかったわ……!)

「……よし。じゃあ、あの熊が起きる前にここを出るぞ」

「……あ、待って」


 二匹が答えたのを聞き、山を出るために歩き出そうとした柊平に心が声をかける。

 そして、倒れている熊の近くに行くと、ポケットから何かを取り出しそれを近くの木に塗りはじめた。


「……結城、それはなんだ」

「……はちみつ」


 心が持っているのは、確かにはちみつが入ったボトルのようだ。


「……ポケットから出てきたように見えたが、まさかいつも持ち歩いてるのか」

「……? うん。お腹が空いてどうしようもない時に、食べるようにしてる……」

「……それをなぜ、木に塗るんだ」

「……あの熊、餌がなかったからユズたちを襲ったんだと思うから」

「……どういうことだ?」


 心の伝えたいことが、柊平にはいまいちわからなかった。


「……ユズたちを探しながら周りの草木を見たけど、熊の餌になりそうな木の実とかがあんまりなかった。今年は、食糧難なんだろうね……。だから、お腹が空いてたんだと思う。ユズたちを食べようとしたのか、自分の餌場を荒らしにきた侵略者を排除しようとしたのかはわからないけど……」

「……そうか。それならお前があの熊と話し合えば、投げ飛ばす必要はなかったのかもしれないな……」


 柊平は、若干気まずそうな顔をする。


「……でも、あの状態じゃ僕の言葉は届かなかったよ。柊平さんがああしてくれなきゃ、全員無傷では帰れなかったと思う……」

「それならいいのだが……」

「……ほんとなら、野生の動物に人間から食糧を与えることはしたくない。彼らの生きる力を奪ってしまうし、餌の味を覚えて人里に下りてくるかもしれないから……。でも、あんなに飢餓状態だったこの子を、放ってはおけないよ……」


 心は、犬や猫のような人の近くで暮らす動物だけではなく、全ての動物に優しい少年なのだ。

 彼の気持ちを汲み取り、柊平は心の行為を止めることはしなかった。

 ユズとロワも、大人しく心を待っている。


「……終わったか?」

「……うん」


 はちみつを塗り終えたのを見届けると、柊平は心に声をかけた。


「……それじゃあ、今度こそ戻るぞ」

「……うん」


 こうして四人は、誰一人怪我することなく、山を出ることができたのだった。






 淑乃と若女将のもとにユズとロワを連れて戻ると、二人は心底安心したような顔になった。

 若女将はまずロワをぎゅっと抱き締めてから、今回のことに対する説教をしていた。

 対して淑乃はユズを叱ることはなく、いつもの優しい表情のままユズを撫でたのだ。

 これには、さすがに怒られるだろうと思っていたユズも驚いていた。


「……おばあちゃんは怒らなかったね」


 帰りの車内で、心が思い出したように口を開く。


「あぁ、もしかしてさっきの話? そうねぇ。確かにすごく心配はしたけど、ユズは無事に戻ってきたもの。それに……」

「……それに?」

「ロワちゃんのことを、守ったんでしょう? ついこの間まで子どもだと思ってたのに、もう立派なお兄さんなのねぇ。一人で心ちゃんを呼びに行けたり、女の子を守ったり……それが嬉しいし、頼もしくてね。だから怒ったりしないわ。でももう、こんなことはないといいんけどねぇ……。もしあなたが熊に襲われたらって考えたら、生きた心地がしなかったんだから……」


 淑乃は眉尻を下げて笑いながら、すっかり疲れて寝てしまっているユズを優しく撫でる。


「……おばあちゃん、大丈夫だよ。おばあちゃんの気持ち、ちゃんとユズはわかってるよ」

「……心ちゃんが言うなら、きっとそうなんでしょうねぇ。心ちゃん、久保寺くん、これに懲りずに、また私たちと一緒にどこか行ってくれるかしら……?」

「……もちろん。柊平さんも、ね?」


 心は、運転している柊平に話をふる。


「えぇ。私たちでよければ、また是非お供させてください」

「ふふふ、二人ともありがとう。あなたたちとまた旅行に行けるなんて、ユズもとても喜ぶと思うわ」


 そう言いながら、淑乃は再びユズを撫でる。

 淑乃に撫でられて幸せそうなユズの顔は、裏山への冒険を経て、少したくましくなったように見えたのだった――――――――――。

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