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clair fleur  作者: 白鈴 すい
第三章~ペア任務編~
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第五十話 柊平と心の温泉旅行①

「心ちゃんに久保寺くん、本当にありがとうねぇ」

「いえ、お気になさらず」

「……おばあちゃんとユズと一緒に出掛けられるの、すごく嬉しい」

(オレもオレも! オンセンっていうやつに行くんだろ? 楽しみだな!)


 ユズと淑乃、そして柊平と心は、車に乗ってとある場所に向かっている。

 淑乃は前々から、ユズと旅行がしてみたいと思っていた。

 しかし、小型犬ではないユズは電車での移動も一苦労だ。

 彼女は免許を持っていないので、車での移動もできない。

 そこで今回白羽の矢が当たったのが、柊平と心である。

 柊平が運転を担当し、はじめての旅行で何かと大変であろうユズを心がカバーする。

 こうして四人は現在、目的地であるペットと一緒に泊まれる旅館に向かっているのだ。

 ちなみに今乗っている車は、柊平のものではなくレンタカーだ。

 動物を自分の車に乗せるという行為をどうしても許せなかった柊平は、ユズには悪いと思いながらもレンタカーを借りたのだ。

 当のユズは、そのことに対して特には気にしていないようだが。






 はじめて車に乗ったユズだったが車酔いをすることもなく、無事に旅館に到着した。


「いらっしゃいませ」


 旅館の若女将だろうか。

 パピヨンを抱いた若い女性が、車から降りた四人に声をかける。


「駒井様でいらっしゃいますね? お待ちしておりました」

「今日はよろしくお願いします。そちらのわんちゃんは、ここの看板犬かしら? とてもかわいいわねぇ」

「ありがとうございます。この子はロワという名前で、パピヨンの女の子なんですよ。ほら、ロワ。お客様に挨拶なさい」

(こんにちは!)

(こんにちは! 今日は世話になるぜ!)

「早速何か話しているみたいねぇ。この子は、ユズ。柴犬の男の子なのよ」

「ユズくん、うちのロワと仲良くしてあげてね」

(おう!)

「ロワちゃんも、ユズのことよろしくね」

(任せて! おばあちゃま!)


 初対面だが吠え合う様子もなく仲がいい二匹に、飼い主二人の表情が優しく緩む。


「では、お部屋の方に案内させていただきます。こちらへどうぞ」

(どうぞ!)


 若女将とロワの先導で、四人は旅館へと足を踏み入れるのだった。






「駒井様のお部屋は、こちらとこちらになります」


 一つが淑乃とユズの部屋、もう一つが柊平と心の部屋だ。


「足湯コーナーにはわんちゃん用の足湯もありますので、是非ご利用ください。わんちゃん用の浴衣もこちらでご用意できますが、いかがいたしましょう?」

(ユカタ? なんだそれ? なんかよくわかんないけど、着てみたいぞ!)

「……ユズ、興味があるみたいだよ」

「じゃあ、お願いしようかしらねぇ」

「かしこまりました。ユズくんに似合いそうなものを選んで、後ほどお部屋にお届けいたします。あっ、最後に注意事項が一つ。裏山には入らないようお願いいたします。そろそろ冬眠しているとは思うのですが、まだ眠っていない熊に襲われたら大変ですので……。それでは、ごゆるりとおくつろぎくださいませ」

(ごゆっくり!)


 若女将はにこやかに会釈をすると、ロワと一緒にその場を立ち去っていった。


「ユズ、浴衣が届いたら足湯に行ってみようか?」

(アシユ? ばあちゃんと一緒ならどこでも楽しいからな! 知らない場所でも、俺は行くぞ!)

「いいよって言ってくれてるのよね? 後で行こうねぇ。じゃあ心ちゃんたち、夕飯まではお互い自由に過ごしましょうか。夕飯は、二人がよかったら私たちの部屋で一緒に食べない?」

「……うん」

「お邪魔じゃなければ、ぜひよろしくお願いいたします」

「今日はここまで連れてきてくれて本当にありがとう。また後でね」

(またな! シン! シュウヘイ!)


 こうして四人はそれぞれの部屋に入り、しばしの間自由に過ごすことになったのだった。






 部屋に入ると、心は早速荷物から下着などを取り出しはじめた。


「……結城、もう風呂に入るのか?」

「うん」


 心の表情は、心なしかウキウキしているように見える。

 彼はあまり温泉に行ったことがないので、今日の旅行をとても楽しみにしていたのだ。


「そうか。私は少し休んでから……」


 長時間の車の運転で少し疲れていた柊平は、部屋で休んでから温泉に行くつもりだった。

 しかし、とあることに気付いて一度言葉を切る。


(結城一人じゃ、心配だ……)


 心も、高校生だ。

 普通ならば、一人で温泉に入るなど造作もないことだろう。


(普段からぼーっとしているからな……。湯に浸かっている間にのぼせたり、石鹸で足を滑らせて頭を打ったりするかもしれない……)


 柊平は過保護だった。


「……いや、なんでもない。私も一緒に行こう。準備をするので、少し待っていてくれないか?」


 心はこくりと頷く。

 準備を終えると二人は肩を並べ、温泉へと向かうのだった。






 柊平の心配は杞憂に終わる。

 心は一つ一つの動作がゆっくりなので、躓いたり滑ったりはあまりしないようだ。

 お湯にも強いようで、のぼせる気配もない。


(さすがに心配しすぎたか……。お互いに一人で来た方が、ゆっくりできたかもしれないな……)


 現在男湯には柊平と心以外の客はおらず、貸し切り状態だった。

 二人は特に会話もなく、湯船に浸かっている。


「……楽しい」


 沈黙を破るように、心が呟いた。


「……楽しい、か?」

「……うん。僕、家族以外の人と一緒にお風呂入るのはじめて。こんな広いお風呂にゆっくり浸かれて、とっても楽しいよ……」


 心はいつも通りの無表情だったが、心なしか口角が上がっているように見える。


「……そうだな。こんなにゆっくり風呂に入るのは久しぶりだ。……気持ちいいな」

「……うん。次は、隊のみんなも一緒に来れるといいな……」

「……全員で一緒に温泉に入ったら、騒々しくてゆっくり湯に浸かる暇もなさそうだが」

「……確かに」


 二人はその後もぽつりぽつりと会話をしながら、温泉を堪能したのだった。






 あっという間に夕飯の時間になり、柊平と心は淑乃の部屋を訪れた。

 心は、次々と運ばれてくる懐石料理に目を輝かせている。

 ある程度料理が運ばれたところで、食事がはじまった。

 青色の浴衣に身を包んだユズは、若女将特製の犬用ご馳走を一心不乱に頬張っていた。

 あらかた食べ終えると、心に声をかける。


(シン! オレ、ばあちゃんとアシユ行ってきたんだぜ! すごい気持ちよかった!)

「……確かに、さっきよりもさっぱりしてるね。ユズは足湯が気に入ったんだ」

(おう! だから夕飯食べ終わったら、今度はシンと一緒に行きたいんだ!)

「うん、じゃあ一緒に行こう」

(シュウヘイもな!)


 ユズは、日本酒を飲みながら食事を楽しんでいる柊平に声をかける。


「……ユズ、どうかしたか?」

「食事が終わったら、一緒に足湯に行こうって」

「足湯か。気持ちよさそうだな。わかった、付き合おう」

(やったぜ!)


 ユズは、気に入った足湯に大好きな二人と一緒に行けるということで、本当に嬉しそうな表情をした。


「……そういえばユズ、その浴衣、とっても似合ってるよ」


 心は、ユズが身に纏う浴衣を見て言う。


(ありがとな! だけどこういうのは慣れてないから、なんだかムズムズするぜ……)


 その後、ユズは浴衣を脱ぐのを忘れて足湯に飛び込んでしまう。

 濡れてしまった浴衣を脱がせながら、柊平と心は少しだけ笑った。

 こうして旅行一日目の夜は、平和に過ぎていったのだった――――――――――。

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