第四十九話 理玖と颯のパーティー任務②
本日の主役である博士のスピーチ中に、軍服を着た少年が急に大声を出した。
そんな予想外の出来事に、会場はざわつきはじめる。
「な、なんなんだね君は!? 藪から棒に! 今は私のスピーチ中だ! 失礼だとは思わんのかね!?」
「ごめんなさい! でも、会場のみんなと博士にどうしても聞いてほしいことがあって! はい! 理玖さん、どうぞ!」
(このタイミングで、僕にふらないでほしいんだけど……)
博士が怒っていても、颯は特に気にならないようだ。
彼は、人の悲しみや涙には弱いが、怒りや悪意などには強いという不思議な少年だった。
理玖は、持っていた袋からベナムールの鉢を取り出す。
「……僕が、ヴァンにある屋敷の庭で育てた花だ」
「あの花、先程私たちが見たものと同じじゃない?」
「しかし、色が鮮やかでこちらの方が美しいぞ!」
「司会者は、ヴァンでは咲かないものの栽培に博士が成功したと言ってなかったかしら?」
「おい! 何が起こっているんだ!? 私には見えないぞ!」
理玖の近くにいたものはベナムールを見ることができたが、そうではないものには見えないようだ。
理玖は颯と違って大声を出すのは苦手なので、声も全員には届かないのだろう。
「……君、壇上に上がって話の続きを聞かせてくれんかね」
すると、理玖のすぐ近くにいた初老の男性が声をかけてきた。
彼は、今回のパーティーの主催者である貴族のようだ。
「博士、すまない。私は少し、この青年の話を聞いてみたいんだ。少しの間、彼に舞台を譲ってもらえないだろうか」
「わ、わかりました……」
貴族であるこの男から、博士は今まで莫大な支援を受けてきたのだ。
そんな彼からの願いを、断れるはずもなかった。
博士が下りた舞台に、理玖が上がる。
壇上にはマイクがあるので、理玖の声でも会場中に響かせることは可能だ。
「……この花は、ベナムールと言う」
理玖は、静かに話しはじめた。
「この国でもエルブ地方のごく一部でしか咲かない、希少な花だ。この花の特徴は、花弁の色。外側がピンク色で、内側が水色という珍しい色合いをしている。そして、エルブで咲き誇っているベナムールの花弁は、一様に色が鮮やかで美しいものが多い」
貴族たちは、壇上の理玖が育てた花と、会場に設置されている博士が育てた花を見比べる。
「確かに、あの青年の持っているものの方が美しいわ」
「博士のものも綺麗だと思ったが、あれと比べると些か劣る感じがするな……」
「い、いやぁここからだと離れてるのでそう見えるだけですよ! 近くで見たら、私のものとそう変わらないでしょう、ははは……」
壇上の花を見て焦る博士を気にする様子もなく、理玖は話を続ける。
「……次に、この花だ。ペタルドゥヴニールと言う。防衛本能を持ち、枯れるまで花弁の数を保ち続けるというのは事実だ。……しかし、この花の美しいところはそれだけじゃない」
理玖は鉢を抱えたまま舞台から下り、バルコニーへと歩みを進めた。
窓を開け月の光が届く場所まで来ると、花弁を一枚千切る。
「……これが、この花のもう一つの美しいところだ」
理玖の手にある花弁は、月光を受け光り輝くと、そのままさらさらと崩れていく。
そして粒子となり、鉢に植えてある花本体に吸収された。
「……こうして落ちた花弁の力を借り、美しさと強さを保っていくんだ」
「わ、私のものだってそれくらい……!」
博士も花弁を千切りバルコニーに出るが、それは理玖の花のように光り輝くことも、崩れることもなかった。
博士は、自分で墓穴を掘ることになってしまったのだ。
「なんて幻想的なのかしら……!」
「こんな美しい花がこの世にあるなんて……!」
ペタルドゥヴニールが引き起こした幻想的な光景を目にした貴族たちは、感動の渦に巻き込まれている。
「舞台から下りたので、何が起こったのか全然見えなかったわ!」
「解説の声も聞こえない! 誰か説明してくれ!」
しかし、その光景は偶然バルコニーの近くにいた者たちにしか見えなかった。
見られなかった者たちが、不満げに口を開く。
「……僕の用事はもう終わった。この花は、ここに置いていく。壇上の花もだ。後は、見るなり研究の対象にするなり好きにしてくれて構わない。じゃあ」
理玖は近くにあったテーブルに鉢を置くと、そのまま何事もなかったかのように会場を出て行った。
会場を出た理玖の後を、それぞれ違う思惑を持った三人が追いかける。
「理玖さん! 待ってください!」
「君! 待ってくれたまえ!」
「君ぃ! 止まれ! 止まるのだ!」
上から、颯、今回のパーティーの主催者である貴族の男、博士の順である。
「……何」
理玖は、心底面倒くさそうな表情で振り向いた。
「君! これから、私の元で植物研究者として働かないかね!?」
真っ先に口を開いたのは、貴族の男だった。
「あの花は本当に素晴らしかった! あのような研究を、今度も続けていってくれないか!? 研究のために必要な費用は、全部私が負担しよう! 最新鋭の設備も用意する! 思う存分研究に没頭できるぞ!」
「断る」
理玖は、間髪入れずに男の申し出を却下する。
「なっ……!? 何か足りないものがあるのか!? なんでも用意するぞ!」
「……僕は医者だ。植物研究者じゃない。今回の花も、よりよい薬草のための研究から生まれた、偶然の産物に過ぎない」
「“偶然の産物”だと……!? そんなもののせいで、私の植物学者としての地位も名誉もお前に奪われたんだぞ! どうしてくれるんだ!? この小僧が!」
貴族の男を押し退け、博士が理玖に掴みかかってくる。
華奢な理玖の体は簡単に浮き、そのまま壁に押し付けられてしまった。
「……痛いんだけど」
「お前のせいで……! お前のせいで……!!」
「止めてください!」
そんな二人の間に、颯が割って入ってくる。
「理玖さんは、あなたの地位や名誉を奪うつもりであんなことをしたんじゃないです!」
「じゃあ、どういうつもりだったと言うんだ!? あんなことをして手に入るものなど、地位や名誉しかないだろう!?」
「理玖さんはただ、花が好きなだけです!」
「花が、好きなだけ……?」
颯の言葉に、怒りしか映していなかった博士の瞳が揺らぐ。
「自分が好きな花にはもっと綺麗な状態があることを、たくさんの人に知ってほしい。理玖さんはそう思って、今日あんなことをしたんですよ! あなたも植物学者なら、理玖さんの気持ちわかるんじゃないですか? 同じ、花を愛する者なら三……」
博士の手から力が抜け、理玖の体が解放される。
「それから、あなた!」
颯は、後ろの方ですっかり空気と化していた貴族の男に向かっていく。
「わ、私か……?」
「そうです! あなたです! 理玖さんは、仲間を大切にする人なんです! だからあなたのように、自分の役に立たないからすぐ別の人に変えようとする人の下なんかでは、絶対に働きません! 信頼は金では買えませんから!」
「……そのへんにしておきなよ」
すっかり興奮状態になっている颯を、理玖が制した。
「……花は会場に置いてきた。あれを生かして今後も協力しながらより美しい花の研究をするか、ここでもう終わりにするかは君たちの自由だ。……じゃあね」
理玖はそう言うと、振り返ることなく廊下を歩いていく。
颯もそれを追う。
その場には、項垂れた男が二人取り残されているだけだった。
「理玖さん! 待ってください!」
「………………………………何」
自分の後ろを走ってついてくる颯に、理玖はため息を吐きながら答える。
「同じ家に住んでるんだから、一緒に帰りましょうよ!」
「……一緒に帰ろうって、君にはまだ仕事が残ってるだろう」
「あ、そうだった……」
颯の本日の任務は、パーティーの撤収の手伝いまでだった。
任務を放棄し、今すぐ帰るわけにはいかないのだ。
「……外で、本でも読みながら待ってるよ」
いつもの理玖なら、このようなことは言わずに先に帰っていただろう。
しかし、先程颯が自分のために貴族の男に言った言葉が嬉しかったようで、気付いたらそう口にしていた。
「………………………………! 待っててくれるんですか!?」
「……あぁ」
「ありがとうございます! できるだけはやく終わらせますね!」
(ほんと、慌ただしいな……)
会場に向かって全速力で走っていく颯の後ろ姿を見ながら、理玖は微笑を浮かべる。
その微笑みは一瞬で消えてしまう儚いものだったが、理玖は確かに、微笑んだのだった――――――――――。




