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clair fleur  作者: 白鈴 すい
第二章~紹介編~
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第四話(虹太編)楽しくないと、そんなのはただの音の羅列だ。

「いやー、椎名くん! 今日もいい演奏だったよ! また来月も頼むね!」

「こちらこそ、弾かせてくれてありがとうございます! 来月も、楽しみにしてますね~☆」


 一色隊に所属する青年、椎名虹太はこの日、とある一軒の楽器屋から出てきた。

 ピアノを得意とする彼は、月に一度、この楽器屋でミニコンサートを開かせてもらっているのだ。

 店としては客寄せになり、虹太としても自分の好きな音楽を、様々な人に聴いてもらえる。

 お互いの利害が一致し、今までこのコンサートは続いてきた。

 虹太は楽器屋だけではなく、他にも色々な場所で演奏をしていた。

 時には老人ホームで演歌や民謡を、時には保育園でアニメソングや童謡を奏でていた。

 しかし、彼は絶対に自分の演奏にお金を貰わない。

 腕は確かだが、全てボランティアで行っていることなのだ。

 人々はそれを不思議に思うが、彼はその理由を深く語らなかった。






 楽器屋からの帰り道、公園の前を通りかかると、楽しくサッカーをしている少年たちを羨ましそうに見つめる、一人の少年の姿があった。

 彼は寂しそうに、一人でベンチに座っている。


(あの子……)


 その少年に見覚えがあった虹太は、彼の方へ近付いていった。






「こんにちは! さっきは俺の演奏、聴きに来てくれてありがとね~☆」


 急に声をかけられた少年は、驚いて肩を震わせた。


「あっ、驚かせちゃったかな? ごめんごめん! さっき、近くの楽器屋さんで俺のピアノ聴いてくれてた子だよね? 違った?」

「ちが、わないです……」

「やっぱりそうだよね! 人違いじゃなくてよかった~」


 虹太は笑顔を見せると、少年と同じベンチに座った。

 虹太が彼のことを覚えていたのには、理由があった。

 一番後ろで、苦しそうな表情で自分の演奏を聴いていたのが、この少年だったからだ。


「俺の名前は椎名虹太! 君の名前はなんていうの?」

「あ、中条奏太です……」

「ソウタくんか! 俺はコウタだから、ちょっと似てるね~」

「はい……」


 奏太はそう答えると、再びサッカーをしている少年たちへと視線を向けた。


「……奏太くんも、一緒にサッカーやりたいの?」

「え……?」

「いや、熱心に見てるから、一緒にやりたいのかなーって」


 虹太の質問に、奏太は俯いてしまう。


「……でも僕、サッカーやったことないし。お母さんに、やっちゃダメだって言われてるから。僕は将来、立派なピアニストになるから、指を怪我するような遊びはしちゃいけないって……」

「そっかぁ。俺も、君くらいの年齢の時から、ピアニストになりたいって思ってたよ」

「お母さんがそう言ってるだけで、僕は別にピアニストになりたいわけじゃ……」


 奏太はそう言うと、悲しげな表情を浮かべた。


「……ピアノを弾くのは、楽しくない?」

「……最近はあんまり、楽しくないです。ここはもっとこうしなさい、あそこはああしなさいって言われてばかりだし。ピアノがあるから、みんなと一緒に遊べないし……」

「そっかぁ……」


(でも、ピアノ自体が嫌いなら、わざわざ楽器店に演奏なんて聴きに来ないよなー)


 虹太は、思い浮かべる。

 先程、自分の演奏を、苦しそうに、しかし最後まで聴いていた彼の姿を。






「すみませーん! ボール取ってくれませんかー?」


 そんな二人の足元に、サッカーボールが転がってきた。

 近くでサッカーをしている少年たちが使っている物のようだ。


「奏太くん、せっかくだから蹴ってみたら?」

「いや、僕は……」

「奏太くんが蹴らないなら、俺が蹴っちゃうよ……っと!」


 そう言うと、虹太はボールを蹴る。

 しかしそのボールは、少年たちのいる方向とは全く違う方向へ飛んでいってしまった。


「あっ、ごめんねー!」

「いえ、ありがとうございましたー!」


 少年たちは嫌な顔一つせず、飛んでいったボールを追いかける。


「……えへへ、俺、サッカーとか苦手なんだよね。小さい頃からピアノしかやってこなかったからさ。今更だけど、もっと体を動かす遊びをしておけばよかったって思うよ」


 虹太は苦笑した。


「ピアノを弾くのが、楽しくて仕方なくってさ。両親には、『子どもなんだからもっと外で遊べ!』って言われてたんだけど、そんなの聞かないで毎日ピアノばっかり弾いてたんだ」

「椎名さんは、ピアノを弾くの、楽しいんですね……」


 奏太は、再び悲しい表情で俯いてしまう。


「……ねぇ、奏太くん。来週もこの時間に、この公園に来れる?」

「えっ……」

「君と一緒に、行きたい場所があるんだ!」


 虹太の誘いに、奏太は戸惑っているようだ。

 無理もない。

 彼らは、今日が初対面なのだ。


「これ、俺の名刺、渡しておくね! 一応、怪しい者じゃないっていう証拠!」


 虹太は、自分の名刺を奏太の手に握らせる。


「気が向いたらでいいから、来てくれると嬉しいな! じゃあ、またね~」


 虹太は笑顔で手を振りながら、公園を出て行く。

 その場には、虹太の名刺を握りしめた奏太一人が残されたのだった。






 虹太は、帰り道に思う。


(奏太くんに、ピアノはこんなに楽しいんだよ~って教えてあげたい。俺のピアノで、彼の笑顔が見れたらなぁ。楽しくないと、そんなのはただの音の羅列だ。“音楽”じゃない……)


 そう考える虹太の表情は、先程までとは違い、どこか曇っていた。

 しかし、夕日に照らされ陰になった彼の表情に気付く者は、誰もいなかった――――――――――。

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