第四十八話 理玖と颯のパーティー任務①
(は、はやく終わってほしい……)
颯はそんなことを考えながら、本日の任務に就いていた。
いつも元気で真面目な颯が、このように考えるのには理由がある。
彼は現在、とあるパーティーの警護要員として会場にいた。
パーティー会場にはもちろん、たくさんの正装した女性がいる。
むせ返るような香水と化粧の香りが、彼の鼻を突くのだ。
女性が苦手な颯にとって、長居したいと思えるような場所ではなかった。
しかし、今宵この任務に就いている一色隊の隊員は自分のみ。
その責任感から、彼は何とかこの場に踏み止まっているのだ。
しばらくすると、司会の男が話しはじめた。
「皆様、長らくお待たせいたしました! これより本日のメインイベントへ移りたいと思います!」
観客たちは、一斉に拍手をする。
今日のパーティーは、著名な植物学者による花のお披露目会だ。
今まで、ヴァンの気候では育たなかった植物の栽培に成功したらしい。
「まずはこちらの花になります! ご覧ください! この鮮やかな色彩を! 元々はエルブでしか育たなかったこの花の栽培に、博士は成功なされたのです!」
舞台上に見たことのない色彩の花が登場し、貴族たちはどよめく。
しかし、颯はピンクと水色の花弁を持つその花に見覚えがあった。
(え……!? あれ、ベナムール……!?)
遠目だから確実とは言えないが、それは、理玖が庭で育てている花に酷似している。
(似てるけど、理玖さんが育ててるやつの方が花びらの色が濃くて綺麗だ……)
「次はこちらになります! この花はなんとも不思議な性質を持っておりますので、瞬きをせずにご覧ください!」
司会の男はそう言うと、わざと乱暴に花弁に触れ何枚かを散らした。
しかし、次の瞬間には新しい花弁が生え、先程と同じ枚数に戻っていたのだ。
この不思議な現象に、颯を含む観客たちは驚きを隠せない。
「この花も、本来はエルブでしか育たないものです! 防衛本能により、散った花弁はすぐに再生されます! そして、枯れるまで花びらの枚数を保ち続けるという花なのです! そんな神秘的な花を、博士はヴァンで栽培することに成功されました! この花たちが、皆様のお手に届くようになる日も近いでしょう!」
この言葉に、会場のボルテージは最高潮になった。
貴族たちは、珍しくて新しいものが好きなのだ。
「もっと近くでご覧になりたいという方も、おそらく多いと思われます! これからこの二種類の花を数か所に設置いたしますので、どうぞお近くで自由にご覧ください!」
司会の男の言葉を合図に、会場の数か所に花が設置された。
これからしばらくの間は、花を見るための歓談の時間のようだ。
(やっぱりこれ、ベナムールだよな……)
颯は人の波が引いた頃合を見計らって、花を見に行った。
それはやはり、自分が住む屋敷の庭に咲いている花と同じものだ。
(こっちの花も、庭で見たことある気がする……)
もう片方の花にも、見覚えがある。
(両方とも“博士”っていう人が栽培に成功したって言ってたけど、うちの庭にはずっと前から咲いてるんだから、理玖さんの方が先なんじゃないのかな? でも俺は花に詳しくないから、似てる花を見分けられないだけかもしれない……。……考えてもわかんないや! 理玖さんに連絡してみよう!)
颯は会場のホールを出ると、理玖に電話をかけた。
数回のコール音の後、不機嫌そうな声の理玖が電話に出る。
「……何。君、任務中じゃないの」
「あ、理玖さん! はい! 実は今就いてる任務で……」
颯は、先程までの経緯を説明した。
はじめは今にも電話を切りたそうな雰囲気を醸し出していた理玖も、話の内容に興味を持ったようで、最後まで颯の話を聞いていた。
「……というわけで、俺にはその花がほんとにベナムールなのかどうかわからないんですよ! この後博士のスピーチがあるらしいんですけど、栽培に成功したのが理玖さんの方が先なら教えてあげた方がいいですよね?」
「……写真、送って」
「写真ですか?」
「ああ。二種類ともね。写真を見ればわかると思うから」
「わかりました! すぐに送ります! 一回切りますね!」
颯は急いでホール内に戻ると、二種類の花をレンズに収める。
そして、すぐにそれをメールで理玖へと送った。
数十秒後、理玖から返信がある。
(“すぐに行く”って……えぇ!? っていうか、なんで……!?)
「皆様、ゆっくりと花をご覧いただけたでしょうか? それではこれより、博士のスピーチをはじめたいと思います!」
颯が困惑している間に、スピーチははじまってしまった。
「…………であるからして、今回の研究は…………」
博士のスピーチがはじまってしばらくすると、颯の携帯電話が震えた。
(理玖さんだ……!)
相手を確認すると、颯はホールを出る。
するとそこには、よほど急いできたのか珍しく汗をかき、息を弾ませている理玖の姿があった。
「……これ」
理玖はそう言うと、一つの袋を颯に渡す。
「これは……?」
「中に、僕が育てたベナムールとペタルドゥヴニールの鉢が入ってる」
「ペ、ペタ……?」
「……君がさっき電話で言ってた、花びらが再生される花のことだよ。君の話を聞くに、博士という男の研究は完璧じゃない。二つの花には、もっと美しいかたちがあるんだ。それなのに、中途半端な状態のものを“成功”と言って発表するなんて冗談じゃないよ。だから、僕が育てたものを持ってきたんだ。……じゃあ、後はよろしく」
理玖はそれだけ言うと、颯の前から立ち去ろうとする。
「え!? よろしくってどういうことですか!?」
「……花は渡したんだ。後は、君がどうにかしてよ」
「それってもしかして、博士のスピーチを止めて、こっちの花の方が綺麗だってことをみんなにわかってもらうってことですか?」
「……簡単に言うと、そうなるね」
「それなら理玖さん、一緒に行きましょうよ!」
「……嫌だ。僕は、人の多い所は嫌いなんだ」
パーティー会場のような人が多くて賑やかな場所が、理玖は苦手だった。
任務ならともかく、今はプライベートの時間を使って来ている。
人に揉まれることなど、彼には耐えられないのだろう。
「ベナムールは見ればわかるけど、こっちのペタなんとかが博士の花とどう違うのか、俺にはわからないですし!」
「それなら今から説明するから……」
「それに、俺よりも理玖さんの方が、この花の魅力をみんな伝えられます!」
「………………………………!」
理玖は、自分を見つめるあまりにもまっすぐな颯の視線に、一瞬言葉を失ってしまった。
「じゃあ、行きましょう!」
「あ、ちょっ……」
その瞬間を逃さずに颯は理玖の手をとり、ホール内に引き込むことに成功したのだった。
会場の中では、博士のスピーチが続いている。
「……花についての説明は僕がする。だけど、彼を止めるのはやらないから」
「それは任せてください! 俺に、いい考えがあるんです!」
(いい考えって……。嫌な予感しかしないんだけど……)
理玖は、自分の悪い予感が当たらないことを祈った。
しかし、そんな彼の思いなど知らず、颯は大きく息を吸い込む。
(やっぱり……!)
「みなさん、聞いてくださーい!」
そして、マイクを使って話している博士よりも大きな声で叫んだのだった――――――――――。




