第四十話(透花編)あなたの演奏なら楽器が何だろうと好きだけれど。
別の休日、透花がサロンの前を通りかかると、いつもとは違う楽器の音が聴こえてきた。
この部屋を使うのは、虹太しかいない。
不思議に思い、透花は中の様子を覗く。
するとそこには、エレクトーンに向かう虹太の姿があった。
透花は、サロンの扉を開けて中に入っていく。
「虹太くん、楽しそうなことしているね。それ、どうしたの?」
「あっ、透花さん。なんか別の楽器をやってみたいな~と思って買っちゃった☆ 早速弾いてみてるんだけど、ピアノとは違った味わいがあって面白いね!」
「じゃあ、早速一曲リクエストしてもいい?」
「……まだ慣れてないから、ピアノとそんなに変わらない演奏しかできないと思うよ? 音が電子的だってことくらいしか、違いが出せないかも……」
「それでもいいよ。私が、虹太くんの演奏を聴きたいだけだし」
「……そこまで言ってもらえるなら、俺、頑張っちゃおっかな!」
透花の言葉に気をよくした虹太は、鍵盤に指を滑らせるのだった。
演奏の途中で、湊人がサロンに入ってきた。
虹太は集中していて、気付かないようだ。
「珍しいね。湊人くんがここに来るなんて」
自分の隣までやって来た湊人に、透花は小声で声をかける。
「いつもと違う音が聴こえてきたから、つい気になってね。……いつものピアノの音より、僕はこっちの方が好きだなぁ。電子的で、聴いてて落ち着くよ」
それに対し、湊人も小声で返事をした。
それ以降二人が口を開くことはなく、虹太の演奏に聞き入るのだった―――――。
演奏が終わると、二人は虹太に惜しみない拍手を送る。
まだ慣れていないとはいえ、素晴らしい演奏だった。
「ありがと~☆ ……って、湊人くんいつからいたの!?」
「途中からだよ。ドアを開けて入ってきたのに、全然気付かなかったのかい?」
「うん、全然気付かなかったー。俺、弾いてる時ってめちゃくちゃ集中してるから、毎回気付かないんだよね」
「……私はいつか、演奏中に虹太くんが誰かに襲われたりしないか心配だよ」
「確かに。背後に人が忍び寄っても、気付かないだろうからね。そのままぐさっと……」
「ちょっ、二人とも怖いこと言うのやめて! 襲われる以前に、俺、人の恨み買うようなことしてないから!」
虹太は焦ったように言う。
「……それにしてもエレクトーンって、もっと色々な音が出る楽器じゃなかったっけ?」
虹太の演奏を聴きながら、湊人は疑問に思っていたのだ。
「うん。ほんとはそうなんだけどね~……俺、設定とか全然わかんないし。これから説明書読んで、挑戦してみるよ。難しそうで、やる前から心折れてるんだけど……」
「それなら、僕が一緒にやってあげようか?」
「え、いいの!?」
「うん。僕がこういうの得意なのは、知ってるでしょ?」
「わーい! ありがとう、湊人くん! あ、でもさ……」
「どうしたの?」
「俺今、エレクトーン買ったばっかりでお金ないし……」
虹太がこんなことを言うのには訳があった。
理玖が以前、大吾と日菜子の結婚式のために湊人に情報収集を依頼した時に、報酬を求められていたのを覚えているだろうか。
湊人は仕事において、損得勘定抜きには動かない男だった。
隊長である透花の頼みは無償で聞くが、それ以外の者に仕事を頼まれた時は引き受けるものの、間違いなく有償だ。
「……あぁ、もしかして理玖さんの件を聞いて、自分も何か対価を支払わないといけないと思ってるのかな?」
「うん」
湊人の問い掛けに、虹太は素直に頷く。
「これは仕事じゃなくて、プライベートでしょ? 見返りなんて求めないから安心して。理玖さんの時は、僕の情報収集能力を使わないといけなかったから、仕事として受けたんだ。彼もはじめからそのつもりで僕のところに来たみたいだったしね」
「なーんだ! そうだったんだ!」
虹太は、安心したように息を吐いた。
「そうだよ。仕事とプライベートは別。子どもたちや君にプティモンの修業をした時だって、別に見返りなんて求めなかったでしょ?」
「そういえばそうだったね! じゃあ、お願いしようかな☆」
話は、うまくまとまったようだ。
「見返りってわけじゃないんだけど、設定が終わって色々な音が出せるようになったら、エレクトーンで演奏した曲をCDに入れて、僕にくれないかな? この楽器の音が、すごく気に入ったんだ」
湊人の言葉に、虹太は目を輝かせながら喜ぶ。
「湊人くんがそんなこと言ってくれるなんて、嬉しいけど一体どうしたの!? 今まで、俺の演奏に全然興味なかったじゃん!」
「いや、虹太くんの演奏はすごいっていつも思ってるよ。だけど僕は、ピアノの音があんまり好きじゃないみたい。エレクトーンみたいな電子音の方が、聴いてて落ち着くっていうか……」
「湊人くんは、いつも何かしらの電子機器に向かっているからね。ピアノよりもエレクトーンの方が落ち着くっていうの、なんかわかる気がするな」
ここまで二人のやり取りを見守っていた透花が、会話に入ってきた。
「まぁ私は、虹太くんの演奏なら、楽器が何だろうと好きだけれど」
極上の笑顔と、虹太への褒め言葉も忘れずに。
「………………………………! 透花さん! 俺、ピアノもエレクトーンもがんばる! ほら、湊人くん! はやくやろうよー!」
透花の言葉に気をよくした虹太は、見たこともないようなスピードでエレクトーンへ向かっていった。
「……あなたって本当に、人をやる気にさせるのがうまいよねぇ」
「そんな、人聞きの悪いこと言わないでほしいな。全部本心なのだから。湊人くんの仕事ぶりにも、いつも助けられていると思っているよ」
「そうなの? じゃあ、その言葉は素直に受け取っておくよ」
「うん。そうして。……ほら、虹太くんが呼んでいるよ。湊人くんが行くまで呼び続けると思うから、はやく行ってあげて」
「みーなーとーくーん!」
「……そうだね。虹太くん、ちょっと待って。すぐに行くから。」
エレクトーンの設定をはじめた二人を視界に収めると、透花は一人でサロンを出た。
(あ、私にもエレクトーンのCD作ってってお願いするの忘れちゃった……。まぁ、虹太くんなら頼まなくても作ってくれるかな)
CDの完成を待ち切れないとでもいうように、透花は微笑みを浮かべた。
(さて、これからどうしようかなー。……あ、この声は)
透花は、声がした方へと歩いていく。
彼女はその後、誰と休日を過ごしたのだろうか――――――――――。




