第三十九話(透花編)……無茶するなぁ。
別の休日、透花は心と一緒に屋敷の庭でユズと遊んでいた。
淑乃が老人会の旅行で留守のため、また彼を預かることになったのだった。
心はこの間作ったクッキーを持っているが、ユズを驚かせようと思い荷物の中に隠している。
途中で渡そうと思っているのだが、ソワソワしておりどう見ても様子がおかしかった。
(……シン、今日はなんか変だな。腹でも痛いのか?)
「そんなことないよ……。大丈夫、気にしないで……」
(……? そうか? それならいいんだけどさ!)
明らかに不審な様子だが、ユズ相手ならば誤魔化せたようだ。
心は、そっとため息を一つ吐く。
透花はそんな二人を、優しげな微笑みで見守っていた。
(ふー、今日もたくさん遊んだぜ!)
遊びが一段落したところで、心はユズに声をかけた。
「ユズ、お腹空かない……?」
(そうだな! たくさん走ったから、空いた気がするな! 今から夕飯が楽しみだぜ!)
「僕、おやつ持ってるんだ……。食べない……?」
(おやつ!? 食べる食べる!)
ユズは尻尾をはち切れんほどの勢いで振り、喜びを表す。
心はクッキーを取り出すと、それを自分の掌に乗せてユズに差し出した。
一枚のクッキーを砕いて、更に小さくしているようだ。
「……透花さんと晴久さんと一緒に作ったんだよ」
(シンが作ってくれたのか!? すごいな! ・・・うん、うまいぜ! トウカもありがとな!)
ユズは、透花に向かって一回だけ吠えた。
「……ありがとうだって」
「喜んでもらえてよかった! あとでハルくんにも伝えておくね」
透花は優しく、ユズを撫でた。
その後も、遊んではおやつを食べ、ユズは順調にクッキーを消費していくのだった。
残りのおやつも少なくなった頃、理玖が花の手入れをするために庭に出てきた。
すぐに理玖の匂いに気付いたユズは、彼に駆け寄っていく。
理玖がユズの顎あたりを優しく撫でると、彼は気持ちよさそうに目を細めた。
ここでユズは、何かを思いついたようだ。
理玖に向かって一度だけ吠えると、そのまま心と透花のところへ戻っていく。
「……理玖さん、ユズが、こっちに来てほしいって」
ユズの意図がわからずその場に立ち尽くしていた理玖に、心が声をかけた。
理玖が三人のもとへ向かうと、ユズはおやつを見ながら吠え、心に何かを伝えていた。
(残りのおやつは、みんなで一緒に食べようぜ!)
「……いいの? これ全部、ユズが食べていいんだよ」
(俺はもう充分食べたからな! それに、みんなで食べた方がうまいと思うんだ!)
「……わかった」
心は、残っていたクッキーを透花と理玖に差し出した。
「……ユズからお裾分け。みんなで食べた方がおいしいから、くれるって」
「ユズは優しいね」
「………………………………」
「……はい。残りはユズのだよ」
三人が取り終えた残りを、心はユズに渡した。
ユズと心、そして透花はすぐにそれを口にする。
(うん! やっぱり、みんなと一緒に食べるおやつは格別だぜ!)
「……さつまいもの甘さがほんのりして、おいしい」
「そうだね。……あっ、理玖! そういえばこれには卵が……」
“入っている”と言いたかった透花の言葉を聞く前に、理玖はクッキーを口にした。
ゆっくりと咀嚼すると、それを飲み込む。
「……うん、おいしいね。ありがとう」
そして、再びユズを撫でる。
理玖の言葉に、ユズはどこか満足そうな表情を浮かべていた。
「……じゃあ僕は、庭の手入れがあるから」
理玖はそう言うと、覚束ない足元でその場を去っていく。
「……心くん、ユズ、少しの間二人で遊んでいてくれる? やらなければならない仕事を思い出したから、すぐに終わらせて戻ってくるね」
「……わかった。行ってらっしゃい……」
(トウカはいつも忙しそうだな。戻ってきたら、フリスビーで遊んでくれよな!)
二人に見送られながら、透花は理玖の後を追ったのだった。
理玖は、庭の心とユズからは見えない場所でうずくまっていた。
彼を見つけた透花は、優しく背中をさする。
「……無茶するなぁ」
「うるさい……」
卵入りのクッキーを食べ、気分が悪くなってしまったようだ。
「あんな嬉しそうな顔されたら、断れないだろう……」
「……確かに、そうだよね」
透花は、先程のユズの顔を思い浮かべる。
みんなでおやつを食べられることへの期待で、彼の表情は輝いていた。
「……辛いのなら、吐いてくれば?」
「言われなくてもそうするよ……」
理玖は、ふらつきながら立ち上がる。
「一緒に行こうか?」
「……吐いてるところなんて、人に見られたくないんだけど」
「……それもそうだよね。じゃあ理玖、気を付けてね」
透花の言葉に答えずに、理玖は屋敷の中に入っていく。
彼が屋敷内に入ったのを見届けると、透花も心とユズのもとへ戻っていった。
人間相手ならば言いたいことを言えるのに、動物相手になると途端に言えなくなってしまう、不器用で優しい彼の身を案じながら――――――――――。




