第三話 一色隊のお花見任務③
日も沈み、宴も終わりを迎えることとなった。
「一色殿を筆頭に、本日の一色隊の働きは素晴らしいものであった! 褒美をつかわすぞ! 欲しいものがあれば、なんなりと言ってくだされ!」
「お褒めの言葉、ありがとうございます……では、このような願い、聞いていただくことは可能でしょうか?」
透花の言葉に、王は驚いた様子を見せる。
「そ、そんなもので本当によいのですか? もっとこう、金銀や財宝など……」
「王様、お気遣い感謝いたします。ですが、これが私たちの今日の働きに対する、何よりの褒美になると思うのです」
透花の笑顔に、王は負けたようだ。
「……一色殿がそこまで言うのなら、わしはそれで構わぬ。ですが、せめて準備などはこちらにさせていただけないか?」
「そこまでしていただけるなんて、感激です」
「いや、それほど今日の一色隊の働きは素晴らしいものでした。わしは一足先に王宮に戻るが……この者を、一色殿の供につけよう。必要なものがあれば、この者に言ってくだされ。なんでも用意いたしましょう」
「王様、本当にありがとうございます。今後も精進してまいりますので、よろしくお願いいたします」
そう言い、跪き頭を下げた透花を見て、王は晴れやかな表情で王宮へと戻っていった。
透花は王からの褒美について伝えるために、王の側近とともに自分の隊の隊員たちの所へ向かう。
そして、宴の片付けをしている彼らに声をかけた。
「みんなー! ご苦労様! みんなの今日の働きが素晴らしかったので、王様から褒美として、この後園庭を貸し切る権利をいただいたよー!」
透花の声に、隊員たちが集まって来た。
「隊長も、お疲れ様です」
「僕たちの働きが認められて褒美をいただけるなんて、とても光栄なことだね」
「この庭を借りれるってことは、俺たちもお花見していいってこと!?」
「でも、もう夜だぜ?」
「……別に夜でも、花見はできるだろう」
「よ、夜桜も、とても綺麗だと思いますよ」
「ゆっくり桜を見れてなかったので嬉しいです!」
「……お腹すいた」
反応は様々ではあるが、概ね喜んでいる隊員たちを見て透花はほっとした。
(お花見よりも、お金や宝石がいいなんて言われなくてよかった)
「それで、必要な食料や飲み物を王様が用意してくださるのだけれど、何か欲しいものはある?」
透花がそう言ったところで、花見を終えて帰ろうとしていた一人の男が声をかけてきた。
「おっ、さっきの兄ちゃんたちじゃねーか。なんだ、これから花見か?」
「あ、あなたはさっきの……」
その男は、昼に理玖と晴久が介抱した者だった。
「今日は世話になったな。これ、よかったら貰ってくんねーか? ついつい買い過ぎて、余らせちまってよ……」
男はそう言いながら、結構な量の酒を差し出す。
「こんなにたくさんのお酒……い、いただいてしまって本当にいいんですか?」
「……くれるって言ってるんだから、貰えばいいだろう。この男の手元に残して、またあんな風に酔われたらたまったもんじゃないからね」
そう言うと、理玖は男から酒を受け取った。
「貰ってくれてありがとな! じゃあ兄ちゃんたち、花見楽しめよー!」
男は昼間とは打って変わって元気な様子で、手を振りながら去っていった。
その様子を見ていたのか、今日一色隊に助けられた人々が、食べ物や飲み物を片手にどんどん集まって来た。
「今日は本当に助かったよ! これ、うちの肉屋自慢の商品なんだ! 味には自信があるよ!」
「さっきはありがとうございました! これ、少ないですけど差し入れの飲み物です! 隊の皆さんで飲んでください!」
「あっ、おにいちゃんたちだ! おにいちゃん、あめあげるー!」
彼らに物を渡す者は絶えず、あっという間に軽く宴が出来るくらいの食べ物や飲み物が集まってしまった。
透花はその様子を静かに見守ると、横にいた王の側近に伝える。
「せっかく一緒に来ていただいたのに、申し訳ありません。何も用意していただかなくて、大丈夫のようです」
側近はその言葉を聞くと、王宮へと戻って行った。
「透花さん! 何からいく? 食べ物も飲み物も、選り取り見取りだよ!」
「虹太くん、ありがとう。じゃあまずは、お酒を貰おうかな。夜桜を見ながらお酒を飲むなんて風流なこと、なかなかできないし」
「……透花さん、これおいしいよ。あげる」
「心くん、ありがとう……んー、本当においしいね! さすがお肉屋さんのコロッケ!」
「……これうめー! 食うか? 食うならよそるけど」
「蒼一朗さん、ありがとう……んー、この肉巻きおにぎり、絶品! 王様が出してくれた料理も全部おいしかったんだけど、オシャレすぎて、イマイチお腹にたまらないものが多かったんだよね。こういうの、今日ずっと食べたかった!」
「隊長、今日一日、本当にお疲れ様でした。春とはいえ、夜はまだ冷えます。どうぞ、こちらをお使いください」
「柊平さん、ありがとう。このストール、とても温かいね」
「……君、今日は結構飲んだんじゃないか。一応、薬を渡しておくよ」
「理玖、ありがとう。気分が悪くなりそうだったら、すぐに飲むね」
「と、透花さん。これ、よかったらどうぞ。僕が作ってきたものなんですけど……」
「ハルくん、ありがとう。わぁー、かわいい! 桜色のクッキーだ! ……それに、とってもおいしいよ!」
「透花さん、はい、おしぼりどうぞ。皿も、そろそろ取り替える? 新しいものがあるよ」
「湊人くん、ありがとう。相変わらず、細かいところまで気がつくね」
透花は、みんなの会話の輪に入らず、ただ笑顔でその光景を見ている颯に気付き、声をかけた。
「颯くん、どうしたの?」
「こういうの、すごく楽しいなって思って!」
颯はそう言うと、キラキラと輝く笑顔を透花に向ける。
透花は、改めて思った。
(国民の方々が善意でくれたもので、信頼できる仲間たちと一緒に楽しむことができる。それってものすごく――――――)
「あたたかい、なぁ……」
透花の呟きは、誰の耳にも届くことはなく、桜の花びらの合間に溶けていった。
若く美しい、不思議な少女が治めるこの隊は、これからどうなっていくのか。
それを知る者は、きっと、この世にはいないのだろう――――――――――。