第三十七話(透花編)素敵な考えだね。
別の休日、透花はキッチンで晴久と一緒に過ごしていた。
一緒に、クッキーを作ることにしたのだ。
「クッキーの生地は冷凍できますし、いろいろアレンジもききます。透花さんが手伝ってくださるなら、たくさん作ってもよろしいでしょうか……?」
「うん、もちろん! しばらくは心くんがおやつで困らないくらい、たくさん作っておこう!」
「ふふっ、そうですね。心くんは、たくさん食べますから」
「あっ、噂をすれば……」
野生の勘で、食べ物の匂いを嗅ぎつけたのだろうか。
タイミングよく、心がキッチンへとやって来た。
「心くん、いらっしゃい」
「今日のおやつは今から準備するので、待っててくださいね」
「………………………………」
心はそのまま踵を返すと、何もせずにキッチンから出ていってしまった。
「ど、どうしたんでしょう……?」
「飲み物でも取りに来たのかと思ったのに、違ったのかな?」
心の行動の意図がわからない二人は首を傾げながらも、作業に取り掛かるのだった。
心はすぐに戻ってきた。
エプロンに身を包み、頭には三角巾を巻いた状態で。
「心くん、その格好は……」
「もしかして、一緒に作りたいってことかな?」
心はこくりと頷いた。
いつもは食べる専門だが、今日は手伝ってみたくなったらしい。
作る工程から関われば、自分の食べたい味にできるという思惑もあるようだが。
心が頷いたのを見て、透花と晴久は笑顔になる。
「うん! 一緒にやろう!」
「じゃあまずは、手を洗ってくださいね」
こうして、三人でのクッキー作りが始まった。
心は今、一心不乱に小麦粉を振るっている。
弓道部に所属しているおかげか、一つのことに集中するという行為は得意だった。
そんな心に、晴久が声をかけた。
「心くん、クッキーの生地に入れたいものはありますか?」
心は、目の前の小麦粉から目を離さずに答える。
「はちみつ、チョコチップ、くるみ、ココア、抹茶、紅茶、コーヒー、キャラメル、レモン、バナナ、さつまいも、かぼちゃ……」
「ご、ごめんなさい心くん。覚えきれません……」
普段は人の話を遮ることなどしない晴久でも、こうするしかなかった。
一度止めなければ、心はまだまだ言い続けるだろう。
「ハルくん、心くん。今やっている作業が終わったら、二人で入れたい材料取りに行っておいでよ。心くんが言ったものでも今ストックがないものや、逆に、入れようとは思ってなかったけれど入れたくなるものもあるかもしれないし」
困っている晴久に、透花が助け舟を出す。
透花の言葉に、心は頷いた。
「わかりました。そうしましょう。透花さんは、何か入れたいものありますか?」
「私はチョコチップが入っていると嬉しいかな。あとは紅茶!」
「その二つはストックがあったと思うので、お持ちしますね。……心くん、行けますか?」
心の作業が終わったのを見計らって、晴久は声をかけた。
心は再び頷く。
こうして二人は、材料を取りに連れ立って行った。
その後もクッキー作りは、終始和やかな雰囲気で行われたのだった。
無事に生地作りは終わり、今日食べる分以外は冷凍庫へ入れられた。
今は、今日のおやつの分のレモンクッキーを様々な型で抜いているところだ。
心はある型を手にしながら、晴久に声をかける。
「……晴久さん」
「はい。なんでしょうか?」
「……犬も食べられるクッキーって、ある?」
心が手にしていたのは、犬の形をした型だった。
「ありますよ。ですが、今僕たちが作ったような生地は、糖分や塩分が多くて犬には食べさせられません。犬用なら、もっと違う材料にしないと……」
「心くん、もしかしてユズにあげたいの?」
透花の問いかけに、心は頷く。
「……ユズ、透花さんと晴久さんに会いたがってたから。一緒に作ったって言って渡せば、喜ぶかなと思って……」
「素敵な考えだね」
「はい。僕もそう思います。じゃあ、ユズくん用の生地も一枚作りましょう。今ある材料でできると思いますよ」
ほのぼのとした空気で、クッキー作りは続いていく。
結局この日のおやつはレモンクッキーだけでは心の胃が満たされず、急遽紅茶クッキーの生地も焼くことになったのだった。
心がユズにクッキーを渡しに行くのは、また別のお話で――――――――――。




