第三十六話(透花編)男の子でも、似合えばネイルしてもいいよね。
とある休日、透花は颯の部屋で過ごしていた。
ネイリスト並の技術を持つ彼に、爪を華やかに彩る方法を教えてもらっているのだ。
「……こんな感じです!」
「ありがとう、颯くん。自分の爪をお手本にして説明してもらえたから、とてもわかりやすかったよ」
透花の爪には、上品なピンク色のマニキュアでグラデーションが描かれていた。
「せっかく教えてもらったのだから、誰かに試してみたいな」
透花はそう言うと、颯に視線を送る。
彼女の視線に気付いた颯は、慌てて言葉を紡いだ。
「お、俺ですか!? 人にやるのは大好きだけど、自分がやられるのはちょっと……」
「そうだよね。颯くん、男の子だものね。美海ちゃん、今日は家にいたかな? 探してきて、お願いしようかな……」
透花がここまで言ったところで、部屋のドアがけたたましく開かれた。
「颯くーん、いる!? また髪の毛が……」
犯人は、髪の毛がボサボサの虹太だった。
どうやら、いつものように颯に髪のセットを頼みに来たらしい。
「颯くん。男の子でも、不自然じゃない人ならネイルしてもいいよね」
「はい! 俺もそう思います! 不自然どころか、めちゃくちゃ似合いそうですし!」
二人の会話の内容を理解できない虹太は、頭に疑問符を浮かべていた。
「虹太さん! 髪の毛直すから、ここに座ってください!」
「そして、私の方に手を出してくださーい」
「ありがとう! っていうか、透花さんどうしたの? 手を出せって……」
「「いいからいいから!」」
虹太は、半ば無理やり椅子に座らせられてしまった。
虹太は現在、髪の毛を颯にセットされながら、透花によって爪にオレンジ色のマニキュアを塗られている。
二人は手を動かしながら、これまでの経緯を説明した。
「なーんだ、そういうことか! いきなり手を出せって言われたから、びっくりしちゃったよ~」
「大事な手だものね。初めてだからそこまで綺麗に出来ないと思うし、気に入らなかったらすぐにおとしちゃっていいからね。視界に入っても邪魔にならない程度の仕上げにはしたいけど……」
「ねぇねぇ、透花さん! ピアニストらしくさ、こう、音符とか描いてよ!」
「初めてだから無理だってばー! グラデーションを描くだけでもこんなに手が震えるのだから……」
「じゃあ、仕上げは俺がやりますよ! 音符とかト音記号とか描けば、ピアニストっぽくなりますかね?」
「わーい! 颯くんありがと!」
こうして虹太の爪は、着々と整えられていった。
透花が塗ったグラデーションに、颯が筆でデザインを入れた。
「初めてにしては、結構うまくできた気がする……!」
「はい! 透花さん、上手ですよ! 俺も、綺麗に描けた気がします!」
「透花さんも颯くんもありがと! キラキラですっごいかわいい! どう!? 似合う、似合う!?」
虹太は、仕上がりに大変満足のようだ。
爪を見せながら、二人に聞く。
「はい! 虹太さん、めちゃめちゃ似合ってますよ!」
「デザイン的には女の子がするものなのだろうけど、全然違和感ないよ! とっても似合っている!」
「やったー! せっかくかわいくしてもらったんだし、みんなにも自慢してこよっと☆ 二人とも、ありがとね~!」
虹太は、来た時と同じように慌ただしく部屋を出ていった。
早速他の隊員たちに見せたものの、反応は散々なものばかりだった。
「……あまり個人のことに口出ししたくはないが、チャラチャラしすぎだと私は思う」
真面目な柊平ならば、こう言うのは仕方ないだろう。
「男がネイルとか、よくやるよな……。俺だったら絶対勘弁だけど」
男らしい蒼一朗からすると、男性がネイルをするということが信じられないようだ。
「……おいしそう」
虹太の爪を見て食べ物を連想した心は、出そうになった涎をすする。
「………………………………」
理玖は、感想すらくれない。
「とても似合ってると思うよ。それはもう、こっちがひくぐらいにね」
笑顔で湊人から放たれた言葉は、どこか棘があるものだった。
素直に褒めてくれる人は、誰一人としていないようだ。
「うぅ、誰も褒めてくれない……」
「ぼ、僕はとても素敵だと思いますよ。色もデザインも、虹太さんに似合ってますし」
「……ハルくん、マジ天使!」
虹太は、最後に晴久のもとを訪れて心からよかったと感じた。
彼の言葉で、失くしていた自信を取り戻したようだ。
「ハルくんも褒めてくれたし、俺も気に入ってるし、しばらくはこのままで外の演奏にも行こうっと☆」
しかし、ピアニストにとって爪の具合は命と言ってもいいものだ。
少しでも爪が伸びると気になってしまう虹太は、すぐにこのネイルを落とすことになった。
その姿があまりにも悲しそうだったので、透花は虹太のために、マニキュアなどを使わずにできる爪の手入れを颯に教わろうと思ったのだった。