第三十五話(柊平編)……では、たこわさと豚の角煮を。
「そこの黒の車、危険な運転です。ゆっくりと車を路肩に寄せ、停まってください」
透花は追走しながら、拡声器を使って呼びかけた。
しかし、黒い車が彼女の声に従う気配はない。
「……無視しているというよりは、聞こえていない感じかな」
「……飲酒運転でしょうか」
「その可能性は高いと思う。早く車を停めさせないと、大事故に繋がるかも……しょうがない。ちょっと手荒になるけど、乗り込んで停めてくるよ。柊平さん、もう少しあの車に近付いてもらえる? 蛇行運転をしているから、そこまで至近距離じゃなくて大丈夫だから」
「了解いたしました。……隊長、くれぐれもお気をつけて」
「ありがとう。せっかくの休日だし、さくっと終わらせて屋敷に帰ろう!」
「……はい」
返事をするのと同時に、柊平はスピードを少しだけ上げた。
お互いの車間が二十メートルほどになったところで、透花はドアを開けて飛び出した。
そのまま、前の車に飛び移る。
(いつ見ても、なんと軽やかな動きなのだろうか……)
風に乗った彼女の体は、地面に叩き付けられることなく無事に黒い車の屋根に着地した。
「こんにちは、軍の人間です。あなたたちの運転が危険なので、停めに来ました。」
そのまま、開いていた窓から車内へと侵入する。
車内には、運転席に一人、後部座席に二人の男たちが乗っていた。
アルコールの匂いも漂ってくる。
「ひっ!」
「お、女!?」
「な、なんだお前!?」
急な窓からの侵入者に、車に乗っていた男たちは驚きを隠せない。
「このまま、安全な所に車を停めさせてもらいます。……ちょっと失礼しますね」
透花は片手で、運転していた男を後部座席に向けて押した。
男の体はまるで重さがなくなったように、後部座席に収まっていく。
運転席が空いたので、透花はシートに座りハンドルを握った。
徐々にスピードを緩め、路肩に車を駐車する。
高速道路にも関わらず一人の少女が窓から侵入してきたこと、その少女は軍服を着ていること、大の男が片手で追いやられてしまったことなどが一気に起こった男たちは、ただただ混乱していた。
しかし、酩酊状態にある彼らは状況が読み込めず、ボーっとしていることしかできなかった。
少し遅れて、同じように路肩に自分の車を停めた柊平がやって来た。
透花は男たちの車から降り、彼に話しかける。
「……彼らの顔、すごく見覚えがあるんだよね」
透花は苦笑を浮かべながら言う。
それは、窓から男たちを覗き込んだ柊平にも、見覚えのある顔だった。
「……はい。私も、よく覚えています。昨日、隊長に声をかけた輩ですね」
男たちは、前日の夜に祭り会場で透花に絡んでいた者たちだったのだ。
「随分アルコールが入っているみたい。計測器で測ってみたけど、基準値を遥かに上回っていたよ」
「……もしかして、昨日の夜から一睡もせずに飲み明かしていたのでしょうか?」
「その可能性は大いにあると思うな。近くの交通課に連絡したら、すぐに現場に向かうからそれまで保護していてくれって」
透花の言葉を聞いて、柊平の目つきが変わった。
「……それまでは、こちらの自由にしてもいいという解釈でよろしいでしょうか?」
「……うん、柊平さんにお任せするよ」
そんな彼の様子を見て、透花は困ったような笑みを浮かべる。
(スイッチ、入っちゃったかな……?)
柊平は男たちの車の助手席に乗り込むと、冷たい声で言い放つ。
「……お前たち、いつから酒を飲んでいた」
「昨日の夜から朝まで、ず~っとだよ!」
「あのいい女が付き合ってくれれば、もっと美味い酒が飲めたのによぉ!」
「なんかお前、どっかで見たような面だなぁ……?」
柊平の言葉はなんとか届いているが、男たちは事の重大さがよく分かっていないようだ。
飲酒運転の事実を隠そうともしない。
「……寝ずに飲酒にふけり、そのままの状態で運転していたということか」
「べっつにいいじゃねーかよ!」
「事故を起こしたわけでもねーし!」
「俺らがお前に、なんの迷惑をかけたっつうんだよ!? あぁ!?」
男たちは、勢いよく啖呵を切る。
酩酊状態の男たちには、軍の人間に捕まって尋問されているということがわからないのだ。
車に乗り込んできた女と目の前の男が、昨夜のカップルと同一人物だということにも気付いていないらしい。
「お前たち……いい加減にしろ!!」
それまでボリュームを抑えていた柊平の声が、急に大きくなった。
「……私が、飲酒運転の危険さを嫌というほど叩き込んでやる。心して聞け。飲酒運転というのはな……」
ぽかんとする男たちを気にも留めず、柊平は説教をはじめてしまった。
それまでは静かに彼らの様子を見守っていた透花だったが、柊平の様子を見て彼の車に戻る。
(後は柊平さんに任せておけば大丈夫そう。だけど、あの状態になると長いし……この間に、私は報告書でも完成させちゃおうかな)
柊平は酒と車が好きなので、それに対するルールを守れない輩がどうしても許せない性質だった。
そういう者たちを見かけると、いつものクールな態度から豹変し、見境なく説教をはじめてしまうのだ。
透花は彼らの様子を気にする様子もなく、黙々と報告書を書き上げていった。
透花が昨夜の任務に関しての報告書を書き終えたところで、先程連絡した交通課の軍人たちがやって来た。
透花は車から降りると、彼らに敬礼をする。
「お疲れ様です。違反者なら、前の車に乗っています。私の部下がこってりしぼっていますので、二度と飲酒運転はしないと思いますよ」
透花は男たちの車に近付いていくと、柊平に声をかけた。
車の中からは、いまだに柊平の説教をする声が聞こえている。
「柊平さん、そろそろ終わりにしよう。飲酒運転の危険さは、充分彼らに伝わったよ。交通課の方々も到着されたし。私たちの仕事は、ここでおしまい」
透花は次に、男たちと目線を合わせてから話し出す。
「彼の話を聞いて、飲酒運転の危険さはわかってもらえましたか?」
男たちはコクコクと頷いた。
元々、素直な性格だったのかもしれない。
柊平の話を聞いて、その恐ろしさが身に染みたようだ。
「これからあなたたちには、近くの軍の交通課に行ってもらいます。その後は、この国の法律によって罰せられることになるでしょう。あなたたちは、それだけのことをしたのです。これに懲りたら、二度と飲酒運転などしないように」
透花は、凛とした態度で言い放つ。
「「「は、はい……」」」
男たちの返事を聞いて、透花は満足気に微笑んだのだった。
男たちを交通課の面々に引き渡した二人は、再び柊平の車に乗り屋敷を目指している。
「結局あの人たち、私と柊平さんに昨日会っていたことに気付かなかったね」
「そうですね。……私はともかく、隊長は軍服と私服だと全く雰囲気が違いますので仕方ない気はしますが」
「えー、そうかな? 自分ではそうは思わないのだけれど。……それにしても、ごめんね柊平さん。」
「……何がでしょうか?」
透花が申し訳なさそうに謝る意味が、柊平にはわからなかったのだ。
「せっかくのお休みだったのに、結局は仕事させてしまったし。屋敷に戻るのも、予定より遅くなってしまって……」
「……お気になさらず。あのような輩を放っておくことはできません。それに元々、私は仕事が好きですし」
「そうは言われても、私としては責任感じるんだよなぁ……。あっ、そうだ! 実はこの間、いい清酒を手に入れたんだ。それ、柊平さんにあげるよ。今日はそれで、一人でゆっくり晩酌でもしたらどうかな? あ、でも明日は仕事だから今日は飲まないか……」
どうやら透花は、柊平の休日を潰してしまったことによほど責任を感じているらしい。
彼女にしては珍しく、考え込んでしまった。
そんな透花の様子を見て、柊平の脳裏にある考えが浮かぶ。
「……隊長。その酒、本当にいただいてもよろしいんですか?」
「うん! もちろん! 別に、今日飲まなくてもいいものね」
「……いえ、ぜひ今日いただきたいと思っています。隊長や、他の皆がよければ一緒に……」
柊平の言い方に、透花はピンときた。
柊平は、皆で宴会をしたいと言っているのだ。
「いいねー! ちょうど今日は、未成年組がいないものね! たまには大人組だけで楽しんじゃおう!」
柊平の提案に、透花は乗った。
未成年である颯と心は学校の勉強合宿のため、大和と美海は学校主催のお泊まり会で家を空けていた。
今日は屋敷に、成人しているメンバーしかいないのだ。
「それにしても、柊平さんがそんな風に言うの珍しいね。みんなでわいわい飲むのよりも、一人で静かに飲む方が好きなイメージだったから」
「……普段ならそうですが。今回の任務で、椎名や遠野、そして春原に気を遣わせてしまったようですし。気遣いを労う、という言葉はおかしいかもしれませんが……」
「柊平さんがみんなの心遣いが嬉しかったように、みんなも柊平さんの気持ち、嬉しいと思うよ」
みんなの気遣いが嬉しかったから、今日は一緒に飲みたい気分だと彼は言いたいのだ。
堅物ゆえに言葉は足りないが、透花には彼の気持ちが伝わっていた。
「……そうだといいのですが」
「絶対そうだよ。私が保障する! 明日の仕事に響かないように、理玖にウコンドリンク作っておいてもらおうね。あと、ハルくんに連絡して、夕飯じゃなくておつまみ作ってくれるようにお願いしなきゃ。柊平さん、何か食べたいものある?」
「……では、たこわさと豚の角煮を」
「了解! じゃあ、ハルくんに電話しちゃうね。あ、もしもしハルくん? あのね、今日の夜なのだけど……」
透花が電話する声を聞きながら、柊平はこれからくるであろう楽しい時間に想いを馳せた。
この日の宴会は、大変な盛り上がりを見せた。
しかし、全員が理玖特製のウコンドリンクを飲んでから臨んだので、次の日の仕事に支障をきたした者はいなかったらしい。
柊平がみんなの前であれほどリラックスした表情を見せるのは初めてだったので、透花は驚きつつも、彼の変化に喜んでいた。
彼女が喜んだのは、柊平に対してだけではない。
みんなが関わり合うことによって化学反応が起こり、よい変化を見せている。
毎日変わっていく彼らの様子を見るのが、今の彼女にとって何よりも幸せで、尊いものなのだ――――――――――。




