第三十三話(柊平編)……この方に触るな。
「……隊長がそのようなものを飲まれるとは、正直意外でした」
「え、そうかな?」
柊平と透花は現在、ソーセージなどのおつまみに舌鼓を打ちながら、二杯目のビールを口にしている。
一杯目はお互いに普通のビールを選んだのだが、二杯目は柊平が黒ビール、透花はビールをカシスリキュールで割ったカクテルを飲んでいた。
「こういう、甘くて飲みやすいものも好きだよ。あ、もしかしてこんな風に女の子が好きそうなものは似合わないって思っている?」
「……いえ、そういうわけではありません」
「気を遣わなくてもいいよー。隊員のみんなが、私を女扱いしていないっていうのには薄々気付いているから。この間颯くんと話していてね、どうして私は女なのに髪の毛のセットとかするのは平気なのかって話になったの。そしたら、颯くん、なんて言ったと思う?」
「……わかりかねます」
「“透花さんは女性っていうより、おばあちゃんって感じなので平気です!”って言ったんだよ! それも、めちゃくちゃいい笑顔で! お姉ちゃんでもなく、お母さんも通り越しておばあちゃんって……。“女”としては見られているけれど、“女性”として扱われていないっていうのがよくわかったよ」
ここまで言うと、透花はカクテルを一口飲んだ。
「まぁ、颯くんの気持ちも、さっきの柊平さんの気持ちもなんとなくわかるから別に気にしていないけどね。それに、変に女扱いされるよりはいいかなとも思うし。そういうの意識して、仕事がやりづらくなったらどうしようもないでしょう?」
透花の陽だまりのような暖かさには、確かにどこか年配の女性を彷彿とさせるものがあった。
それでいて、見た目は美しく凛々しく、このようなさっぱりとした物言いをする。
(本当に、不思議な方だ……)
柊平は常々、そう思っていた。
「あ、柊平さんそろそろ飲み終わっちゃうね。次のビール買ってきたら? 私はまだあるから、ここで待っているよ」
「……では、お言葉に甘えて行かせていただきます。何かありましたら、すぐにお呼びください」
「うん。行ってらっしゃーい」
こうして二人は、しばらくの間別行動をとることになったのだった。
柊平が三杯目に選んだ白ビールと、プレッツェルを買って席に戻ると、透花は数人の男に絡まれていた。
先程までとは違い、今は軍服ではなく私服を着ているのだ。
透花の容姿では、仕方がないことだろう。
彼女の実力ならこの程度の男たちを退散させるのは簡単だが、せっかくの楽しいお祭りなのだ。
事を荒立てたくないと思い、透花は言葉だけでやんわりと断っていた。
その態度が、アルコールのせいでただでさえ気の大きくなっている男たちを、更につけ上がらせてしまったようだ。
「連れがおりますので」
「だーかーらー、その友達も一緒でいいって!」
「ちょっとだけでいいからさー、俺らと飲もうぜ?」
リーダー格の男が、透花に触ろうとする。
柊平は、すかさずその腕を掴んだ。
「……この方に触るな。お前のような者が、容易に触れていい方ではない」
「柊平さん!」
透花の連れを女だと思い込んでいた男たちは、突然の柊平の登場に驚いている。
「な、なーんだ、連れって男だったのかよ!」
「そうならそうと、はやく言えよな! ったく……」
腕を掴んだ力の強さと、柊平の容姿を見てあらゆる方面で敵わないと悟ったのだろう。
男たちは、あっさりと退散していった。
「……隊長、申し訳ありませんでした。私の戻りが遅くなったせいで、あのような輩に声をかけられてしまい……」
「ううん、ありがとう。せっかくの楽しいお祭りの雰囲気を、壊したくてなくてね。どうやって断ろうかなって考えている間にあんな風になっちゃって。柊平さんが来てくれて助かったよ」
そう言うと透花は、ふわりと微笑んだ。
それは、いつもの優しい笑顔だった。
「ところで柊平さん、それって……」
「はい、プレッツェルです」
「わー! 嬉しい! さっき見た時に食べたいなって思っていたの!」
「……そうですか。喜んでいただけたようでよかったです」
柊平は、透花がプレッツェルに向けた視線に気付いていたのだ。
(買ってきて、正解だったな……)
彼女の少女のような笑みを見て、柊平はそう思った。
「柊平さん、このプレッツェル塩気がいい感じでおいしいよ」
「……では、私もいただきます」
こうして二人は、その後二時間ほど楽しい時間を過ごしたのだった。
「……隊長、隣を歩かせていただいてもよろしいでしょうか?」
この言葉は、お祭り会場からホテルまでの帰り道に柊平から出たものだった。
「もちろん! でも、急にどうしたの? 来る時に言ったことなら、そこまで気にしなくて徐々にでも大丈夫だよ?」
「……先程隊長が男どもに声をかけられたのは、私が傍を離れたからです。帰り道こそ、隊長をしっかりとお守りしたいと思っております。そのためには、後ろよりも隣で警護する方が、効果が大きいと考えました」
「いろいろ考えてくれてありがとう、柊平さん。じゃあ、手でも繋いで帰ろうか? 恋人に見えた方が、声をかけてくる人なんていないんじゃない?」
透花は、いたずらっ子のような笑みを浮かべる。
「……からかわないでください、隊長」
柊平の頬が、うっすらと朱に染まる。
「あはは、ごめんね。隣に並んで、おしゃべりしながら帰ろう!」
「……はい」
夜でわかりづらいとはいえ、柊平は赤くなった顔を見られたくないので少しだけ俯いた。
しかし、透花の柔らかな笑顔は、全てお見通しの証拠なのだろう。
(本当に、この方にはいつも敵わないな……)
明日は、柊平にとって久々の休日だ。
どんな一日になるのだろうか――――――――――。




