第三十二話(柊平編)……善処いたします。
一色隊の隊員である久保寺柊平はこの日、透花と二人で任務に出ていた。
彼女と二人きりの任務は珍しいことなのだが、柊平は特に気にすることもなく、いつものように淡々と仕事をこなす。
今回の任務は、野外の祭りの警備である。
子どもが楽しむような祭りではなく、ビールを飲むことが主体の大人の祭りだ。
二週間という期間限定で開催されているのだが、連日の暑さもあり、大変賑わっていた。
想定していたよりも多くの客が押し寄せたため、急遽警備の人数が増員されることになったのだ。
それに駆り出されたのが、柊平と透花だった。
アルコールが入ることで人の気持ちは大きくなり、様々な問題が起こる。
それを解決するのが、今日の二人の仕事だ。
時刻は、午後六時を過ぎた。
契約上、本日の任務はここで終わりである。
「隊長、お疲れ様です」
「うん。柊平さんもお疲れ様! ホテルに戻ろう」
「はい」
翌日も同じ任務に就くことが決まっていたので、二人はあらかじめとっておいたホテルに向かう。
隣同士の部屋がとれたため、部屋の前で別れると、それぞれの部屋に入っていった。
柊平が軍服から私服に着替え、一息ついた時だった。
「柊平さーん、ちょっといい?」
透花の声とともに、部屋のドアをノックする音が聞こえる。
「はい。なんでしょうか?」
柊平がドアを開けると、そこには私服のワンピースに身を包んだ透花がいた。
「柊平さんさえよければ、私たちもお祭りに行かない?」
その提案に、柊平は驚かされた。
柊平は、無類の酒好きなのだ。
任務中は煩悩を押し殺し仕事に集中していたが、仕事が終わった今、自分の喉がそれを欲していることには気付いていた。
「しかし隊長、明日も早朝から任務がありますし……」
柊平が気にしていたのは、そこだった。
翌日も、朝早くから任務が控えているのだ。
酒に強いとはいえ、万が一アルコールが残り明日に支障をきたしたら大変だ。
真面目な柊平は、気がすすまなかった。
「……あー、それ、実は嘘なの。明日は私も柊平さんもお休みだから、任務はないよ」
透花は、悪びれもせずにしれっと言い切る。
柊平は、透花の言葉が理解できない。
「……どういうことでしょうか?」
「柊平さん、最近いつお休みとった?」
「休みですか……」
考えてみたが、思い当たらない。
働くのが苦ではない柊平は、ここのところ働きづめだった。
「覚えていないくらい前でしょう? 柊平さんと湊人くんは、仕事熱心だからあまりお休みをとらないよね。湊人くんは最近いい息抜きを見つけたみたいだから安心なのだけど、柊平さんはどう? さっきと同じような理由で、大好きなお酒もあまり飲めていないのではない?」
「確かにそうですが……」
透花の言う通りだった。
飲酒も、ここしばらくはしていない。
「今日みたいなお祭り、柊平さんは大好きでしょう? だから、一緒に楽しみたいなって思って。こうでもしないと休んでくれないと思ったからとはいえ、明日も任務だなんて嘘をついたことは、ごめんなさい」
申し訳なさそうに言う透花を見て、柊平は思う。
(……この方は、こういう人だったな。常に、隊員の心と体に気を配ることを忘れない、珍しいタイプの隊長だ。心配、されていたのか……)
「…お気遣い、ありがとうございます。隊長、私でよろしければお祭りにお供させていただいてもよろしいでしょうか?」
柊平は、透花の厚意に甘えることにした。
勿論ビールが飲みたいという思いもあったが、何より透花の気持ちが嬉しかったのだ。
柊平の返答を聞き、透花は喜びを頬に浮かべる。
「ありがとう。じゃあ、早速行こうか」
「はい」
こうして二人は、夜のお祭り会場へと向かうことになったのだった。
会場までの道すがら、柊平は疑問に思っていたことを透花に尋ねた。
「しかし隊長、なぜ今回は一泊なさることにしたのですか? お祭りを楽しむだけなら、日帰りでも可能だったと思うのですが……」
「泊まらないで帰ったら、明日も仕事するでしょう? 柊平さんに仕事をさせないための、ただの私のわがままだよ。あとは、柊平さんは車移動が多いからそこも考慮して、かな」
「……お心遣い、ありがとうございます」
「そんな、感謝されるようなことじゃないよ。さっきも言ったでしょう? ただの、私のわがままだって。」
柊平は、他の隊員たちの前で寛いだ姿を見せるのが苦手だった。
透花を支える、隊長補佐という役職に就いている故だ。
透花と二人だけのこの空間では、いつもより気持ちが和らいでいることに気付く。
「ところで、柊平さん。」
「はい。なんでしょうか?」
「……後ろじゃなくて、隣を歩かない?」
少し後ろを歩いていた柊平に、透花は振り向いて声をかける。
柊平が彼女の後ろを歩くのも、生真面目な性格も関係しているが、役職に対する責任からくるものが大きかった。
「……ですが、私は隊長を補佐する立場です。隣を歩くようなことは……」
「今は、仕事じゃなくてプライベートでしょう? そこまで気を遣ってくれなくても、平気なのだけど。まぁ、急に直してっていうのも難しいだろうから、徐々にでもいいよ。せめて仕事の時間じゃない時は、立場を関係なしに隣を歩いてくれると嬉しいな」
「……善処いたします」
「うん、よろしくね」
このような会話を交わしながら、二人はお祭りの会場へと入っていった。




