第二話 一色隊のお花見任務②
――――――急な雪に、民衆はきっと混乱する。そこを狙って悪事を働く者や、何かしらの事件が起きるかもしれない。パニックやトラブルには、その都度対応をお願い。対応の仕方は、全面的に任せるから!
「きゃー! 私の財布が!」
「スリだ! 誰か捕まえとくれー!」
柊平は、先程の透花の言葉を思い出す。
(隊長の予想通りというわけか……)
雪に乗じて、盗みを働く者が出たようだ。
この庭内には透花の隊以外にも多くの軍人がいるが、突然の雪に混乱しているのか、誰もスリを捕まえることができずにいた。
「……柏木、行くぞ」
「へいへい。こういうのは俺たちの仕事だよな」
二人が騒ぎのする方向へ向かって行くと、ものすごい勢いでこちらに走って来る者がいた。
「……あいつか」
「ああ、そのようだな。捕まえるぞ」
「りょーかい」
スリは、後ろから自分を追いかけて来る者たちにしか注意を払っていなかった。
(へへへ、楽勝だったぜ……!)
このまま庭外に出てしまえば捕まることはないだろうと、ほんの少し油断したその時だった。
「うおっ……!」
何かに躓き、体勢を崩す。
それは、柊平の足だった。
体勢を崩したところを、蒼一朗に取り押さえられる。
そして、あっという間に柊平に手錠をかけられてしまった。
「……畜生、放せ、放せー!」
「あんまり騒ぐんじゃねーよ。怪我、したくないだろ?」
「くっ……」
スリは、最初こそ抵抗したものの、蒼一朗が取り押さえる力を強めるとあっさりと大人しくなった。
「おら、立て……じゃあ俺、こいつ連れてくわ」
「ああ、頼む。この場の後始末は、私がしておく」
それから柊平は、スリ騒動でざわつく民衆への対応を終えると、引き続き見回りをはじめた。
「うわーん! パパ、どこー!」
一方こちらでは、父親とはぐれてしまった少女が、泣きながら父親を探していた。
「どうしたの……?」
「もしかして、迷子かな?」
それに気付いた心と颯が、少女に声をかける。
「うん、ぐすっ……パパとはぐれちゃったの」
「大丈夫! 俺たちと一緒に、君のパパを探そう!」
「おにいちゃん、ほんと……?」
「うん! 絶対に、君のパパを見つけるって約束するよ! ねっ、心くん!」
「うん。僕、毎日のように迷子になってた迷子のエキスパートだから、任せて……」
「それ、逆に不安なんだけど……」
こうして二人は、少女の父親を探すことになった。
「やっぱり、高い目線で探すのが一番だよね!」
「でも僕たち、隊の中でも背は低い方だけど……」
「……こ、この子を肩車すれば!」
「でも僕たち、隊の中でも力がない方だけど……」
「うっ……」
この二人、小柄&非力コンビなのだ。
そんな二人の様子を見て、泣き止んだ少女の顔にも不安が広がる。
「あっ」
その時、心が急に呟いた。
「心くん、どうしたの?」
「こうして、ここに乗ってもらえば……」
二人は騎馬戦のように騎馬を組み、その上に少女を乗せることにした。
こうすれば、少女の目線も高くなり、二人で一人分の重みを支えればいいので安全だ。
「よし、行くよー!」
「おー」
「きゃー、たかーい!」
こうして三人の、父親捜しの旅がはじまった。
少女を不安にさせないように、色々なことを話しながら歩く。
「……じゃあ今日は、パパとママと一緒に来たんだね」
「うん! あっ、パパだ!パパー!」
「……………………!!」
少女の発した声に、一人の男性が駆け寄って来る。
どうやら、少女の父親のようだ。
心と颯が少女を地面に下ろすと、少女もその男性に駆け寄り、二人は強く抱き合った。
「パパ、いたいよー」
「一人にしてごめんな……! 怖かっただろう?」
「ううん! おにいちゃんたちがいっしょにいてくれたから、ぜんぜんこわくなかったよ!」
この言葉に、父親の視線が心と颯に向いた。
「娘を助けていただき、本当にありがとうございます!」
そして、深々と頭を下げる。
「頭を上げてください! 俺たち、ただ一緒にいただけですから!」
「……もう迷子にならないように、お父さんの手、離しちゃだめだよ」
「うん! おにいちゃんたち、ありがとう!」
父親は何度も振り返って頭を下げながら、少女はその父親の手をしっかりと握り、もう片方の手を大きく振りながら去って行った。
「見つかってよかったね!」
「……うん、そうだね」
「……くぅーん」
その鳴き声に二人が足元に視線を向けると、そこには犬が一匹おり、二人の方を見上げていた。
「……この子も迷子かな?」
「……そうみたい。飼い主、見つけてあげないと」
二人の人探しの旅は、まだまだ続きそうだ。
「うぅ、きもちわるっ……」
一方こちらでは、一人の男が辛そうに桜の木の下にうずくまっていた。
どうやら、酒を飲み過ぎたようで今にも嘔吐をしてしまいそうだ。
それに気付いた晴久が、慌てて駆け寄る。
「だ、大丈夫ですか……?」
「お、おう……」
そう返事はするものの、どう見ても平気ではない。
「え、えーっと、こういう時の薬は……」
晴久は自分のポーチをひっくり返して薬を探すが、彼自身酒を飲まないのだ。
常備薬の中に、そのような薬があるはずもなかった。
「……君に、そんな薬は渡していないだろう」
酔っ払いと晴久の様子を見かねた理玖が、溜息をつきながら歩いてくる。
「この薬を飲むといい。即効性はないけどしばらく横になっていれば、だいぶ回復するよ」
理玖はそう言うと、薬と水が入ったペットボトルを男に渡す。
男は吐き気を抑えながら、なんとかその薬を飲み込んだ。
「に、にげぇっ……」
「……良薬口に苦しと言うだろう。薬をあげたんだから、文句を言わないでくれるかな」
「た、確かに苦いかもしれませんが、理玖さんの薬はとってもよく効くんですよ……」
男はそのまま、晴久の上着を枕にしばらく横になることになった。
晴久は男の様子を見守り、理玖は少し離れた所に腰を下ろし、読書をしている。
男は少しの間寝ていたが、起きると先程までの吐き気がなくなっていることに気付いた。
「にいちゃんたち、ありがとよ……大分楽になったぜ」
「それはよかったです。理玖さん、この方、体調がよくなられたそうですよ」
「……聞こえているよ」
理玖は読んでいる本から目をそらさずに、静かに言う。
「上着も、ありがとな。せっかくの白い服だったのに、地面に置いて汚しちまって……」
「い、いいえ、お気になさらないでください。気分がよくなったなら、何よりですから」
そんな二人のやり取りを聞きながら、ずっと無表情だった理玖が少しだけ微笑んでいたことに気付く者は、誰もいなかった。
一方、虹太と湊人は、一人の女性が二人の男にからまれている現場に遭遇していた。
「いいじゃねーかよ、少し付き合うくらい」
「そうそう、ほんのちょっとだけだし。いい女に酒注いでもらいたいんだよー」
「止めてっ、放してください……!」
周囲の者たちは、見て見ぬふりをしているようだ。
「えー、何々、楽しそーなことしてんじゃん」
「よかったら、僕たちも混ぜてもらえないかな?」
そこに、笑顔の虹太と湊人が割って入った。
「……あ、なんだおめーら」
「この女には俺らが先に声かけたんだから、てめーらは他当たれよ」
しかし、虹太と湊人は笑顔を崩さない。
「あれ? 君、何日か前にノルウェストゥのバーに来てたよね? あそこのマスターに、今度結婚するって言ってたじゃん! その場にいたお客さんみんなでお祝いした時に、俺もいたんだけど覚えてない? 彼女、いい子だけど嫉妬深いって言ってたのに……こんな所で、こんなことしてていーの?」
「ぐっ……!」
湊人も、パソコンで何かを打ち終えてから話し出した。
「……そちらの君は、今日は非番のようだが軍人じゃないか。あんまりしつこくして、彼女に被害届でも出されたら大変だよ。君のところの隊長は、異性関係にはかなり厳しい人だったと記憶しているけど……彼女は、僕たちに譲ってもらえるかな?」
「……くそっ!」
虹太と湊人の、あくまでも笑顔だが有無を言わせぬ物言いに、男たちは舌打ちをしながら去って行くしかなかった。
「湊人くん、こわーい。顔見ただけで所属隊だけじゃなく今日のシフトまで調べられるなんて……ほんと、どーなってんの? そのパソコン」
「……僕からしたら、虹太くんのコミュニケーション能力の方が恐ろしいよ。どれだけ交友関係が広いんだか……」
二人が会話をしていると、今しがた助けた女性が声をかけてきた。
「あのっ、ありがとうございました……!」
「いえ、お気になさらず」
「お花見ってことでみんな浮かれてるから、女の子の一人歩きは危ないよ~」
助けてもらい、更に笑顔を向けられたことにより、女性は頬を赤く染めている。
「あの、私、少し離れた所で友達と飲んでるんです。助けてもらったお礼に、少し一緒に飲んで行きませんか?」
「え、ほんとに~!? じゃあ、お言葉に甘えてお邪魔しちゃお……」
「いえ、僕たちには引き続き仕事がありますので。もうあのような輩に会わないように、気を付けてご友人の所まで戻ってくださいね」
虹太の言葉を遮り、湊人が女性からの申し出を断った。
「では、失礼します。ほら、行くよ、虹太くん」
「あっ、ま、待ってよ、湊人くーん! ばいばーい! お花見、この後も楽しんでねー!」
断られた女性は、残念そうな顔で二人を見送ることしかできなかった。
「……もう、相変わらず湊人くんは真面目だなぁー。少しくらい休憩したっていいじゃん!」
女性に声が届かなくなる距離まで来ると、虹太は湊人に対して声をあげた。
「そういうわけにもいかないよ。ただでさえ、僕たちの軍服の色は他の隊とは違って目立つんだから。一色隊の隊員が責務を全うせずに女性と飲んでいた、なんて噂になったら大変だろう?」
「えー、なんで?」
「……隊員がふがいないのは隊長の責任、と言われるかもしれない」
「……! あー、それは確かに嫌かも」
湊人がここまで話し、虹太はようやく事の重大さに気付いたようだ。
「俺たちの大事な“たいちょー”を、誰かに悪く言われるわけにはいかないもんねー」
「そうだね。それじゃあ、次はあっちの見回りに行こうか」
「らじゃー!」
こうして八人は、日が暮れるまで懸命に働いたのだった。