第一話 一色隊のお花見任務①
リベルテ歴183年のとある春の日、王都ヴァンにて――――――――――。
「……あー、もうつまんないよ! さっきからずっと見回りしてるけど、問題なんて全然起こらないじゃん!」
「騒がしいぞ、椎名。問題がないのなら、さっさとゴミを拾え」
「うぅ、柊平さん、相変わらず俺には厳しい……」
「……手より口を動かしているのはお前だけだぞ」
「……おい、ハル。体調悪いなら、その辺に座って少し休んどけよ」
「……あ、蒼一朗さん。だ、大丈夫です……! 皆さん働いてるのに、僕だけ休むなんてできませんから……!」
「……春原と心の方見てみろよ。あいつら、ちっとも働いてないぜ……」
「……ほんとですね。理玖さんは読書してるし、心くんは……何してるんでしょうか?」
(……………………)
(あ、ちょうちょ……)
ペラッ。
(……………………)
(テントウ虫もいる……かわいい)
「ゴミがなくなって、庭がキレイになるのを見ると気持ちいいですね! 湊人さん!」
「うん、そうだね颯くん。僕らがこうして働くことが、透花さん、そして僕らの信用に繋がっていくわけだから、頑張らないといけないよね」
「……あれ? そういえば透花さんは……?」
「透花さんなら、少し前に王様に呼び出されていたよ。だから、しばらくは戻って来れないんじゃないかなぁ」
白い軍服に身を包んだ8人の男たちが、ゴミ袋を片手に周囲の見回りをしていた。
ここは王宮の庭であり、今は盛大な花見の宴が開かれているのだ。
今日は庭を開放しており、貴族だろうが庶民だろうが自由に出入りすることができる。
彼らの隊は、そのゴミ拾いと見回りを任されているのだ。
「今年も、この宴の日が晴れてよかったですな」
「いやはや、本当に。これも、全て王様の人徳のおかげでしょう」
「素晴らしい王なのだ。お天道様も力を貸してくれるのだろう」
「お前たち、今日はそのようなおべっかを使わんでもよいぞ! 無礼講だ! どんどん飲め! 一色殿も、もっと飲んでくだされ!」
王に声をかけられた少女は、にこりと微笑む。
「ありがとうございます、王様。では、お代わりをいただいてもよろしいですか?」
「おぉ、是非とも! 誰か、一色殿に酒を注いでやってくれ!」
彼女の名前は、一色透花。
先程の8人が所属する隊を率いる、隊長だ。
女性で、それも若くして隊長を務める人間は珍しく、彼女の存在を疎ましいと思う輩も多い。
「……全く王様は、なぜあのような者を隊長に任命なさったのか」
「さっぱりわからんな。ただの小娘ではないか」
「隊長に就任してから約一年……大した功績は残していないのだ。除籍も時間の問題だろう」
王に聞こえないように、彼女の悪口を言う者は絶えない。
(この香り……)
自分に対して悪く言う者がいることに気付いていたが、透花は特に気にしていなかった。
それよりも、先程までは桜と宴の香りに満ちていた庭園に、どこか違う香りが混ざったことが気になった。
「……王様、少し失礼いたします」
「ん? 一色殿! どちらに行かれるのか?」
「部下に、指示を出してまいります。すぐに戻りますので、ご心配なさらず」
透花は桜の精と見間違えるくらい美しく微笑むと、その場を離れた。
十分ほどすると、透花は何本かの傘を持って戻って来た。
空は先程と変わらず、晴天である。
「一色殿、その傘は……」
「雪が降りそうな気がしましたので、持ってまいりました。王様ともあろう方が濡れてしまっては大変です。こちらをお使いください」
しかし、快晴そのものである空から、雪が降る気配はない。
それに、今は花見の季節である春なのだ。
「う、うむ……」
王は訝しみながらも、傘を受け取った。
「皆様も、よかったらお使いください」
透花は、王の周りにいた側近や他の隊の隊長たちにも傘を差し出す。
王と同じように訝しみながらも受け取る者もいたが、ほとんどは――――――――――。
「いや、結構。こんなにいい天気なのに、雪が降るはずありませんからな」
「私もだ。ヴァンには毎年、雪などほとんど降らん。それが、春のこんなよい天気の日に降ることなどまずなかろう」
透花を馬鹿にし、傘を受け取らなかった。
「そうですか。では、こちらに傘を置いておくので、使いたくなったらお使いになってくださいね」
透花は特に気に留める様子もなく、傘を近くに置いた。
そのやり取りから十分も経たないうちに、静かに雪が降りはじめた。
「おぉ! 本当に降ってきおったぞ! こんな季節に雪など珍しいとは思っていたが、さすが一色殿ですな!」
「お褒めの言葉、ありがとうございます」
透花の言葉を聞き、傘を受け取っていた王は雪に濡れずに済み、先程よりも上機嫌になっていた。
透花の言葉を聞かず、傘を受け取らなかった者は今更置いてある傘に手を伸ばすことも出来ず、気まずそうな顔をしてその場に佇むだけだった。
ここで王は、あることに気付いた。
「……わしらはこうして傘のおかげで濡れずに済んでいるが、他の者たちはどうしている? 民衆が皆濡れているのに、わしだけが傘の下にいるというわけにはいかないだろう」
そして、傘から出ようとする。
「そのことでしたら、ご心配なく。先程、皆に傘をお配りするよう部下に指示を出してまいりました。ほとんどの民には、傘が届けられているはずです」
「そ、そうか……? しかし、何やら騒がしいようだが……」
透花の言葉を聞いても、王はどこか落ち着かない様子だ。
「トラブルにもその都度対応するように言っておきましたので、大丈夫です。それよりも、王様。雪が降る中のお花見など、なかなかできるものではありません。今はこの風流な景色を楽しみませんか?」
その言葉に、王は改めて景色に目を向けた。
雪が降る中、舞う桜の花びら――――――それは、なんとも幻想的な美しさだった。
「……ふむ、では、一色殿の言葉に甘えるとするかの。誰か、酒を持ってまいれ!」
透花もその景色に目を向けながら、先程自分が出してきた指示を思い出していた。