第十八話(理玖編)……馬子にも衣装だね。
大吾は妻の誕生日の日まで、毎日理玖の手伝いのために屋敷を訪れた。
そして、遂に誕生日当日となったのだ。
いつもよりも落ち着かない様子ではあったが、今日も手伝いをしている。
「……今日は、ここで終わりにしよう」
そんな大吾を見かねた理玖が、彼に声をかけた。
「でもまだ、いつもほど作業が終わってねえが……」
「……君、そわそわし過ぎだよ。今日、誕生日当日だったね。花ならもう用意してあるから、取りに行こう。着いて来て」
そう言うと、先に屋敷に向かって歩き出す。
「……ぼやっとしてると置いてくよ」
「……あっ、待ってくれ春原先生!こんな広い屋敷で迷ったら、おら家に帰れなくなっちまう!」
大吾も、慌てて後を追うのだった。
屋敷のエントランスには、颯がいた。
「あっ、この間の……」
「こんにちは! この間ぶりです! 佐々木大吾さんですよね! お待ちしてました!」
颯はにこやかに挨拶をする。
「じゃあ、理玖さん……」
「……うん、よろしく」
「はい! 任せてください! では佐々木さん、こちらへどうぞ!」
颯はそのまま、大吾をどこかに案内しようとする。
「え、えーっと、おら春原先生に花を貰いに来たんだが……」
「……いいから、彼に着いて行って。そうしないと、花はあげないよ」
「そんな……!」
いきなりの花をあげない宣言に、大吾は戸惑っているようだ。
「……悪いようにはしないから。さっさと連れて行って」
「了解です! 佐々木さん、こっちです!」
困惑する大吾の背中を、颯が押す。
こうして、半ば無理矢理、大吾はある部屋に連行されることになった。
「……準備はどうだい?」
「あっ、理玖さん。立食なので、皆さんが食べやすいものを十種類ほど作ってみました。あとは……」
「……へぇ、いいできだね」
「あっ、ありがとうございます! 理玖さんの分は別に用意してありますので!」
「……こっちも、準備は大丈夫そうだね」
「あっ、りっくん! うん、もうばっちりだよ~☆ ピアノも、柊平さんと蒼一朗さんに運んでもらったし!」
「会場のセッティングも終わってるぜ」
「僕が調べて案を出したんだから、彼女好みに仕上がってると思いますよ」
「招待客の方々も、もう皆さんお揃いだ」
「……セリフは覚えられた?」
「……誓いますか」
(不安だ……)
理玖は次に、一つの部屋の扉をノックした。
「……入ってもいい?」
「あ、理玖? 準備も終わったから、大丈夫だよー」
理玖が部屋に入ると、中には透花と、白いドレスに身を包んだ女性がいた。
「どう? 綺麗でしょう? ドレスが正式なものじゃなくて申し訳ないのだけれど、さすがに私も本物は持っていなくて……」
「そ、そんな、一色様! おら、このドレスで充分嬉しいです! こんな綺麗なドレス着せてもらえて、髪も化粧も素敵にやってもらえて……夢みたいです!」
女性は、真剣な顔で熱弁する。
「そう言ってもらえるなら、私もすごく嬉しいな。とりあえず、サイズがぴったりでよかった。……本当に夢みたいな時間は、これからだよ?」
透花はそう言うと、優しく微笑むのだった。
女性二人の部屋を後にした理玖は、最後に大吾と颯が入って行った部屋を訪れた。
「あっ、理玖さん! 見てください! 完成です!」
「く、苦しいべ……」
「……へぇ、馬子にも衣装だね」
そこには、颯によってヘアメイクされ、セレモニースーツに着替えた大吾の姿があった。
しかしそのスーツは、大吾には少しきつそうである。
「さすがに、蒼一朗さんの服でも少しきつそうですね……」
「……身長はともかく、体型が違うから仕方ないよ。まぁ、破けるようなことはないし、別にこれでいいだろう。じゃあ僕は、これから花を取りに行ってくるから」
「おっ!? 遂に花を貰えるんだべか!?」
理玖の言葉に、大吾は目を輝かせる。
「うん。……だから、最後までしっかり彼の言うことを聞いてね。そしたら、ちゃんと花は渡すから。……じゃあ、後はよろしく」
理玖はそう言うと、二人に背を向けて扉の方へと歩き出す。
「では、佐々木さん! この目隠しをしてください! そしたら移動するので、俺の手にしっかりと掴まって離さないでくださいね!」
「目、目隠し!?」
二人の会話を聞きながら、理玖は部屋を出ると、扉を静かに閉めたのだった。
自分の部屋に戻ると、理玖もセレモニースーツに着替える。
そして、大吾が欲しがっていた花である“ベナムール”を中心に、優しげな色の花で構成されたブーケを持つと、再び部屋を後にした。
「……ここ、庭だな? なんでこんな場所に……」
大吾は目隠しをされたまま、颯に庭まで連れ出されていた。
視覚は働かないものの、風の音や花の香りで、場所を感じ取ったようだ。
「もうすぐわかりますよ! ……あっ、理玖さん! じゃあ、俺はこれで!」
理玖が来たのを見届けると、颯はその場を離れる。
「……手を出して」
理玖は、目隠しをしたままの状態の大吾に言う。
「そ、その声は春原先生だべ!? もしかして……!」
「……うん。花を持ってきたから、あげる。受け取ったら、目隠しを外していいよ」
「わー、先生、本当にありがとな! これで嫁さんも、絶対に喜んでくれるべ!」
大吾は俊敏な動きで手を差し出すと、理玖から花束を受け取る。
そして、目隠しを外した彼の目に飛び込んできたのは――――――――――。
「みんな、なんで……」
いつも接している、街のみんなだった。
よく見ると、大吾の目の前には祭壇のようなものが置かれており、その奥には牧師に扮した少年がいる。
その祭壇を、白い花でできたガーデンアーチが囲っていた。
そして、屋敷の窓から自分の足元へと続く、赤を基調とした多くの花びらでできた道。
それはまるで――――――――――。
「バージンロード、みたいだべ……」
大吾はぽつりと呟いた。
ここでようやく、自分が受け取った花に目を向ける。
「先生、これ……!」
花を単体で渡されると思っていた大吾は、それが美しいブーケへと姿を変えていることに驚きを隠せない。
「……花は渡したよ。じゃあね」
理玖はそっけなく言うと、そのまま去ってしまった。
色々な情報が一気に脳へと入ったため、大吾の頭はパンク寸前だ。
「……これより、新婦が入場してまいります。皆様、窓の方をご覧ください」
混乱中の大吾の耳に、聞いているだけで落ち着くような、どこか温かみのある女性の声がマイク越しに聞こえた。
その声に釣られて、大吾も窓の方に体ごと視線を向ける。
「それでは、新婦入場です……!」
女性の声とともに、カーテンと窓が開いた。
そこにいた人物を見て、大吾は息を飲む。
「日菜子……」
そこにいたのは、白いドレスに身を包み、綺麗に支度をした最愛の妻だった――――――――――。




