序章 「『異世界転生』へようこそ」
“Der Weg zur Hölle ist mit guten Vorsätzen gepflastert.”
――地獄への道は、善意で敷き詰められている。
ゲーテ
*
七月半ばも過ぎたというのに、夜が更けても、むっとした空気が肌にねばつくようにまとわりつく。
午後十一時を過ぎたのに、都内は少しも暑さが和らがない。
水谷は駅から徒歩二十分のアパートに向かって、足早に歩いた。駅前のコンビニで買った一リットルのスポーツドリンクは半分しか残ってない。
今日の仕事は散々だった。
ボーナスは出たものの、雀の涙程しかなかった。
そのうえ、また、納期が間に合わない案件を告げられ、社員全員が虚ろな目になった。
デスマーチが確定したら、会社に泊まることになるだろう。
――転職してぇ。今の会社にいたら、そのうち体を壊す。
水谷が本気で、そんな事を考え歩いていると、建物の隙間から、二本の足が飛び出してるのが見えた。
――捨てられた、マネキン?
水谷がマネキンの足を凝視していると、ソレは、微かに動いた。
――子供だ…。子供の、足だ。
こんな夜中に、倒れた子供に遭遇してしまった。
本来ならば、即通報するべき事態だった。
だが、水谷は今までの鬱屈した気分が吹き飛ぶような、高揚感を感じた。
生唾を飲み込みながら、倒れた子供に歩み寄る。
ぐったりと倒れた様子見つめながら、心臓が早鐘を打った。
――かわいい……まつ毛が長くて……女の子みたいだ……。
汗ばんだ両腕で、倒れた子供を抱き起こした。
――柔らかい……軽い……。
手足が細く、身長も低い。
小学生だとしても低学年だ。
スニーカーの色が黒なので男児だと、判断した。
少し伸びたの髪。伏せられた、まつ毛の長いまぶた。幼いのに、整った顔立ち。
――アーシュだ!
気が付くと、水谷はその子供を抱き上げていた。
駅から離れた夜の住宅街。この時間になると人通りが途絶える。
子供を抱き抱え、水谷は走った――。
とその時、幹線道路からやって来た居眠り運転の大型トラックのライトが水谷誠司を照らし出した。
――え???? うそぉ~ん!? 待て待て。このトラックに轢かれたら即死しちゃうだろ――
水谷誠司は、少年もろともトラックにぶつかり、三十メートル程吹き飛ばされ二人は即死した――。
*
【 新連載タイトル 】
『水谷誠司が異世界転生してアーシュに出会うまでの冒険譚が少しも、綺麗じゃない件について!』
はぁ!? なんか、タイトル出た!? あ……三人称から、俺の一人称になってる……なんだこれ???
えー。待て待て、先週土曜日にムーンライトの『少しも、綺麗な愛じゃない』が全100話で完結したばっかりなのに……えええ――。
なにこれ? 主役ドッキリ???? 水曜日のダウンタウン?
てか、ここどこ――!?!?
なんか、霧が立ちこめてて、暗ぁっ! なんか、じめじめしてるしー。
つーか、俺、最終回の記憶あるんだが? 俺、さっき、道に落ちてた超絶プリティー少年、明日人と、くっついたよな?
えー。また、やり直し?
あの小説、ムーンライトなのに、全っ然エロくないし、ただ、ただ、読者が暗い気持ちになるだけの、鬱小説を読者にまでタイムリープさせんの??? 作者がバカか、ドSか、その両方だろ?
いやいや、アレ、読まなくていいって! だるい!
マジで、読まなくても良い――!!
俺の黒歴史みたいな小説だから――
【 新規読者は、むしろ絶対読むな!!! 】
つーか、俺の明日人は――?????
俺が暗い場所でキョロキョロしていると、山羊の角を生やした、肌の青い男が現れた。
「えーと。水谷誠司さんですか?」
誰????
「あ、申し遅れました。初めましての方も多いと思いますので、自己紹介をさせて頂きます。
私は、地獄日本地域局法務部からやって参りました『輪廻』と申します」
俺は自称『輪廻』という人外キャラから、慇懃に名刺を貰った。
地獄日本地域局法務部
獄堂 輪廻
明らか人外なのに、イケメンデザイン。
ずるい。挨拶しただけなのに、主役の俺よりキャラが建ち過ぎてる。
作者の愛情が隔たっている気がする。
「水谷誠司さん、あなたは生前の罪状により地獄に堕ちました。あなたは、大分レアケースなので私が派遣されたのですが、いかがされますか?」
はぁ? コイツ何言ってんだ?
「えっと、あの、明日人は?」
輪廻は、空間を端末にして、明日人の行き先を調べ始めた。
――あ、コレ、異世界転生モノのアニメで見たヤツ♪ 俺も後で、ステータスとか見れちゃうんだろ? ちょっと楽しみになってきたな。
「藤浪明日人様でしたら、既に天上界におりますね」
「へっ!? 天上界!?」
声が思いっきりひっくり返った。
「ええ。天上界です。穢れなき高位魂の持ち主なので、至極適切な配置でした」
はぁ? なんだよ、そのB'zが歌って、皆でジャンプしそうな、魂の名前――。
「え、ちょっと待って。俺が地獄で、明日人が天上界なのか?」
「はい、そうですね」
輪廻は明るく笑った。
「待て待て待て待て待ていっ!!」
俺が地獄にいるのに、明日人が天上界にいたら、会えないじゃねぇかっ!!
「え?……会えるわけないでしょ?」
輪廻は、俺の心を見透かしたように呆れ返った。
「見透かしたんじゃありません。地獄の亡者の精神監理も法務部が管轄してるんです。水谷さんの魂の穢れ、ご覧になりますか?」
そう言うと、俺の魂ステータスを表示した。
「あなたの魂魄、ビックリするほど穢れきってます」
――嘘っ! 俺の魂、穢れ過ぎっ!!
俺は『私の年収低すぎっ!』みたいに両手で口を覆った。
これがソウルジェムなら、魔女が十体は出来るくらい、真っ黒だった。
気温計みたいな、ガッカリ顔マークまで付いていた。ぐぬぬ。
「認めたくないけど、これが、俺の魂なのか――」
「おわかり頂けましたか? REPLAYします?」
「俺の魂は、なんでこんなに……あー。思い当たることしかねーわ。話したくねぇ! つか、新規読者に説明したくねぇんだけど!」
「まぁ、新規読者の為に、他ステータスを提示しましょう。
水谷誠司二十七歳、男。
神奈川県横浜市西区平沼出身。
横浜市立東中学校卒。
神奈川県立晴嵐高等学校卒。
神奈川桜花大学情報学部情報システム学科卒。
ふむ。典型的な浜っ子ですね。
両親健在。実家は裕福。
顔フツー。身長196cmなのに、地味。
十六歳までは、順風満帆な人生を送るも、悪の組織『保護者会』に入会してから、第一志望の国立電気情報大学不合格を皮切りに転落人生を送る――。
友達、恋人、無し。今後も出来る予定無し!
以上――。」
「あー。なんか、急にムカついてきた。あのさぁ、いくら何でも、そう言う決め付け、滅茶苦茶失礼過ぎないか? 学歴まで晒して、最低、最悪過ぎるんだが!?」
「事実ですから。仕方ありません。それとも、この後のあなたが、みっともなーく堕落していく経歴話しますか?」
「あー!!!! あーあーあーあー!!!!
止めろ!それは、止めてくれ!!
親父や御袋にも話してないことを、初対面の、新規読者にバラすとか、名誉毀損的なアレだろ――!!!」
「言いませんよ。というか、私、なろう無印の管轄なので、X全般のデータは覗けませんので、私はあなたの前作品を読めません」
「なんだよ、脅かすなよ……」
心配して損した!!!
「そのかわり、魂魄の汚れ具合で、あなたがどういう趣味や癖を持って、どういった思考や行動を取るのかは、把握出来ます――うん。酷い。地獄にいるのは、残念ながら当然ですね」
「勝手に俺の心を覗くなぁ!!!」
「いや、私だって仕事だから、こうして来てるわけです。別にあなたの私生活なんて、興味ないです」
「チッ――うっせぇな……。で? 俺が天上界に行くには、どうしたら良いんだよ。さっさと教えろ、山羊野郎」
「あなた、有罪されたいんですか?」
輪廻の眼光が光った。
「は? 意味わかんねぇ。つーか、明日人に会わせろよ」
「いっぺん、体に教え込んだ方が良いみたいですね――ギルティ!!!」
輪廻の横に長い綱が垂れてきて、それを下に勢いよく引っ張ると――
俺の頭上に金ダライが落ちてきて、俺は死んだ――。
次回
第ニ話 のんびり大人旅! ラグジュアリー溢れる天界ホテル。老舗の地獄温泉で癒しの思い出。




