第8話:終幕
もうそこまで敵の足音が迫ってきた、その時。
「逃げろおおお!」
もっと遠いところで、誰かの声が聞こえた。
次いで、獣のような咆哮も。
「ウルルルゥアアアアアア!」
マッドの声だ。
エリモアは振り向きたくなる衝動を抑え、その場に留まった。
「なんでバーサーカーがここに……ぎゃあ!」
「こ、殺せ! もうこいつも十分弱っているはずだ!」
そんな声がいくらか聞こえてから、悲鳴が続いた。
魔法を放つ音が聞こえた。だがやはり悲鳴がその後に続いた。
そして、静かになった。森には、葉が揺れる音だけが聞こえる。
エリモアは、そっと木陰から顔を出した。マッドの姿を探し出すと、駆け出さずにはいられなかった。
「マッド!」
まだ生きてはいるものの、マッドは片腕を失い、片目も潰れていた。足元には湖の国の魔法使いたちの死体が散乱している。
どうしてこの状態で勝てたのかわからなかったが、エリモアは膝をつくマッドに縋って涙を流した。
「ありがとう……でも、助けてくれたわけではないわよね……それでも、私はあなたにお礼が言いたい。ありがとう……!」
マッドは、ふらりと身体を傾け、その場に倒れた。
「……呼吸が、浅い……」
それは、命の終わりが近いことを指す。
「ああ、もう、本当に……私が治癒魔法を使えたらよかったのに……!」
狼狽えている間に、エリモアはマッドの残った目が自分を見ていることに気付いた。
攻撃的な光は灯っていない。だが、自分が何をされるべきか、理解している目だった。
「……そうね。ここにはもう、敵はいない。あなたは、いつもみたいに眠るべきね」
エリモアは、残っている魔力をマッドのために使うことを決めた。
このままでは、どちらにしてもマッドは助からないだろう。エリモアは少し休めば、上空を飛ぶための魔法を使うくらいは回復できるはずだ。
血まみれのマッドの頬に、躊躇いなく触れる。
マッドも嫌がりはしない。むしろ、受け入れるかのように目を閉じた。
そんな様子を見て、エリモアは魔法を止めてしまった。
「……ねえ、あなた……本当にそれでいいの? ここで死んでしまっても……」
エリモアの問いかけに、マッドはいつものように応えない。
「もうちょっとだけ、頑張れない? もしかしたら、司令官が戻らないから第二陣の偵察隊が近くまで来ているかもしれないわ。そうしたら、あなたを助けることだって……」
自分で話しながら、エリモアは自らに希望を与えていた。
「そうよ……私たちにはまだ、仲間がいるはずよ。ここには来ていないだけで、他の仲間が!」
エリモアは、拳を握りしめて立ち上がった。
「少し待っていて! あなたは私を助けてくれたんだから、私だってあなたを……!」
そして振り向いた瞬間、エリモアの視界は宙を回った。
「え」
エリモアは、首のない自分の身体と、起き上がるマッドを見た。
地面にエリモアの頭が転がると、マッドは唸り声をあげた。
「生きているバーサーカーを見つけられるとは、我らにも運が回ってきたな」
「連れて帰り、こやつを研究しよう」
「我々もバーサーカーを作り出し、山の国にお返ししてやるのだ」
いつの間にか背後に迫っていた湖の国の魔法使いたちは、マッドの意識を奪い始めた。
マッドは暴れ始めるが、身体を欠損しているせいか、上手く抗えないようだった。
(ああ、そんな。私、死ぬのね)
どうやら風の魔法で首を斬られたらしい。
身体は崩れ落ち、血が地面にしみこんでいった。
エリモアは、マッドが連れていかれる様子を見ることしかできない。
次第に音も、熱も、色も、全てが離れていった。
(私が死んだら……誰が、あなたの……)
エリモアの瞳から光が消え、幾多もある死体のうちの、ひとつになった。
バーサーカーは連れていかれ、その後の行方は誰に知られることもなかった。
戦は続いた。
新しいバーサーカーが投入され、それを指揮する魔女がいる。
前任者の名前は、誰も知らない。




