第6話:危機
明け方、山の国は湖の国に対して奇襲をかけた。
だがそれを予期していたのか、湖の国の抵抗は凄まじいものだった。
「エリモア! 早くバーサーカーを出せ!」
司令官の男は、いつもの余裕ぶった態度を崩しながら言った。
今日は彼も前線に出ている。それほど山の国の被害は甚大なものだったし、後方の司令部もめちゃくちゃにされていた。
エリモアは指示に従い、マッドの意識を目覚めさせる。マッドは相変わらず目覚めた後に雄叫びをあげ、戦場へと飛び込んだ。
「きたぞ! バーサーカーだ!」
「他の魔法使いは放っておけ! まずはあれから倒すんだ!」
湖の国の魔法使いたちが、一斉にマッドへと視線を向ける。複数人で魔法を重ね合わせ、強力な一撃をお見舞いするつもりだ。
だが、それをエリモアは許さなかった。
「させるわけないでしょう!」
幾人かの魔法使いを焼き払い、戦場に炭を増やした。
それでもマッドを倒すために、次から次へと湖の国の魔法使いは現れる。その矛先のいくつかはエリモアに向けられたが、退けることは可能だった。
「さすがにマッドも動きにくそうね……」
敵に囲まれているだけでなく、マッドの足元は土の魔法で固められつつある。
しかしそんなことでは止まらないとばかりに、太い大木のような足は地面を踏み均し、敵を潰しては蹴り上げていた。
「バーサーカーを優先して殺すんだ!」
「攻撃は通っている! 続けろ!」
「怯むな、戦え!」
マッドの話は、湖の国にも伝わっているようだ。これが人間であれば敵とはいえ、ある程度の尊敬は向けられていただろう。
だがマッドはバーサーカーだ。ただただ戦場を蹂躙する野獣でしかない。
敵にとっても、味方にとっても。
「くっ……治癒魔法でも覚えておくべきだったわ」
エリモアは、みるみるうちに怪我が増えていくマッドを見て、顔をしかめた。その手から放たれる魔法は命を奪うことに特化していて、守ることは一切知らないのだ。
そうして戦いを続けているうちに、湖の国の魔法使いのひとりが言った。
「あの女から殺せ! バーサーカーを守っているぞ!」
ついにマッドに向けられていた矛先の全てが、標的をエリモアに変えた。
それもそのはず。エリモアの支援があるおかげで、マッドはいまだに倒れていなかったのだ。
「私がどれだけ戦場に立っていると思っているのよ!」
向かってくる魔法のほとんどを打ち消し、残りは弾き飛ばした。
周りにいた仲間の幾人かが巻き添えを喰らって死んだようだったが、エリモアに気にする時間は与えられなかった。
「殺せ! 侵入を許すな!」
国境を踏ませまいと、湖の国の魔法使いたちも死に物狂いだった。
ある者はマッドに踏まれても、なお呪文を唱えようとした。
ある者はエリモアに風の魔法で切り刻まれながらも、その場から離れようとしなかった。
覚悟を決めた者たちは、これまでの戦の中で最も厄介な存在だった。
「このままじゃ埒が明かないわ……ねえ、ちょっと! 司令官なら、撤退を考えても……」
エリモアは、司令官の男の姿を探した。
多種多様な魔法がぶつかり合う中、司令官の男の姿は見えない。
「あの男、まさか先にひとりで逃げたんじゃ……」
攻撃を退けつつ司令官の男を探していると、何かに足を取られた。
「あ……」
ぐちゃ、と肉塊を踏んだ感触に、エリモアは目を下に向ける。
司令官の男が着ていた服だ。
もはや誰かもわからなくなったその顔に乗せていた足を避け、エリモアは一歩下がった。
「……ど、どうしろっていうのよ」
司令官がいなければ、この戦場で指示を出せる人間はいない。
ふと辺りを見れば、山の国の魔法使いや魔女は、倒れていくばかりだった。
エリモアは、途端に寒気を感じた。その場の敵の全てから、目を向けられているような気がしたのだ。
「あいつが最後のひとりだ! 逃がすな!」
エリモアが踵を返したのと同時に、そんな声がした。




