メラリンとの別れ 狼の前で号泣する友子
王都に嘆願書を出して一週間がすぎた頃、クジラが慌てたようにしてアリクイのカフェに来た。
嘆願書の代表になっていた、クジラのところに、異例の速さで回答が届いた。
届いた文章には、全面的にメラリンの申し立てが受け入れられた、との内容だった。
友子は外に出て、すぐに電信柱に知らせた。
電信柱は喜んで、他の電信柱にも伝達した。
電信柱の伝達は早くて、すぐに続々と住民達が押し寄せた。
「ばんざーい」「ばんざーい」あちらこちらで歓喜の声が上がった。
カフェの外にも、カフェに入り切れない人が集まって喜びあっていた。
友子も外に出て、皆と一緒に喜んだ。
電信柱は歌を歌って喜び、大きな魚も嬉しそうに泳いでいる。
いつも空の上の方にいる龍が降りてきて、友子は、初めて見る龍に感動していた。
友子の後ろで住民達が「龍が降りて来るなんて滅多にないね」「本当に龍が降りてくるなんて…」と話しているのが聞こえてきた。
友子は、嬉しかった、大きな魚も龍も安心して住めるメラリンに戻れたことが嬉しかった。
この日、メラリンの街は歓喜に沸いた。
友子は、喜びあう住人をメラリンの街を見て、心の底から安心することが出来た。
次の日、開店と同時にクジラが来た。そして商店街の数人と狼も来た。
「おはようございます」友子が狼に水を持っていくと「よかったね、お疲れさま」と狼が友子を見て言った。
友子が話しかけようとすると、狼の目はいつものように本を見ていた。
でも友子は満足だった。
日常のメラリンが戻ってきた、そう思えた。
窓の外を、ふわりふわりと郵便物が見えた。
「取ってきます」そう言って友子が外に出ると、葉書が一枚ふわりふわりと友子の掌に乗った。
電信柱が、噂話をしていた。
「友ちゃん、三丁目の猫さん夫婦に三つ子の赤ちゃんが生まれたよ」
「わー、良かったね」友子は思わず電信柱に抱きついて喜んだ。
友子は、新しい命の誕生を尊く思い嬉しかった。今日生まれた三つ子の子猫達が安心して育っていくメラリンがある。
もう誰にも邪魔されないで、住人の皆が安心して暮らせるメラリンがある。
友子は幸せだった。
そしてこの頃、友子は少しずつ自分の世界へ帰ることを考えていた。
ただ迷っていた、できることならこのままメラリンにいたい…そう思った。
でも「本屋さんに行く」と、言って出てきた友子。母親や他の家族のことも気になっていた。
ある日、目覚まし時計が言った「友ちゃん、帰ることを考えているの?」
友子は「どうして?」少し驚いたように聞くと、「私は時計ですもの」と、目覚まし時計は言った。
友子が「目覚ましさんは、私が来たときも、私が来ることは分かっていた。って言ったでしょ」「未来のことがわかるの?」
友子が聞くと、目覚まし時計は「全てが分かるわけじゃないの、分かることもある、ってことね」
「目覚ましさん、私はまたメラリンの街に来られるの?」友子が聞くと、目覚まし時計は黙ってしまった。
「来られないのね…」友子が寂しそうに言うと、「友ちゃん違うの、私たち時計は分かっていても未来のことは言えないの…決まりなの…」目覚まし時計は申し訳なさそうに言った。
友子はそれ以上無理を言わなかった。
「目覚ましさん、困らせてごめんね」
「確かに帰ることを考えているんだけれど、帰り方もわからないし、またメラリンに来られるのかな…って考えていたの」
目覚まし時計が「私にも分からないことがあるのと、全ては言えないの」「でも、友ちゃんメラリンに来た日のことを思い出して、難しくはなかったと思うの」目覚まし時計は明るく言った。
次の日、友子はパン屋の夫婦、アリクイ、クジラに自分の世界に帰ることを話した。
でも、意外なくらい皆あっさりとしていた。
パン屋の夫婦は「友ちゃん、ありがとう。レンの宿題からハヤの面倒まで見てくれて、熱帯魚の餌やりまでしてもらって、友ちゃんがいると楽しかったよ」
アリクイは「友ちゃん、ありがとう。友ちゃんに手伝ってもらって本当に助かったよ、ひまりのことまで嬉しかったよ」
クジラは「そうですか、帰って来るのもいいですね、友ちゃんありがとう」
そしてパン屋の夫婦も、アリクイも、クジラも「またおいでよ」と、皆が言ってくれた。
とても簡単なことのように、またすぐ来れる、そんなふうに思えてしまった。
でも、友子は狼には言えなかった。
帰ったら、もう二度と狼と会えなくなるかもしれない…。
今、友子の心を占めているのはこのことだった。自分の心はとても正直だった。
友子が言わなくても、電信柱がすぐに伝達するのは分かっていたけれど、自分の口からは言えなかった。
友子がメラリンでの最後の夜。
友子はレンとハヤと一緒に、熱帯魚に餌やりに行った。
友子が餌やりに来るのは今夜が最後だった。
ガラスの階段を登ると、熱帯魚は餌やりを始める前に、友子の周りに寄って来た。
友子が掌を出すと、熱帯魚は友子との別れを惜しむように、友子の掌に身を寄せた。
レンが「友ちゃんがいなくなるのがわかるんだよ」と言って餌やりを始めた。
友子は熱帯魚に「なんて優しいの、ありがとう、元気でいてね」「レンくんやハヤちゃんと仲良くね」そう言うと、ハヤが友子に抱きついて泣き出した。
「ハヤちゃん、ありがとう楽しかったよ」友子はハヤを抱き上げた。
「ハヤ、友ちゃんを困らせたらダメだよ」と言って、熱帯魚に餌を投げ続けるレンの目にも涙が浮かんでいた。
友子は家に戻って、眠ったハヤを下ろした後、レンに「レンくんありがとう、レンくんがとても頼りになったよ、熱帯魚の餌やり大変だけどお願いします」そう言ってレンを抱きしめた。
部屋に帰ると、目覚まし時計が「友ちゃん、ありがとう、おやすみなさい」そ言って眠った。
少しシャイなところがある目覚まし時計だった。
友子は「目覚ましさん、私の方こそありがとう、部屋に帰ってきて、目覚ましさんとお話をするのが楽しかったわ」そう言って目覚まし時計に布団を掛けてやった。
友子は眠れず、メラリンに来てからのことを思い出していた。
明け方、音符の雨音が聞こえてきたので、窓を開けると薄暗い空から音符が降りてきていた。
友子は、静かに外に出た。
両手で音符を受けた、音符はポロンポロン、ポン。ポロンポロン、ポン。と優しい音で弾けて消えた。
友子は街灯の下で、掌に降りては弾けて消える音符を見ていた。
ふと、視線を感じて顔を上げると狼だった。
「あっ、夜勤だったんですか?」
「うん…」
「お疲れさまで…」友子は最後まで言い終わる前に泣き出してしまった。
狼の服の裾を掴んで泣いていた。
絶対に泣かない、そう決めていた友子だけれど、涙が止まらなくなっていた。
狼が「座ろうか…」そう言って、空へと続くガラスの階段に二人で腰をかけた。
それでも友子は、狼の服の裾を離さなかった。
「私…帰るって、自分で…決めたことなのに…」
涙を堪えながら話す友子に狼は、「また、帰っておいでよ…」そして「…待ってるから」と言った。
友子は、うんうん、と頷いて泣いた。
音符の雨が、友子と狼に当たって、ポロンポロン、ポン。ポロンポロン、ポン。と、優しく弾けた。
狼は友子の涙が止まるのを待って、帰って行った。
いつもお喋りな電信柱も、今日は目を閉じて、静かに見ないふりをしていた。
友子が帰る日の朝、目覚まし時計が「友ちゃん、私を友ちゃんのバッグに入れて、少しでも送って行きたいの」
友子は目覚まし時計の言葉が嬉しくて「目覚ましさん、ありがとう」そう言って、目覚まし時計を自分のバッグに入れた。
朝食は友子の大好きな、焼きたてのメロンパンにハムエッグとサラダ。
そしてアリクイが淹れてくれた美味しいコーヒーだった。
カフェに行くと、商店街の皆が来ていた。
クジラと、アリクイの奥さんとひまりも来ていた。
ひまりは友子を見ると、「ともちゃーん」と友子に駆け寄って来た。
友子は「ひまりちゃん、きてくれたのありがとう」そう言ってひまりを抱き上げた。
友子が帰るのを聞いて、大勢の住民が集まってきた。その中には明け方一緒にいた狼もいた。友子は大勢の住民が友子のために集まってくれて、信じられない気持ちだった。
「おはようございます。こんなに沢山の方に来ていただいて、私、本当に幸せです。私メラリンが大好きです。ありがとうございました」友子は深々とお辞儀をした。
住民達が友子に拍手を送った。そして「ありがとう…」「また、おいで…」「いつでも待ってるよ」と声をかけた。
パン屋の主人が裏から沢山の、焼きたてのメロンパンを持ってきた。
アリクイが美味しいコーヒーを淹れた。
友子はカウンターに入り、子ども達にジュースを用意した。
アリクイが「友ちゃん、いいんだよ、座ってて」と言っても「お手伝いさせてください」と友子が笑顔で言った。
店内は、しばらく思い出話で盛り上がった。
楽しい時間は、本当に短いもので、友子が帰る時間となった。
皆がカフェの前に出て友子を見送った。
クジラが「そこまで送って行きますよ」そう言って友子と歩き出した。
友子は、手を振って皆と別れた。
正直言って、友子はこのとき、帰り方が分かっていなかった。
友子がクジラに「私、帰り方も、次に来たくても、どうすればいいのかも、わからないんです」と聞くと、クジラは微笑んで「メラリンは、いつも友ちゃんのそばにありますよ」と言った。
友子が空を見ると、大きな魚も龍もいなかった。
「今日は、魚や龍がいませんね」友子が聞くとクジラはいなかった。
振り向くと、さっきまで見えていたカフェも、住民の姿もなかった。
そこは、友子が見覚えのある街で、友子は生まれて育った街に帰ってきていた。
クジラと最初に出会った本屋の前だった。
友子は唖然とした。
そのとき、友子のバッグの中で何かが聞こえた。
目覚まし時計だった。
「目覚ましさん、ごめんなさい。私、あなたを私の街まで連れてきてしまったわ…」友子が慌てて言うと、目覚まし時計は「私は大丈夫よ。友ちゃん、友ちゃんは又メラリンに来るわよ」そう言って目覚まし時計は消えた。
友子は「待って…」そう言ったが、その時には目覚まし時計はいなかった。
友子は思った。また行けるんだ、メラリンの街。
行き方はわからないけど、私のすぐ側にあるメラリンの街。
友子は嬉しくなって空を見上げた。
そして、友子は家へと急いだ「お母さん、ただいまー」
友子が帰ると、家の奥から「友子、遅かったじゃない、片付け手伝ってよ」と友子の母親が言った。
「ごめんなさい、すぐに手伝う」
「お母さん、本屋さんに行っていたらね…」
あとがき
最後までお読みいただきありがとうございました。
ファンタジーの緩やかな世界です。
友子が行った、友子のすぐ側にあるメラリンの街。行き方も帰り方もわからない、でも、すぐ側にある街、メラリン。
誰もの側にこんな世界があったなら、あるとすれば、心のどこかにあるのかもしれない。
そんな思いで描いた物語です。
実は、この物語を描き始めたとき、電信柱は怒りっぽかったり、お喋りで少し困った存在。
少し迷ったのですが、怒りっぽいのも、お喋りなのも良いキャラクターだな、と思えそのまま描くと可愛い存在になってくれました。
丁寧でどことなく品のあるクジラ。
知的で紳士なアリクイ。
そして寡黙でなぜか惹かれる狼。
疲れたときに何も考えずにお読みいただけるかと思います。
メラリンの街のキャラクターたちが、お読みいただいた皆さまの疲れた心に少しでも、寄り添うことができましたら幸いに思います。
長いあとがきになってしまいましたが、最後までお付き合いいただき、心より感謝申し上げます。




