狙われたメラリン
夜、友子が寝ていると、目覚まし時計が「友ちゃん、起きて起きて!」と、ベルを鳴り響せた。
「熱帯魚が大変よ!」
友子は目覚まし時計のベルで飛び起きた。
時計を見ると、まだ深夜の二時を過ぎたばかりだった。
「熱帯魚の様子がおかしいって言って、空で大騒ぎしているのよ!」
友子が窓を開けて空を見ると、空には大勢の大人が集まっているのが見えた。
友子も心配になり着替えて、外へ出た。
階段を登ると、クジラも、アリクイも、パン屋さんの主人もいた。
アリクイが友子を見て「目覚まし時計が、騒いだんだね」とすまなそうに言った。
「大丈夫です」「私に、何かお手伝いできますか?」友子が言うと、アリクイは「ありがとう。熱帯魚が何かストレスを感じているみたいなんだよ」そう言いながら、アリクイが手を差し出すと、アリクイの掌に熱帯魚が乗ってきた。
そして、何かを言いたそうに掌の中をくるくる回った。
クジラが「餌やりの他にパトロールが必要になりますね」と、アリクイと話をしていた。
何が起きているんだろう?
友子がメラリンの街に来て、初めて感じた感覚だった。
街全体に緊迫感を感じた。
あれほどお喋りな電信柱も、黙って不安そうに空を見つめている。
友子が部屋に帰りドアを開けると、目覚まし時計は「どうだった?熱帯魚は大丈夫だった」と、聞いてきた。
友子は、空で自分が見て聞いてきたことを話したが、話しながら不安と心配が募るばかりだった。
翌朝「おはようございます」店に行くと、アリクイは「おはよう、友ちゃんゆっくりでよかったんだよ」「心配かけたね、ありがとう」と、友子を気遣った。
そこへ、「おはようございます。早すぎましたかね」クジラだった。
「おはようございます。大丈夫ですよ、どうぞ」アリクイは、すぐにクジラのコーヒーの
準備に取り掛かり、昨夜の熱帯魚の話をしていた。
その後すぐ客がバタバタと入ってきた。
その中には若い狼もいた。
そして、皆が昨夜の熱帯魚の話をしていた。
狼に水を持って行き「昨夜、熱帯魚が…」が友子が話しかけると、「大変だったのは聞いていたんだけどね、昨夜は夜勤だったんだ」と狼が答えた。
「あっ、すみません」咄嗟に謝ると、「謝らなくていいよ」「お疲れ様」狼は友子を見てそう言った。
友子は驚いた。いつもなら本に目をやったままで話す狼が、友子を見て話した。
友子は、驚きながらも少し嬉しくなった。
友子がカウンターへ帰ろうとした時、店のドアが開いて、三人の男が入ってきた。
一人は小太りの、ニコニコと言うよりはニタニタとして威圧感がある男。
もう一人は、ガタイが良く、無愛想な男。
そしてもう一人は、ポケットに手を入れ、椅子を足で蹴って動かすガサツな若い男だった。
三人の男が店に来た途端、アリクイの表情が一瞬で険しくなった。
友子が見たことのないような、厳しい表情をしていた。
友子は不安と、三人の男への恐怖で身体が固まった。
若い男が「お姉ちゃん、新顔だねぇ、水ちょうだい」友子をからかうように言ってきた。
すぐに狼が「マスター」と声をかけた。
アリクイは友子を見て、狼のところへ行くように、手振りをしてみせた。
狼は友子に小さなメモを渡した。
メモには「パン屋のおじさんに声をかけて」と書いてあった。
友子が裏に行くと、パン屋の主人も友子の話を聞かなくてもすぐに理解したようで、友子とカフェに来にきた。
小太りの男が振り向き友子に「お姉ちゃん、私達にもコーヒーをね」と注文した。 友子は一瞬、体がビクッとした。
同時にカウンターでアリクイが「今日は団体のお客様の予約が入っているので、店はお休みなんです」そう言うと、本当にちらほらと客が来始めた。
すぐに店には、沢山の客が集まった。
どうやら、電信柱が男三人がカフェに入って行くのを、街中に伝達したらしい。
小太りの男は「残念ですね、是非お話を聞いて欲しいのですがね、街中の皆さんの生活も豊かになりますよ。都会的なビルが立ちますからね、皆さんのお店もその中に入っていただけますよ」小太りの男はそう言ってパンフレットの束を置いて帰って行った。
外に出ると、ポケットに手を入れた若い男が、電信柱に何かを言って、蹴りつけながら怒鳴っていた。
友子は店から飛び出して「やめてください」と、強く言った。
若い男は振り向き、友子に言い返そうとして睨みつけてきたが、「チェッ」と舌打ちして帰った。
友子の後ろにはクジラやアリクイ、狼、客達全員が友子を庇うように、友子の後ろに立っていた。
電信柱は「友ちゃん、ありがとう」「あいつら、何か喋れって言ってきたけど、何も言わなかったら蹴飛ばしてきたんだよ」と泣き出した。
クジラ達は皆、店に戻ったが友子は、「痛かったね、頑張ったね」と、しゃがんで電信柱を撫でてやった。
友子が店に戻ると、店内は友子が人生の中で経験したことの無いような、張り詰めた空気が漂っていた。
男が置いていったパンフレットには「ドリーム開発株式会社」と書いてあった。
今までもあの男達は、他の街でも「宿泊施設や大型商業施設を建て世界に誇るリゾートに生まれ変わらせ、住民の皆さんの生活を豊かにしましょう」と呼びかけてきた。
「皆さんの生活も保証しますよ、これを機に家を新しくしませんか?」などと言って幾つかの街はこの話に賛同したらしい。
だが、相次ぐ工事と、街が新しく生まれ変わったことで、外からの車の大渋滞が続き、
空気は汚れ、その街も以前は夜空を熱帯魚が泳いでいたが、今ではほとんどいなくなった。
客からの苦情に住人は対応に困り、「ドリーム開発株式会社」に相談しても、全く対応しないという噂がある。
メラリンの住人は、絶対に阻止しようとしているのだが、昨夜のように熱帯魚を狙ったり、友子がこの街に来る前から、今回のように突然やってくることは数回あった。
友子はメラリンがこんな大変なことになっている事実を知り動揺していた。
メラリンの街を守りたい気持ちは、友子も住人と同じだった。
ただ、メラリンの住人が懸念しているのは、あの男達が、王都に経済効果、雇用創出、税収、を言葉巧みに話を持ちかけるだろう。
王都も街の経済効果や、住人の生活を考えると、あの男達の話に耳を傾けるかもしれない。
確かにメラリンは裕福な街ではないが、与えられた物に感謝して、大切に守り次の世代に残して行くのが住人の希望だ。
今、カフェに集まっている住民達は、このままではいけない、あの男達が動き出した以上何か対策を、と考えている。
でも、誰も意見は出ない。
頭を抱える者がいれば、握り拳をしてあの男達への怒りを抱く者もいる。
友子は自分に出来ることは何だろう…。
考えたとき、嘆願書のことを思いついた。
友子は静かに「あの…いいですか?」と、小さく手を上げた。
クジラは「もちろんですよ、友ちゃんの意見を聞かせてください」と、友子の方を見た。
他の者も皆、友子に注目した。
友子は、嘆願書の話をした。
・王都の役所宛に宛名を書くこと
・開発に反対する理由を丁寧にまとめること
・住民の署名を集め、正式に提出すること
そして友子は、一呼吸おいて嘆願書を出したからといって、必ず認められるわけではないと付け加えた。
「中途半端なことを言ってすみません」友子が申し訳なさそうに言うと、アリクイは「友ちゃん、謝らなくていいよ。メラリンのことを想ってくれて言ってくれているのだから」
クジラも「そうです。それに何もしないで手をこまねいているよりは、私達にできる最善を尽くしましょう」と、店内の皆に呼びかけるように言った。
「いいと思うよ…」「そうだな…」「やってみよう…」
さっきまでの張り詰めた空気が少し和らいだ。
そして、アリクイが淹れるコーヒーの香りが、店内に漂い、皆の疲れた心を癒した。
束の間の休息をとり、その日のうちに打ち合わせの段取りをした。
夜、友子はレンとハヤと一緒に、熱帯魚の餌やりに行った。
友子は、昨夜よりは落ち着いている熱帯魚を見て、少し安心した。
そして目の前で、熱帯魚に餌をやるレン、友子の手をしっかり握ってくるハヤ、を見て絶対に守ってやりたいと、思う友子だった。
友子が部屋に帰ると、目ざまし時計も心配して、友子の帰りを待っていた。
友子が今日あったことを話すと、目覚まし時計は三人の男のことは電信柱が話しているのを聞いて、知っていた。
そして「あの男達は、メラリンの街を良くしようなんて思ってないわ」「空を泳ぐ大きな魚や龍、夜空に星と輝く熱帯魚、喋る電信柱に音符の雨、全てを見せ物にして、自分達のお金儲けのことだけを考えているのよ」と、腹立たしい口調で言った。
でも、不安が隠せない、そんな目覚まし時計が、友子に「友ちゃんありがとう、嘆願書に私も署名したいわ」「でも、私には手がないから書けない、代筆してもらえる?」「私達時計には皆、違った製造番号が書かれているの、それを代筆してもらうのはどうかしら?電信柱もきっと同じだと思うわ」
一生懸命に訴えてくる目覚まし時計を見て、
改めてメラリンを守ろう、と友子は強く決心した。
次の朝、友子とアリクイが開店の準備をしていると、文房具店の主人が、嘆願書の原稿を持ってきた。
あまりにもの速さに、アリクイと友子が驚いていると、「昨日ここで話し合ったことを、先生に文章としてまとめてもらったんですよ。私は、コピーをしただけですがね」と文房具店の主人は笑った。
アリクイはコーヒーを淹れて文房具店の主人と話をしていた。
友子は速さに驚きながらも、先生って誰?昨日集まった人の中にいたの?
そんなことを考えながら開店の準備が整ったころ、クジラや狼、昨日集まった住民達が次々とカフェに来た。
「おはようございます」が飛び交う中で、文房具店の主人が「先生、昨日はありがとうございました。立派な嘆願書になりました」
周りの人達も口々に「ありがとうございました」と言った。
次の瞬間、友子は驚いた。
あの狼が「いいえ、皆さんもお疲れ様です」
「お役に立てればと思っています」と言って
丁寧にお辞儀をした。
狼が先生だったんだ、友子は驚いた。
アリクイは「友ちゃん、話していなかったね。彼は総合病院の内科のお医者さんでね。公文書や医学論文を書くから、文章も上手なんだよ」そう言いながら淹れたてのコーヒーをテーブルに置いた。
友子はコーヒーを狼に運んで、「ありがとうございます」と言った。
狼は「意外…そんな顔してたね」と微笑んだ。
「いえっ、そうじゃなくて…」「一人でも多くの方に署名していただけるように頑張ります」友子が笑うと「頑張りすぎないようにね…」と、狼はいつものように本に目をやった。
一斉に署名活動は始まった。
友子も幼稚園にお願いに行った。
園長も保育士達も快く受けてくれた。
誰もがこのメラリンを守ろう。と、思いは同じだった。
意思を持つ物や動物の署名は王都の規定に従って、製造番号、電柱番号を個体識別として記入することになった。
これは、この世界で昔から認められている正式な方法であり、王都も理解している。
電信柱にも話をすると「友ちゃん、メラリンの電信柱は皆、同意するよ。繋がっているからわかるんだよ」
そう言って友子が歩かなくていいように、一本の電信柱が全ての電信柱の、電柱番号を教えてくれた。
友子は、店の合間の短い時間も街頭に立ち、署名をお願いした。
数日したころ、友子は朝身体が思うように動かなかった。
身体が重くて、だるくて、辛かった。
でも友子は、熱もない大丈夫!自分に言い聞かせて、店に行った。
アリクイはすぐに気がついた「友ちゃん、大丈夫、今日はいいから部屋で休んで、食事は部屋に届けるからね…」「落ち着いたら病院へ行こう」友子はアリクイの言葉に「大丈夫です、そしたら少しだけ休みます」「すぐ治ります」
そう言って友子はすぐに部屋に上がった。
部屋に入りベッドに腰を下ろすと、ノックの音がして「友ちゃん、入っていい?」パン屋の奥さんの声だった。
「はい」友子が返事をすると、パン屋の奥さんと狼が入って来た。
「今、ちょうど先生がカフェに来てね、マスターがお願いしたのよ」と狼を部屋の中へ招いた。
「だから『頑張りすぎないように…』って言ったのに…」と狼は微笑んで、椅子に腰を下ろした。
狼は友子の脈を診て、友子の目をじっと見た。
友子はやはり疲れだったようで、今日一日休むように言って狼は帰って行った。
念の為にと、届けてもらった薬を一錠飲んで寝た。
友子は残りの一錠を大切にバックにしまった。
次の日、友子はすっかり元気になっていた。
「おはようございます」
朝、友子が店に行くと「おはよう、友ちゃん元気になったみたいだね、良かった」と、微笑むアリクイに「ありがとうございました。ご心配おかけしました、昨日が嘘みたいに元気になりました」と、友子は笑って見せた。
「彼はね、名医で目で治す、といわれていて目に不思議な力があるようだね」アリクイに言われ、友子は、そう言えば狼がじっと目を見たのを思い出していた。
友子が一日休んでいる間に、嘆願書の署名はたくさん集まっていた。
開店と同時にクジラが来た。
そして商店街の人も数人来た。
クジラが「友ちゃん、顔色が良いですね、良かった」と、安心するように言うと、他の人達も「元気になって良かったよ…」「でも、もう無理をしないようにねぇ」「ほんとだよ…」と、皆友子を心配していた。
友子は嬉しかった。こんなふうに思ってもらえていたなんて…。
ますます頑張ろう、友子はそう思った。
その時、ドアが開いて狼が入ってきた。
友子は水を持って行くと「おはようございます。昨日はありがとうございました」と、笑顔で深々とお辞儀をした。
狼は、友子の目を見て「良かった。もう大丈夫だね、でも、無理しないように…」そう言い終えたときは、やはり狼の目は本に向いていた。
その日から友子はカフェの手伝いをしながら、時間を見つけて署名活動をした。
署名も集まり、王都に提出することになった。
クジラやアリクイ、商店街の数人が代表で行くことになった。
前日の夜、友子はカフェに積まれた嘆願書を見ていた。
メラリンの住人の皆が署名してくれた。
レンやハヤ、ひまり、他にも子ども達が一生懸命書いた自分の名前。
愛おしくて守ってやりたい、友子は涙が出てきそうだった、でも友子は絶対に泣かない。
自分の世界に帰るときも笑って帰ろう、友子はそう決めていた。
次の日、クジラ、アリクイ、商店街の代表が王都へ向かった。
友子はその背中に、祈りを込めて見送った。




