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月猫庵の花嫁様 〜俺様社長に嫁入り!?〜  作者: 愛龍


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8

その日鷹峰グループの役員二人が月猫庵を訪れていた。土地の権利書を持って…


「……移転の費用や新店舗の候補も、こちらで用意いたします。破格の条件かと思いますよ?」

テーブル越しに、専務が書類を差し出す。


「でも……ここは……」

花楓は視線を落とし、両手でカップを握りしめていた。


その声はかすかに震えている。


その時。


――カラン。


古い引き戸の音が鳴り、店に新たな影が差した。


「鷹峰さん……」

顔を上げた花楓が目を見開く。

「すみません。今日、お店……まだ……」


「……構わない」

低い声が静かに響いた。


その場にいた専務が振り返る。

「――社、社長!? なぜここに……」


驚愕で青ざめる顔。

彼にとってここは、ただの“立ち退き対象の古民家”だった。


だが、今まさにその場にグループの実権を握る人物が現れたのだ。


煌牙はゆっくりと足を進め、テーブルの書類へと視線を落とした。


見慣れた社印。


自分の会社の名が、花楓の居場所を奪おうとしている証だった。


「……その話、俺が引き継ぐ」


専務は慌てて立ち上がり、冷や汗を拭った。

「し、しかし社長、これは会長と役員会で決定して――」


「決定権は俺にある。もう一度言う――これは、俺が引き継ぐ」


沈黙が落ちた。

花楓の唇がわずかに震え、専務の顔は蒼白に染まる。


そして、その瞬間。

“鷹峰社長”として初めて彼女の前で真っ直ぐに立った。


「社長……?」

花楓は専務が出て行ったあとも、その場に立ち尽くしていた。


声がかすれている。


「じゃあ……なんで……」

目が潤んでいく。

「ここは大切な場所なのに……」


裏切られたような痛みが、言葉の端々に滲んでいた。

その表情が胸を突く。


「……頼みがある」

俺は彼女の目の前まで歩み寄り、低く呟いた。


「え……」

花楓が顔を上げる。

涙が今にもこぼれそうな瞳。


その視線を正面から受け止める。

社長ではなく、一人の男として。


「俺と………一年だけ、結婚してくれ」


「えっ……?」

花楓は瞬きをした。


「立ち退きも、銀行の融資も、全部俺が引き受ける。その代わりに……一年だけ、俺の“妻”になってくれ」


声が震えるのを、自分でも感じていた。

役員会や土地の権利を動かすよりも、この言葉を口にする方が、よほど勇気がいった。


花楓は呆然と立ち尽くし、唇を開いたまま声を失っていた。

「契約結婚だ」

俺は低く言い切った。


「俺はもう、煩わしいお見合いはコリゴリなんだ。仕事に集中したい。

その代わり、一年後に離婚したら……

この土地の権利を君に渡す。慰謝料も払う」


言葉にした瞬間、花楓の瞳が大きく揺れた。

彼女の指が震えて、握りしめる。


「でも、でも……」

かすれた声で絞り出す。

「私、好きな人としか……結婚なんて……」


――胸の奥に、小さな痛みが走った。

だが、それでも譲れない。


「……俺が必ず、ここを守るから」


静かに、けれど強く告げた。

花楓の瞳が涙で滲み、俺を見上げる。


「……っ、でも……そんなの……貴方が悪者にされちゃうよ?」


その一言に、喉が熱くなった。

自分のことより先に俺の立場を案じる、その優しさ。


だからこそ、俺は――彼女を絶対に守りたいと思った。


涙声で呟く花楓に、俺は迷わず答えた。


「心配しなくていい。そんなもの、どうにでもなる」


短く、強く。

それは威圧ではなく、揺るがぬ確信だった。

覇王と呼ばれてきた血が、今この瞬間だけは“約束”へと変わる。


花楓の肩がわずかに震える。

迷い、戸惑い、それでも瞳の奥で小さな決意の光が揺れた。


「……わかった」

彼女は深く息を吸い、頷いた。

「よ、よろしくお願いします」


静かな声が、庵の中に落ちた。


その瞬間、俺の胸の奥で何かがほどけた。

安堵か、歓喜か、それとももっと強い感情か――

まだ自分でも言葉にできない。


ただ一つだけ、確かだった。


(これで……もう“客”じゃない。お前は、俺の花嫁だ)


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