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「…………月猫庵のオーナーです」
観念したように口を開いた瞬間、テーブルの空気が一気に弾けた。
「月猫庵?」
兄嫁・麗香が目を丸くする。
「昴流さんがよく通ってるカフェ?」
「はい」
昴流がにこりと笑い、すらすらと続けた。
「美味しいコーヒーを淹れるオーナーで、ロシア人とのクォーター。
髪は明るめの茶色で、猫みたいにコロコロ表情が変わるお嬢さんですね。
年齢は二十四歳。名前は――月代花楓さん」
「きゃーーっ!」
母・綾子、姉・彩織、そして麗香までもが揃って声を上げる。
「まぁ素敵!」
「若いじゃない!」
「可愛い響きの名前ね!」
興奮と歓声に包まれたテーブルの中心で、俺は黙々とカップを持ち直す。
……居心地が悪い。
視線を逸らしても、家族の好奇心は止まらない。
「煌牙にそんな相手がいたなんて!」
「やっぱり冷たい顔してても、そういうところはあるのねぇ」
笑顔に囲まれながら、俺はひとり小さくため息をついた。
(……完全に、嵌められたな。昴流のやつめ)
ちらりと横を見れば、末弟は得意げにデザートのカットフルーツを頬張っている。
知らん顔をしながら、その目は確かに笑っていた。
俺が絞り出すように答え、女性陣の歓声が一段落したその時。
父・朝紀がふと目を細めた。
「……あれ? その店って……」
すぐに背後の秘書・吉河を呼びつける。
「吉河さん。あの候補地の資料を」
「畏まりました」
吉河は即座に黒革のフォルダーを持って戻り、父の前に差し出す。
ぱらりとページをめくった朝紀は、あっさりと言った。
「あぁ、やっぱり。月猫庵の土地――うちのホテルの別邸建設候補地だね」
「……っ」
手の中のカップがわずかに震える。
「つい最近、権利をうちが買い取った。立ち退き交渉は、先週から役員たちが動いているはずだ」
テーブルの空気が凍った。
母も姉も麗香も、顔を見合わせる。
昴流が唇を引き結び、静かに俺を見た。
「……兄さん」
頭の奥で血が逆流する。
花楓の笑顔。
おじいちゃんの大切な場所だから私が守るの…と言った声。
それを、俺たち鷹峰グループが奪おうとしている。
胸の奥で、怒りにも似た熱が込み上げてきた。
「…………父さん。その権利を俺にください」
沈黙が落ちた。
家族全員の視線が俺へと集まる。
父・朝紀はナイフとフォークをそっと置き、目を細めた。
「いいけど……じゃあ別邸建設はやめるのかい?」
「いえ」
俺は首を振った。
「他に候補地を見つけます。その代わり――その権限を俺にください」
息を呑む気配が、テーブルを包む。
普段なら口を挟む姉も母も黙り込んでいた。
朝紀はゆっくりと背もたれに身を預け、俺をじっと見据える。
長い沈黙のあと、低く言った。
「…………いいよ。好きにしてくれて」
そして、わずかに笑みを浮かべる。
「私は、結果を出せると信じてるよ。――両方ね」
「……両方」
その言葉の重みを胸で噛みしめる。
花楓を守ること。
鷹峰の事業を守ること。
どちらか一方ではなく、両方を成し遂げろ――父はそう言ったのだ。
俺は深く息を吸い、背筋を正した。
「……承知しました」
その瞬間、昴流が小さく笑みを浮かべたのを横目に見た。
(やっぱり兄さんだな……)とでも言いたげに。




