6
昴流と会った3日後…
「……何なんだ急に」
俺――鷹峰煌牙は眉をひそめた。
本来は来週のはずだった家族の朝食会が、なぜか今週末に前倒しされた。
関東エリアを任されている兄・夕樹まで顔を揃えている。
父・朝紀がカップを置き、穏やかな声を出す。
「さて。話ってなんだい? 昴流」
末弟の昴流は、にやりと口角を上げ、まるで悪戯を仕掛ける子供のように言った。
「――煌牙兄さんに、好きな人ができたんだ」
その瞬間。
「ぶッ――!」
俺は飲んでいたコーヒーを盛大に吹き出した。
テーブルクロスに黒い染みが広がり、空気が一気にざわめく。
「えっ!? 好きな人!?」
母・綾子が目を丸くする。
「ほんと? ほんとに? 誰なのよ!」
姉・彩織が身を乗り出し、兄嫁の麗香まで頬を紅潮させる。
「わぁ……すごい。煌牙さんにそんな相手が……!」
麗香は興奮気味に両手を組む。
「へぇ……」
長兄・夕樹はニヤつきながら、こちらに期待の視線を投げてきた。
「ちょ、待て、勝手なことを――!」
慌ててハンカチで口元を拭う俺の声は、家族の熱気にかき消されていく。
「誰? ねぇ誰なの? どんな人? どこで知り合ったの?」
「やっとね、煌牙!」
「ふふっ、案外可愛いとこあるのね」
家族の色めき立った視線が一斉に俺へと注がれる。
普段は誰からも怯えられる社長――そのはずが、今や家族の好奇心の的だ。
(このガキ……!)
目の前で涼しい顔をした弟は、ただ一言。
「事実だからいいじゃないですか」
にやりと笑うその目に、俺は心底ムカつきながらも言葉を失った。
父・朝紀が静かにナプキンを置いた。
「よし、吉河さん」
呼ばれた秘書が即座に姿を現す。
姿勢は正しく、礼の角度は完璧。
「今日の僕たちの予定―ぜぇーーんぶ無しにして。お願いね」
笑顔。
だが、その声音には有無を言わせぬ圧が潜んでいた。
「畏まりました」
秘書・吉河は一礼し、滑らかに告げる。
「昴流様の高校へは欠席のご連絡をいたします」
「やった!!」
昴流が拳を突き上げる。
「待ってください」
俺は思わず声を上げた。
「俺、今日――会議が…ある」
父はカップを傾け、一口飲んでから、ゆったりとした笑みを浮かべる。
「煌牙。君がいないと回らないほど、うちの役員たちは無能なのかい?」
――空気が一瞬で凍りついた。
母も姉も兄までも、わずかに息を呑んだ気配が伝わる。
俺は言葉を失った。
父の問いは穏やかに聞こえて、その実、役員をも切り捨てる鋭さを孕んでいた。
「……」
喉が鳴る。
返す言葉を探す間もなく、父はナイフを置き、笑顔で締めくくった。
「なら問題ない。今日は家族会議だ。最後まで付き合いなさい、煌牙」
有無を言わせぬ声に、テーブルの下で昴流がにやりと笑った。
「……それで、誰なの?」
母・綾子がカップを置き、柔らかな笑みのまま鋭く問いかける。
「どんな人なの?」
姉・彩織も目を輝かせ、身を乗り出した。
――やめろ。
その視線が一斉に俺へと注がれる。
「………………………………ちょっとトイレに」
思わず立ち上がった。
一瞬の沈黙のあと、父・朝紀が淡々と告げる。
「逃げても無駄だよ?」
場の空気がどっと和らぎ、家族が一斉に笑い声を上げる。
だが俺の背には、冷や汗が伝っていた。
仕方なく席に戻る。
椅子を引く音が妙に大きく響いた。
視線を横に向ければ――末弟・昴流は、涼しい顔でパンをちぎっている。
知らん顔。まるで“自分は無関係”とでも言いたげに。
(……このガキ、全部仕組んでおいて……)
心の中で毒づきながらも、俺は黙ってフォークを持ち直した。
だが家族の目は、もう一度俺へと集中している。
逃げ場は――どこにもなかった。




