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月猫庵の花嫁様 〜俺様社長に嫁入り!?〜  作者: 愛龍


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4

夜、四条通りに立つマンション。


静まり返った部屋に戻った瞬間、俺はソファに体を投げ出した。


「……何をしてるんだ、俺は――っ」


額に手を当て、深く息を吐く。

いつもなら計算も冷静さも失わない。

だが今日、あの瞬間だけは違った。


観光客の汚い笑い。

花楓の困惑した顔。

そして、胸に触れたあの手。


思い出すたび、血が再び沸騰しそうになる。


(……困らせたか? 怒らせたか?)


花楓は、あの後、小さく頭を下げて言った。


「ありがとうございます」


声は震えていた。

それでも、はっきりとそう言った。


セーフ……か?


いや、違う。


感謝の言葉に安堵した自分がいたことが、何より厄介だった。


鷹峰の社長として立場を背負う男だ。

感情に流されることなどあり得ない。


……はずだった。


「……くそッ」

舌打ちが漏れる。


守りたいだと? 特別な笑顔が見たいだと?

そんな感情に振り回される自分など、認めたくない。


だが、思考を切ろうとすればするほど、脳裏に浮かぶのは花楓の表情だった。

怯え、戸惑い、それでも最後に向けられた小さな笑顔。


胸の奥で、答えの出ない熱が燻り続けていた。



翌日、鷹峰ホテル京都・翠嵐高峰のラウンジ。

磨き上げられた大理石のテーブル越しに、俺と弟が向かい合っていた。

弟―鷹峰昴流。まだ高校二年。


本来なら俺が導く立場のはずなのに、なぜか今は逆だった。


「…………………認めれば?」

アイスティーのグラスを傾けながら、昴流が呆れたように呟く。


「何をだ」

思わず声が荒くなる。


「決まってるでしょ。兄さん、あの店のオーナーさんに惹かれてるって」

さらりと告げる口調に、心臓が一瞬跳ねた。


「馬鹿言うな。俺はただ……店に迷惑をかけた客を追い払っただけだ」


「ふうん。じゃあ、なんで僕に相談したんです?」

昴流は楽しげに目を細めた。

年下のくせに、妙に大人びた目をする。


「兄さん、わざわざ僕をラウンジに呼び出してまで、

“あの時困らせたかどうか”を気にしてるんですよね。

普通の客なら、気にする必要ないでしょ」


痛いところを突かれ、言葉が詰まる。


昴流はストローを弄びながら、肩をすくめた。

「兄さんはいつも完璧に見えるけどさ。人を愛することに関しては、下手なんですよ」


「……っ」

返す言葉が見つからない。


「でも、僕はちょっと安心しました」

昴流はふと優しい顔を見せる。

「兄さんが人に腹を立てたり、誰かを守ろうとしたりできるんだなって。

あのお店のコーヒー……美味しいでしょう? あれは

“人の温度”を持ってるからなんですよ」


沈黙。

胸の奥に、弟の言葉がじわりと広がっていく。


(……認めろ、か)


認めれば、楽になるのかもしれない。

だが―簡単に口にできるほど、俺は柔らかくない。

「……兄さん」

昴流はストローを弄んでいた手を止め、真っ直ぐに俺を見た。


その眼差しは年齢を超えた鋭さを帯びていた。


「好きなんだよ。――花楓さんのこと」


カップの中の氷が小さく鳴った。

思わず息を呑む。


「な……」

否定の言葉を探したが、口から出る前に昴流が続けた。


「勿体ないですけどね。覇王には」


呆れたように、それでいてどこか優しく笑う。

俺の胸に刺さるのは、その素直さだった。


「兄さんはさ、完璧に仕事こなして、誰より冷静で、みんなから恐れられて。

でも花楓さんは、そんな兄さんをただ“お客さん”として扱うんですよ」


「……」


「だから気になって仕方ないんでしょ。兄さんにとっては初めてなんだ。

地位も肩書きも関係なく、ただの人として笑ってくれる相手が」


言葉が出なかった。

図星を突かれたように、胸の奥がざわめく。


昴流は残り少ないドリンクを飲み干し、にやりと笑った。


「兄さん。覇王なんて呼ばれてるけど――

その顔、ただの“恋してる男”ですよ」


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