表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月猫庵の花嫁様 〜俺様社長に嫁入り!?〜  作者: 愛龍


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/46

3

気づけば、俺は何度も足を運んでいた。


弟・昴流に連れられてきたのが最初だったが、その後は自分の意思で。


翠嵐高峰の喧噪から抜け出し、月猫庵の引き戸を開ける。


それだけで、不思議と肩の力が抜けるようになっていた。


「いらっしゃいませ」

花楓はいつも変わらない笑顔で迎える。


そして、その表情はすぐに変わる。


猫のようにくるくると。


驚けば目を丸くし、嬉しければぱっと頬を赤らめ、失敗すれば照れて唇を尖らせる。

飾らない感情の移ろいが、俺には妙に眩しく映った。


(……コロコロ変わるな)


そう思いながらも、気づけばその一つひとつを追ってしまう自分がいる。


そして何より――彼女は俺を「社長」とも「御曹司」とも呼ばない。


「お客様」として、ただ丁寧に、けれど自然に接してくる。


「コーヒーのお代わり、どうします?」

「今日はランチ、ちょっと多めに作っちゃったんでおまけです!」


その声音に特別扱いはなく、ただ“普通の客”として扱われている。


(まぁ……客だからな)


そう思う。

だが、俺にとってはそれが妙に新鮮だった。


地位も肩書きも抜きにして向けられる視線。

どれだけ役員や親族が「相応しい花嫁」と取り繕っても、俺に向けられる眼差しは計算と打算に満ちていた。


ここには、それがない。

ただ真っ直ぐで、曇りのない眼差しだけがある。


(……楽だな)


カップを傾け、ふと気づく。

久しぶりに「また来よう」と思っている自分がいた。


そしてまた足を運んでしまった。

弟の昴流に茶化されるのも構わず、仕事の合間にわざわざ。徒歩5分の距離…


俺がここに来る理由は、もうはっきりしている。


「いらっしゃいませ」

花楓はいつもと同じ、柔らかな笑顔で迎える。

どの客にも平等に、変わらぬ明るさで。


コーヒーを運び、ランチを並べ、冗談を言えばころころと表情を変える。

その素朴さが、妙に胸を掴んで離さない。


……だが。


(俺は“客”だから、か)


そう思うと、途端に面白くなくなる。


この笑顔は俺のためじゃない。


この優しい眼差しも、俺だから向けられたわけじゃない。


“客”だから……


それだけのこと。


(……それが気に入らない)


背筋に熱が灯る。

仕事で成果を得るのも、ホテルを拡大するのも、すべては俺の選択と努力の結果だ。


だが、彼女の笑顔は――まだ、俺だけのものじゃない。


「……なら、見てやるさ」

思わず声に出そうになり、カップの縁で誤魔化す。


“客”では見られない顔。

打算でも義務でもない、特別な表情。

それを引き出すのは、必ず俺でなければ気がすまない。


客席に座るだけの男で終わるつもりはない。


その日、店は観光客で賑わっていた。

竹林帰りの客が列をなし、花楓は忙しなく働いていた。


小柄な体で笑顔を絶やさず、一人ひとりに丁寧に声をかける姿――その表情を、俺は黙って眺めていた。


だが。


「お姉さん、愛想いいねぇ」

観光客若い男達の一人が、花楓に絡んだ。


「すみません、やめてください」

彼女が下げた声は、真剣だった。


だが男は笑い、わざとらしく手を伸ばし――花楓の胸元に触れた。


瞬間。


耳の奥で血が煮え立つ音がした。

全身を駆け巡る熱。

頭では抑えようとしても、拳はすでに動いていた。


「――汚い手を、下ろせ」


低く響いた声に、店内の空気が凍りついた。

振り返った男の目に、俺の怒りが映る。

湧き上がる怒気は、自分でも抑えられないほどだった。


「な、なんだお前……客だぞ」


「俺も客だ。だが――」

椅子を蹴るように立ち上がり、男の手首を掴む。

軋む音と共に、男が顔を歪めた。


「彼女に、二度と触れるな」


沈黙。

誰も笑わない。


笑い飛ばして茶化そうとした他の客さえ、声を失っていた。


花楓の目が大きく揺れる。

驚きと、戸惑いと―わずかな安堵が、そこにあった。


俺の胸に、さらに熱が広がる。


守りたいという…誰にも触れられたくないという想いが…


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ